2.27.姫様と若将軍


 伝承では、白蛇は言葉を理解すると伝えられていた。

 なので鬼の巫女であるヒスイは俺に対して語りかけるように何かを説明してくれていたのだが……実際はただの伝承ということで本当に蛇が人言葉を理解するとは思っていなかったようだ。


 まぁ伝承だしな。

 どれくらい昔の物かわからないけど、本当に言葉が理解できるとは思わないのも無理はないだろうが……。


 因みに姫様は……うん、姫様って呼ぶほうがわかりやすいな。

 あんまり巫女様って感じはしないしな。

 よし、ヒスイのことはこれから姫様と呼ぶ事にしよう。

 で、その姫様なのだが、俺が言葉を理解できると知った直後から姿勢を正して固まっている。

 まさかの事態に緊張しているのは勿論、どうすればいいのかわかっていないのだろう。

 俺としては聞きたいことが山ほどあるのだが……んー!

 質問できないのがもどかしい。


 とりあえず「俺は呪殺なんてできないぞ」ってのを教えておいた方がいい気がするのだが……。

 どうしようかな。

 姫様が話してくれない限り話進めれないしなぁ……。

 どうしよう。

 あ、テンダいるじゃん。


 俺は水を指の形にしてテンダを指さす。


「て、テンダですか? えっと……起こしたほうがよろしいですかね?」


 うん。起こしてください。

 この辺は頷けば何とでもなる。

 とりあえずテンダにも起きてもらって話を進めたい。

 本当に……俺ちょっと急いでるんですから。


「ほら! テンダいつまで寝てるの! 白蛇様がお呼びよ!」


 いや、強制的に寝させたの貴方でしょうが。


「ぬぬ……は! 俺は一体……」

「テンダ! 早くこっちにいらっしゃい!」

「姫様? 一体どういう……って白蛇様!? いっつ……」


 押し入れから出てきたテンダ怪我をしているようで頭から血が流れていた。

 先ほどの一撃どれだけ強かったんだ……。

 まぁあの状況なら手加減はあまりできないよな~。

 めっちゃ軽く蹴ったように見えたけど、あれが姫様の本気だと思っておこう。

 

 しかし怪我をしているのはよろしくないな。

 そう言えば回復系技能を取得できたんだったな。

 だけどまだ試せてないな……まあいか!

 実験台にさせていただくぜテンダ! 『大治癒』!


 使ってみるとテンダが薄緑色の光に包まれる。

 だがそれはすぐに消えてしまった。

 失敗かなとも思ったが、MPはちゃんと減っている。

 MP消費はとても少なかったということは、あまり深い怪我ではなかったのだろう。


「お、おお? 傷が……塞がった!」

「え?」

「い、今のは大治癒?……これは……白蛇様?」


 フフン、その通りである。

 めちゃくちゃ苦労してこの技能を取得したからな。

 マジで大変だったぜ……。


 ってあらら?

 なんか姫様とテンダの俺を見る目がめちゃくちゃ変わった気がする。

 え、俺なんかやばいことした? え?


「し、白蛇様は治癒技能をお持ちなのですね!」


 あ、っはい。


「大治癒は取得するのが相当難しい技能とされております。とても素晴らしい技能です!」


 お、おおう。

 なんかいきなり褒められるとむず痒いな。

 てか回復系技能ってそんなに珍しい物なのか。

 まぁ俺でも取得するのに相当時間をかけたし、辛い目にもあったわけだが……。

 そうなってくるとあれだな、広域治癒も珍しい技能になったりするのだろうか。

 俺的にはあと一段階上げて大治癒と同じような技能にしたいとは思っている。

 回復系技能は能力が高ければ高いほど良いからな!


「ですが白蛇様。治癒系の技能はとても珍しい技能です。自分で自分を回復する技能は冒険者の必須技能といっても過言ではないほど多くの冒険者が所持していますが、相手を治癒させる技能はまず持っていません。使う相手を間違えると悪用されてしまう可能性も十分にあり得ますので、ご使用の際はお気を付けくださいませ」

「そうですね。治癒系技能を持っているというだけで奴隷にされて、ただ回復させるだけの連れとして連れ回す輩もいたはずです」


 肩身が狭いな治癒系技能所持者!

 めっちゃいい技能なのにとてもリスキーな技能じゃないですかやだー!

 うう……苦労して手に入れた技能が日の目を浴びることがあまりないなんて……なんて酷い世界なんだ。

 交渉にめちゃくちゃ使えそうだなと思っていたけどこれはちょっとやばいぞ?

 迂闊に使えなくなってしまったな……。

 だがこういう情報を貰えるのはありがたい。

 やはりこの二人とは仲良くしておいてもいいかもしれないな。

 鬼だし。なんか親近感ある。

 ……いや親近感はないわ。


 とりあえず教えてくれた情報は覚えておくとしよう。

 「わかった」と丸印を書いて答えておく。


「して……姫様」

「なにかしら?」

「白蛇様が言葉を理解できるというのは……本当なのですね」

「テンダ、貴方もでしたか。私もただの伝承だとばかり思っておりましたわ」


 お前ら。

 そろそろ不機嫌だという顔文字を出すぞ?


「それにしても……回復系技能をお持ちとは……となると呪術系の技能は持ち合わせておりませんね?」


 あれ? そうなの?

 とりあえず頷いてその真意を聞くことにする。

 クエスチョンマークを俺の頭の上に浮かべておこう。


「回復系技能をお持ちの方は呪殺系技能を持つことはないのです。理由は詳しくはわかりませんが、技能同士が反発し合うと仮説が建てられている程度ですね。ですので……白蛇様が私達に呪いを振りまくことはありません。テンダ、大丈夫ですよ」

「そうでしたか……早とちりをしてしまったようです、申し訳ない」


 本当に碌な伝承じゃないな。

 まぁ誤解が解けたので良しとしよう。

 そういえばテンダのことを聞いていない。

 面白い技能を持っていたのが気になるが……とりあえず自己紹介をしてほしいのだが……。


「あ、申し遅れました! 俺は姫様の護衛を任されておりますテンダと申します」

「テンダは鬼の里の若将軍なのですよ」


 若将軍なのか!

 お前弱いな!

 護衛の対象に蹴飛ばされて気絶する奴がどこの世界にいるんだよ……。

 てか姫様のほうが強いんじゃないのかこれ。


 まぁそれはいいとして、なんでこの二人はこんな場所にいるのだろうか。

 明らかにこの場所には似合わない。

 何か理由はあるはずなのだが……んー質問できないのがまじでもどかしい!

 なんとか聞き出したい。


 いや待てよ?

 この二人は日本の妖怪だ。

 てことは日本語が通じるのではないか!?

 おっしゃ物は試しだ!

 文字を書いてみよう!

 えーっと「俺は応錬、この字が読めるか?」っと。


「……テンダ」

「申し訳ございません姫様。俺にもわかりません」


 駄目かぁ……。

 やっぱりそう上手くはいかないものだな。

 俺が少しでもこの世界の文字を覚えれたら会話も簡単に進むのになぁ。

 まぁそんな時間があったらサテラを探しに行くけどさ。


「姫様、白蛇様は俺たちに何かを聞きたいのではないでしょうか? 故にこのような文字を書いたのでは?」

「私もそうだと思うのだけど……こんな文字は見たことがないわ。相当昔の文字かもしれないわね」


 いや、最近の文字ですはい。

 でも意図を汲み取ってくれたのはありがたい。

 この通り俺は口が利けないから、絵文字か顔文字で伝えることしかできない。

 「(´・ω・`)」。


「白蛇様は何について知りたいのでしょう?」


 絵文字で再現できる中で何か聞けることはあるかな……。

 あ、そうだ。

 とりあえず水で鬼の姿を描いてみるか。

 これで「お前たちのことが知りたい」って伝えられたらいいんだけど……。


「鬼? 私たちのことですか?」


 姫様ナイス!

 俺はコクコクと頷いて「そうだ」と意思表示する。


「私たちは鬼人という種族です。私とテンダの故郷は此処から東にある山の奥です。そこにはお城があって皆さんとても仲が良いのです! 二百人くらいの小さな村ですが、それぞれが役割を持って働いていますので苦労することはほとんどありません。ですが……私達は訳あってここに降りてきました……」


 始めは元気よく自分の里のことを話してくれていたのだが、姫様は途中から言いづらそうにして、俯いてしまった。

 それを察知したテンダは姫様に代わり、何があったのかを俺に説明してくれた。


「……俺たちの里に奴隷商人がやってきたのがきっかけです。奴隷商人は脅すように「奴隷として使うからこの里から力自慢をだせ」と言ってきました。確かに俺たち鬼は力に優れた種族ですが、仲間を奴隷に落とすなど誰もするわけがありません。それに何処かに人を割く余裕など俺たちにはありませんでしたので、即刻追い返しましたが」


 お? なんかこれアレナからなんとか聞き出した情報を似ているぞ?

 確か領主の所に奴隷商人が来たが、すぐに追い返したという話だったな。

 流石にどんな話をしたのかまではわからなかったが、鬼の里にも来たのだな……奴隷商人。


「ですが問題が起こったのはその後です。今から二週間ほど前でしょうか。俺たちの里に千は超える軍勢が攻めてきたのです。俺たちは籠城戦に持ち込みましたが……敵軍勢は炎を使う技能を用いて周囲を焼き払いながら強行突破してきました。我々鬼はいくら力が強いと言えども、近づかなければ優勢には立てません。斬られれば血も出ますし、足を射抜かれれば歩けなくなります。激戦の中、二百人いた村人は三十二人までに減りました……。今、ここに居る里の者と、周囲を調査しに行っている調査班のみが、里の生き残りなのです」


 完全に敗走して、今は身を隠しているといったところか。

 そうか……俺が思っていた鬼は地をも割り、山をも砕くみたいな怪物的な存在だったんだけど、弱点はあるんだな。

 向き不向きがあるといったほうがいいか。

 で、敵は相手が嫌がることを的確に突いて勝利に持っていったわけだな。

 言っては悪いが、この戦いは対処しきれなかった鬼が弱かったと言われても仕方がないだろう。

 素人の俺ですらそう思うのだしな。


 ていうか千を超える軍勢!?

 絶対何処かの国かなんかが絡んでるだろ!

 これ計画的な物なんじゃないの……?


 で、奴隷商人ね。

 戦という規模までに膨れ上がったが、アレナの居た場所とやっていることは同じだな。

 恐らくその戦いの中で奴隷になった鬼もいるはずだ。


 それに二週間前か……アレナと出会ったのが一週間前くらい。

 それよりも少し前に里に襲撃があったと言っていたし、時期的にはほぼ一致する。

 襲撃を企てた奴隷商は同じ奴らだと考えてもいいかもしれないな。


 だが……奴隷商人……結構手ごわい相手だぞ?

 ほぼ同時に違う里で奴隷狩りが実行されたのだし、鬼の里には千を超える軍勢が来たのだ。

 ということは軍を配備できる金と権力を持っているということになる。

 もしかしたらアレナの里と、鬼の里以外にも奴隷狩りが行われている可能性もあるが……それは追々わかっていくことだろう。


「姫様と殿だけでもと、全員が命を投げ捨てて敵に立ち向かってくれたおかげで、何とかここまで逃げ出すことができました。ですが……俺たちはいつか必ずあの奴隷商を……滅して見せます」


 テンダの周囲にピリピリとした空気が溜まっていく。

 これも何かの技能だろうか?


 まぁ……これが普通の反応だよな。

 仲間をただ殺されて穏やかな人物などそうそういる者ではないしな。


「テンダ。それをしまって頂戴」

「! ……申し訳ございません」


 姫様に注意されたテンダは先ほどの空気を霧散させた。

 どうやら感情的になると自動で発動する物のようだな。

 気になる。


 うーん。

 もしかしたらサテラにつながる手掛かりが見つかるかもしれないな。

 もう少しこいつらと一緒にいたほうがいいかもしれない。

 レベル上げはできないけど、道中にでもあげればいいしな。

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