3.45.耐久力測定


 食事が終わった後、膳はシムと姫様、そしてランが片付けて行ってしまった。

 姫様も動くのかと少し感心したが、俺がいなければ動くことはないのだという。

 聞かなければよかったと思ったが、まぁ見栄を張りたいのだろう。

 ここは聞かなかったことにしておく。

 ライキは歳の為か少し疲れたようで、先に休んでしまった。

 ちょっと無理をさせたかもしれないな。


「ふぁー! 美味かったー!」

「お口にあったようで何よりです」


 零漸は自分の腹をポンポンと叩きながらそう言った。


 確かにあの料理はうまかった。

 本当に日本料理だ。

 今度料理人にはお礼を言って置かなければならないな。

 料理に肉が入っていたけど、あれは鬼たちの習慣だろう。

 旅先では魔物の肉も平然と食うしな。

 

 アレナも初めての料理ばかりで困惑していたが、俺達が美味そうに食べるのを見てようやく食べ始めた。

 すると目を輝かせながら一言も喋ることなくカッカと箸を動かして料理を口の中に放り込んでいった。

 どうやらお気に召したようだ。


 しかしアレナの小さい体の何処にあれだけの料理が吸い込まれていったのだろうか……。

 どこぞのピンク色のボールを思いだすが、アレナがそうでないことを祈っておこう。


「美味しかったねー!」

「だな!」

「また食べれるかな?」

「ここにいたら食べれるさ! だよなウチカゲ!」

「はい、零漸殿。御所望の料理があればすぐに作らせましょう」


 二人とも完全に馴染めてきている。

 これなら城下町の鬼達ともすぐに仲良くすることができるだろう。

 俺がこの城で過ごしていた時のことを振り返ってみると、鬼たちには顔こそ厳つい奴が多いが悪い奴は一人もいなかった。

 犯罪とか起きそうにないし、おそらく鬼たちは協力し合って生きているという事を自覚しているのだろう。

 そうであれば犯罪など起きるないのだ。

 もっとも全ての鬼達がそうであるとは限らないが。


 しかし……あの酒は美味かった。

 一杯しか飲めなかったのが残念だったので、テンダにあの酒のことを聞いてみることにした。

 するとテンダはバツの悪そうな表情をして頭をカシカシとかいてから、その酒のことについて教えてくれた。


 何でもあの酒は鬼達が丹精込めて作った最高傑作なのだという。

 なのであまり数がなく、使う材料もなかなか手に入らない物ばかりで量産は難しいとのこと。

 とはいっても無理強いして飲むつもりはないという事だけは言っておく。

 このままであれば俺の所に献上しに来る奴がいるかもしれないからだ。

 なので難しいなら持ってくるなと言っておいた。

 ここはちゃんと断っておかないといけない。

 無理して持ってくる輩がいては罪悪感が残る。


 テンダもその言葉にほっとしているようだ。

 鬼は酒が好きだとよく言うからな。

 俺だとしてもあまり取られたくない物なのだろう。


「にしても……流石応錬様。良く酔われませんでしたね」

「そんなに度数が高いのか?」

「いえ、あれは度数こそあまり高くはないですが、鬼以外の種族が飲むとほとんどの場合酔われてしまうものなので」


 度数は高くないけど飲めば酔う。

 そんな酒があるのだろうか……。

 となれば零漸はどうなのだと思ったが、そういえばワインを水のように飲んでいた。

 あいつはあいつで耐性はあるのだろう。

 では俺はどうして酔わなかったのだろうか。

 蛇だからか? まぁそれくらいしか思いつかないのだが……。


 テンダと話していると、後ろから零漸がやってきた。


「テンダ~」

「何ですか?」

「テンダって攻撃力いくつ?」


 その質問にテンダはキョトンとした表情で零漸を見ていた。

 だが零漸は至って真面目そうだ。それに気が付いてテンダは少し考えるそぶりをしてから、零漸の質問に答えた。


「2436です」


 ごめん、なんて? 2436?

 ウチカゲよりも攻撃力高いじゃねぇか!

 マジでどうなってんだ鬼!


 零漸はそれを聞いてパーっと顔をほころばせて嬉しそうな表情をした。

 その瞬間、俺は零漸が何をしようとしているのかを理解した。

 すかさず止めようと零漸に近づき、口を押えようとするが、まず間に合う距離にはいなかった。

 零漸は俺が動き出す頃にはすでに決めていたであろうセリフを吐いていた。


「テンダ! 俺を思いっきり殴ってくれ!」


 テンダの代わりに俺が殴っておいた。

 零漸は昏倒した。



 ◆



 零漸は今まで自分を傷つける人物、動物に出会ったことがなかった。

 大きな鉤爪で切り裂かれてもかすり傷一つつかず、どれだけの速度を持って攻撃されても足がついてさえいれば一歩たりとも動くことはなかった。


 その高すぎる防御力を有しているためか、感覚があまりない。

 これは自動技能の自己強化と言う技能が無意識下で発動するために起こる現象だ。

 未だにどのタイミングで発動する物なのかがよくわかっていないため、少しだけ苦労しているようだ。


 だがそんな防御力を誇る零漸も、防御貫通と言う技能には勝てないようで、久しぶりに感じた痛みに衝撃を受けて驚いていた。


 そこで零漸はふと思った。

 自分はどの攻撃を無効化出来て、どの攻撃は無効化できないのかと。

 自分の知る限り、防御貫通という技能だけは防御しきることができない。

 であれば、他にも防御しきれない攻撃があるはずである。

 それを理解しているのと理解していないのでは、これからの戦闘に大きく左右する事だろう。

 故に、攻撃力が一桁位間違っている鬼たちの一撃を喰らって見たかったのだ。

 零漸の防御力と、テンダの攻撃力はほとんど同じだ。

 だが零漸には自己強化と言う技能があり、それが発動することで感覚を犠牲にする代わりに二倍の防御力を得ることができる。


 テンダにはどのような技能があるかはわからないが、それでも今まで戦ってきた動物、人間たちよりは遥かに強力な一撃を放つことができるはずだ。


 と、そんな強い零漸の要望もあって俺と零漸、そしてテンダとウチカゲは二ノ丸御殿から少し離れた広い空間に立っていた。


「どうしてこうなった……」

「ま、まぁ……いいんじゃないですか? テンダもそれなりに乗り気ですし」

「しかし……いくら自分の防御力の底を知りたいといっても……テンダには零漸の防御力を突破できるほどの物はないだろう?」

「どうでしょうか……俺もテンダの技能についてはあまり聞いたことがありませんので」


 心配するように、俺は少し離れて立っている零漸とテンダを見る。

 零漸は周囲に被害が及ばないように、正方形の結界を展開して自分とテンダを閉じ込めた。

 確かにこれであれば被害は大きくならないだろう。


 零漸は無事に結界を展開したのを確認すると、拳と拳をぶつけて気合を入れている。

 テンダはつま先を立てるようにして地面を軽くトントンと叩いていた。


「零漸殿、加減はいりませんな?」

「おうよ! じゃないと実験にならないからな!」

「では、参ります!」


 テンダは静かに腰を落として一つの型をなぞった。

 すると突然、テンダの足と腕から黄色い静電気のようなものがバチバチと弾き始めた。

 その感覚を確かめるように、グッグッと手を開いたり閉じたりしている。

 その度に黄色い静電気が弾けてその力強さを表現している。


 それを見て隣にいたウチカゲがぼそっと呟いた。


「テンダの奴……本気でやるみたいですよ」

「ほぉ。てかあれ何だ?」

「確か……テンダの技能にある『剛雷拳』と『剛雷脚』だったかと思います。俺の『剛瞬脚』の上位互換ですね」


 よくもまぁ初対面の相手にそこまで本気で叩き込めるものだと素直に感心する。


「まいります!」

「おっしゃこぉい!」

「『剛雷拳』!」


 二人が叫んだと同時にテンダが一瞬で間合いを詰める。

 一拍遅れて先ほどまでテンダがいた場所から黄色い稲妻がテンダを追いかけた。

 テンダは勢いそのままに、拳に乗せた黄色い静電気と共に自分の持てる限りの最高の一撃を零漸の体にぶち込んだ。

 一切の手加減のない一撃だった。


 零漸はその攻撃をもろに受ける。

 その途端、零漸の後方にあった地面は大きく抉れて結界に張り付いた。

 その衝撃は結界全体を震わせる程に大きなもので、所々に罅が入り始めている。

 結界に覆われていたため、音こそ大きくなかったが地面の揺れだけは尋常じゃないほどに震えていた。


 俺はとっさに地面に手をついて『土地精霊』を発動させた。

 今日だけでもう300のMP消費だ。

 マジで勘弁してほしい。

 土地精霊の技能を使用して地面の揺れを抑えていく。

 この振動はおそらく零漸の後ろから抉れてしまった地面から伝わってきているのだろう。

 あの範囲からこの威力だ。

 結界が無かったらどうなっていたかわからない。


 流石鬼だな……。

 ここまで馬鹿げた力を発揮するとは……。

 うん。頭おかしい。


 すると突然結界が崩壊した。

 ガラガラと音を立てて崩れる結界の中、二つの影が見えた。

 一人は先ほど強烈な攻撃を仕掛けたテンダだ。

 テンダは痛そうに右手を振っていた。

 攻撃側だったのになぜかダメージが入っているようだ。


 そしてもう一人……。零漸だ。

 零漸はあの場所から一歩も動かずに立っていた。

 その顔は少しだけ不満そうだったが、それでも笑顔は残していた。


「これも余裕なのか……」

「よ、余裕なのですか……俺の一撃を耐えるとは……」


 零漸は平然としていた。

 装備も何故か無事だ。

 あの攻撃で無傷……何と恐ろしい防御力なのだろうか。

 恐らく自己強化は発動していることだろう。

 そうでなければあの攻撃を無傷で受けれるとは到底思えない。


 テンダは少しだけ悔しそうだ。

 それはそうだろう。

 自分の持てる最高の技を持って撃ち込んだのだ。

 だがそもそも零漸がイレギュラーなだけだからあまり気にしなくていいとは思う。


 だが、よく零漸を観察してみると、微妙に足が震えている。

 まぁあの攻撃をもろに食らったらビビるだろうなと思いながら、とりあえず近づくことにした。


「お疲れ。二人ともっ」


 そういって零漸の足を叩いてみる。

 震えてるのわかってんだからな。


「ぐぅぅぅぅぅぅ!」

「……え?」


 零漸が膝をついた。

 何故だ? 俺は今回防御貫通は発動させていても全くダメージにならないくらいの力加減でポンと零漸を叩いただけだ。

 普段ならこれくらいでこんな声を出しはしない。


「……」

「れ、零漸? 大丈夫か?」

「し、しび……」

「なんだって?」

「……体が……痺れて……」


 それを聞いて俺は零漸をつついた。

 零漸は終始悲鳴を上げていたが、ちょっと面白かったのでしばらくこのままにしておくことにする。


 どうやら零漸は物理的攻撃は無効化できるようだが、属性攻撃は普通にダメージを喰らってしまうようだ。

 テンダのあの攻撃には強力な電流が流れているらしい。

 普通の兵士であれば直撃した瞬間に死んでいるらしいのだが……。

 なんてものぶつけてんだこいつ。


 こうして零漸の弱点が一つ見つかったのだった。

 えいえいっ。

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