2.28.奴隷商人


 テンダは一度深く息を吐いて落ち着こうと努力している。

 感情的になると周囲が見えなくなって体が浮いてしまう感覚があるからな。

 俺も実際に戦ってそういう経験はしてきたからなんとなくわかる。


「申し訳ありません。少し取り乱しました」


 いや、それは仕方がないことだ。

 俺は首を横に振って「気にしなくていい」と伝える。


「私達はこれから、仲間を集めて村を復興させるつもりです。私達の住んでいた里以外にも鬼の里は何個かありますので、そこに赴いて協力を要請したいと思っています。人手がいなくなってしまった今、私達は他の里に身を寄せるほかありませんので……」


 今三十人だっけ……。

 それだけだったら村を興すなんてできないわな……。

 でも他にも村があるなら安心だな。

 今はそこまで移動している最中なのだろうか?

 なんか生活している雰囲気があったが……どうなのだろうか?

 もしここから出るとしてもあの稲穂とか絶対に持ち帰りたいだろうしな。

 いやそれは俺の願望か。


 そういえば見回りに行った鬼たちはいつ帰ってくるのだろうか?

 先ほどの会話からして随分長いこと帰ってきていないように感じた。

 今のままだとこの里も結構手薄だぞ? 大丈夫なのだろうか。


 そんな心配をよそに、姫様は俺に話しかけてくる。


「そう言えば白蛇様は、ここにずっとおられたのですか?」


 いや俺の生まれは水の中です。

 なんて言えるはずもない。

 まぁここではないのでとりあえず首を横に振る。

 というか俺が元からここに居たら自分で村を復興するわ。

 流石にこんな家には住みたくないしなぁ。


「そうだテンダ。他の人たちをここに呼びませんか? 白蛇様が私達の元に来てくださったって!」

「それは良いかもしれませんが……白蛇様。皆を呼んでもよろしいですか?」


 俺的には問題ないけど……村の守りとか大丈夫なのか?

 追手が来ている可能性もあるから見回りを展開させたのだろうし、安易にここに呼ぶべきではないだろう。

 首を横に振って呼ばないようにしてもらう。


 テンダは村の守りが手薄になることをわかって俺に許可を求めてきたのかもしれないな。

 まぁ仮にも若殿だしな。

 それくらいわかっていなければ一族の長はできないだろう。


「わかりました」

「そうですか……」


 姫様は少し残念そうにしている。

 すぐにでも他の人に俺のことを伝えたい気持ちもわかるが……そう長くは一緒にいてやれない。

 情報を集めて力を付けたらすぐにでも動くつもりだしな。

 流石にそれまでは一緒にいることになるだろうけど


「白蛇様。他に何か聞きたいことはございますでしょうか?」


 んー……じゃあ奴隷商について聞かせてもらおう。

 首輪と足枷を付けられている奴隷と、それを引っ張っている奴隷商人を描き出して、奴隷商人に矢印を向けておく。

 問題はこの絵が奴隷と奴隷商人とわかるかどうかだが……。


「えーっと……この首輪と足枷を付けているのは奴隷でしょうか? で、印のついている方は……」

「奴隷商人じゃないかしら? 奴隷を引っ張っているもの」


 理解が早くてとても助かる。

 俺は頷いて合っていると表現する。

 アレナの時はこんなに簡単には俺の意図を汲み取ってはくれなかったからなぁ……あの時は大変だった。


「奴隷商人にのことについてですね。この近くの国ですと、奴隷商は二つあります。一つは『サレッタナ』という国に。もう一つは『ガロット』という国ですね」


 サレッタナはアレナが連れていかれた場所だったな。

 ってことはガロットにサテラがいる可能性がある。

 後でガロットのことも聞いておこう。


 ……ガロットって拷問器具の名前じゃないか。

 なんで国の名前になってんだよ……怖いわ……。

 ていうか……奴隷商って結構表立って活動しているんだな。

 隠れてやってるものだとばかり思っていたよ……。


「奴隷は借金を多く抱え返し切れなくなった者、罪を犯した者、子供の頃から身寄りがない者、戦争による捕虜達などといった人々が奴隷となることがほとんどです。その中で戦争による捕虜が大半を占めています」


 子供まで奴隷になるんだな。

 てことは孤児院とかはないのか?

 いや、あったとしても貴重な労働力を手放しはしないだろう。

 子供と言っても労働力には変わりないからな。


「ですが……今回のような蛮行は表立ってやっていることではないはずです。恐らくですが戦争がない今、奴隷が様々な所に売れていき、手元に残っている奴隷がいないので奴隷狩りを行ったと俺は考えています。それにしては少し大掛かりな気もしますが……」


 なるほど……そういう理由も考えられるのか。

 俺はてっきり金欲しさだと思っていたよ。

 まぁどっちも金に繋がることか……。


 奴隷制度が認められているとはいえ、ちょっとこれは酷すぎる。

 国は何もしていないのだろうか?

 その国が関与しているのだったらもうどうしようもないが。


「今度は奴隷商ではなく奴隷の話になるのですが、大体は何処かの労働力として働かされます。サレッタナであれば荷運びや店の掃除、酷い所では冒険に連れていかれたり、魔獣の世話などをさせられるらしいです。後は夜のお供ですかね。ガロットであれば確実に鉱山に行かされるでしょう」


 鉱山……?

 ガロットには鉱山があるのか。

 とりあえずサテラの居るところはガロットの鉱山ってことにしておくか。

 暫くの目標は鉱山に行ってサテラを探してみることだな。

 そのためにももう少しレベルを上げておかないといけないな。


 ガラガララララ……。


 誰かがこの家の扉を開けた音が聞こえた。

 二人にもそれは聞こえていたようで、扉のほうに顔を向けたようだ。


「父様でしょうか?」

「姫様、俺が行ってきましょう。白蛇様は姫様と一緒にいてくださいませ」


 そういうとテンダは刀を腰に差してから部屋を出て行ってしまった。

 姫様は心配そうにテンダが出て行った扉を見つめている。


「白蛇様は感知系技能を持っておられるのですか?」


 持ってるも何もずっと展開していますとも。

 この部屋に入ってきたのは二人だ。

 シルエットからして……どちらも鬼だな。

 二本角と一本角の鬼だ。


 俺は無限水操で水を作り出し、俺が感じ取ったシルエットを水で再現して見せる。

 技能の泥人を使えば確実にどんな人物なのかわかるのだが……近くに土がないので使っていない。


「父様ではなさそうですね。でもこの二本の角は母様かもしれませんね。白蛇様はすごいですね。感知系の能力も持っておられるとは……気配を見つけることができる技能を持っている人は沢山いますが、ここまで綺麗にどんな人物かわかる技能はなかなかありませんよ」


 これも珍しいんですね~……。

 まぁ結構色々混ぜこぜにしてるしな。

 特殊な技能が作られてしまうのは仕方がないのかもしれないのだが……。 


 そんな話をしていると、意外と早くテンダは戻ってきた。


「姫様、移動することになりました」

「移動……ですか?」

「まだ残党を探している奴隷商人が雇った冒険者がいるようです。近くにいたようなので、村から離れるべきだと判断しました……。お手を煩わせて申し訳ありませんが、何卒」

「父様と母様はどちらに?」

「大殿様は帰ってきておりませぬが……奥方は帰ってきております」


 おお、マジか……。

 確かに隠れやすい廃村……だよなここ。

 そんなところに隠れていたらまずここは疑われて捜索の手が必ず入るだろうな。

 移動するのは賢明な判断だな。


「白蛇様は……どうするのでしょうか……」


 え、あ、そうだよね。

 いや、付いて行かせてください。

 

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