7.3.口裏合わせ


 翌日。

 前夜に口裏合わせを鳳炎とした俺は、サレッタナ王国に一番近い森で待機していた。


 とは言ってもサレッタナ王国の周辺は森が無い。

 ちょっと先までは平原が広がっている。

 なので一番近い森と言っても、三キロ程はあった。

 

 まぁ別にそれは慣れた事なので問題はないのだが……。

 さて、これからが問題だ。


 暫くしていると、鳳炎が飛んできた。

 そして、何処からか調達してきた輪の様なアクセサリーを片手に持っている。


「おはよう。じゃ、これ付けて」

『ナニコレ』

「従属の証。でもただのアクセサリーだから、縛る様な物は何もないよ」


 そこで、鳳炎は俺の意志関係なく取り付けようとするのだが、そこで固まった。

 従属の輪は俺の首に入らなかったようだ。


 そんなことがあるのだろうかと思ったが、これはいわゆる偽物。

 自動で大きさを設定してくれるような機能は無いらしい。

 だが、どうしてもこれを付けなければ、従属されていない魔物として敵対されてしまうらしい。

 さてどうしようか……。


「……」

『……おい、何処見ている』

「翼でいいか」

『は? あ! てめっいだだだだだだだだだ!!!!』


 鳳炎は俺の辛うじて残ってる片方の翼に、無理やり輪を通していく。

 大本を蛇の体で構成されいてる俺は、満足な抵抗も出来ずに輪を翼の付け根まで押し込まれてしまった。

 ボロボロになった翼がさらにボロボロになる。


 翼にも痛覚があるようで、進化した時ほどではないが、それでもそれなりに痛い。

 今度こいつに何かあったら俺が真っ先にぶっ飛ばしてやる。


「よし! 完璧である!」

『何処がだよ……』

「でもこれで大手を振って歩けるぞ。後は……昨晩決めたことを私が言うだけであるな」

『まぁそうだけど……。俺は普通に歩いていくだけでいいんだよな?』

「そうだな。何かされても何もしなければ、問題はあるまい。では行くぞ?」


 何でこいつ少し楽しそうなんだ……。

 昨日まで結構渋ってたくせに。


 俺は鳳炎に捕まれて一緒に飛んでいく。

 今の姿だと結構重量があると思うんだけど、それを鳳炎は軽々と持って飛んでいる。

 見かけによらず随分と力はあるんだな。


「……ッ」


 おい痩せ我慢じゃねぇか。

 降ろせ降ろせ無理すんな。


 だが距離的には飛んでいれば短い物だ。

 案外早く、俺たちはサレッタナ王国の門まで辿り着くことが出来た。

 城壁の側で降ろされ、二人……ではなく、一人と一匹で門へと歩いていく。


 まぁこんな魔物が鳳炎と歩いていれば、そりゃもう大騒ぎになるわけで。

 門に辿り着くより前に、兵士に止められてしまった。


「すいません鳳炎さん。止まってください」

「そう言われる未来は見えていた」


 なーにかっこつけてんだよ。


「その魔物は……」

「預かった従魔である。とても珍しい魔物でな。信頼ある人物にしか任せれないと言われて、こうして預かったのだ」

「えっと、飼い主の名は?」

「……」


 やっぱ聞かれるか。

 まぁ、俺のことを預かっていると言ったんだから、これは聞かれてもおかしくないだろうな。

 聞かれなければそのままスルーしていた事なのだが、昨晩考えていた設定を使わなければならない。

 とは言え、あの設定を使うのは、ちょっと抵抗があった。

 だって……。


「私にこの魔物を預かるように依頼をしたのは、藤沢という人物だ。私の恩師だ」


 藤沢。

 これ、実は鳳炎の本名である。


 この世界風の名前を使えば、その情報を元に誰かが俺の偽飼い主のことを探すかもしれないという懸念があった。

 俺は心配ないと思ったのだが、鳳炎が念には念をと、調べても絶対に出てこない名前を用意した。

 それが鳳炎の本名、藤沢。


 この名前であれば、調べても出てこないし、なにか聞かれても前世の鳳炎の事を話せばいいので、割と対処のしようはある。

 後はこの世界に関連付ける様に設定を加えるだけ……。


「住んでいる所は無い。旅商人だったからね。今もどこかでのらりくらりと商売しながら世界を旅しているんじゃないかな」

「そんなお方が居たんですか。わかりました。ですが、その魔物は大丈夫なのですか?」

「ああ。問題ないよ。あ、それとね」


 急に鳳炎が俺の方を向いた。

 なにか兵士に付け加えるようだが、なんだか嫌な予感がする。

 ……はて、俺は何か忘れているのか?


 あの夜に重要なことは全部決めたし、もしものことがあった時の対処方法も決めた。

 今回の作戦に抜かりはないと思うのだが……。


「この子の名前は」


 …………待て。

 待てお前。

 待て待て待て待て!!


 おい!

 ちょっと待ってくれ鳳炎それ決めてないぞ!?

 今からお前が決めるというのか!


 てめぇそれで昨日渋ってたのに今日の朝あんなに上機嫌だったのか!!

 ってこの場じゃこいつ縛ることが出来ん!

 今俺が危ない存在だと思われるわけにはいかない……!

 ぐっ!

 貴様この野郎……!!


 鳳炎は満面の笑みで、昨日の夜決めていたであろう名前を兵士に伝えた。


「ナリコだよ」


 成り損ないのナリコか。

 こいつ今度ぶっ殺す。

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