11.12.稲刈り
晴れ渡る空を見渡してみれば、そこに数羽の鳥が飛んでいる。
渡り鳥だろうか。
綺麗な弧を描きながら前鬼城の奥へと姿を消した。
朝早くに男の鬼たちが鎌を持って田んぼ付近に集まっている。
誰もがやる気に満ち溢れており、稲刈りの準備を調えていた。
そして俺たちもその場に居合わせており、その様子を見守っていた。
もう少しで稲刈りが始まりそうだ。
「おおー……懐かしい風景だなぁ」
「応錬様、そろそろですよ。鎌は要りますか?」
「技能で刈り取ってもいいのかな?」
「それは最後にしてくださいね。他の皆もやりたいでしょうから」
「じゃあ昼からにするか」
ウチカゲが鎌を手渡してくれたが、俺はそれを使わないでも良さそうだ。
朝は男たちが稲刈りをして、女たちは昼食を作ってこちらに持って来てくれる。
以前と役割は変わっていないらしい。
なので女たちは昼からの参加となる。
まぁ……これだけ広い田んぼだもんな……。
前鬼の里総出でやらないと終わりそうにない。
稲を刈り終わってもはさ掛けが残ってるし、大量に収穫された稲を束にするのにも時間が掛かる。
こういうのは女の鬼たちがやるみたいだけどな。
男たちは体力仕事だ。
「よぉーし!! 始めよう!!」
『『『『おおー!!』』』』
ウチカゲの掛け声で全員が田んぼに降りる。
なかなかの勢いで刈り取られていくが、広大な田んぼが何個もあるので、すべてを刈り取るのには時間が掛かるだろう。
この稲刈りも祭りごとの一環みたいになっているので、全員が楽しくやっているらしい。
その中にはティックやテキル、零漸や鳳炎の姿も見て取れた。
ていうかテキルでっかくなったなおい。
作った魔道具で稲刈りしてるわ……。
ダチアもいるけど、こいつは参加しないみたいだな。
「お前はいいのかー?」
「構わん。そんなに興味はないからな。あるとすれば太鼓演舞くらいだ」
「聞いたことないの?」
「残念ながらな。なので今回が初めてだ」
「そうなのか」
「太鼓演武ができたのは日輪がいなくなったあとだ。悪魔たちはそれから鬼の里に接触することはなかったしな」
「なんでだ?」
「そもそも交流を主に図っていたのは俺とアトラック様だ。どっちも……俺たちが戦った存在と戦う準備をしていたんだよ。余裕がなかったんだ」
「五百年も?」
「まぁな。あとは顔馴染みがいなくなったことが大きい。戦争で多くの鬼たちが死んだからな」
顔馴染みがいなくなったっていうのなら、まぁ分からないでもないかな。
戦争をしていた記憶を消し去ったから、悪魔との交流もなくなったみたいな感じだったのかね。
その辺はよく分からないし、ダチアもなんか話したくなさそうだ。
聞くのはよしておこう。
ふと田んぼを見てみると、既に刈り取った稲の山が幾つか出来上がっていた。
作業効率が速いのはテキルのお陰だろう。
あいつが担当している田んぼだけ進む速度が異常なんだけど。
ていうかあいつだけが異常。
凄いなあの魔道具。
ハサミみたいなやつなのに良い速度で刈れるのね。
束にするまではできないみたいだけど。
「凄い魔道具だな。量産したら売れそう」
「そうしていただけると嬉しいのですけどね。なにかと秘密主義なもので断られるんです」
「ああー……確かにそんな気はする。ま、あいつが作った魔道具って基本的にやばいのばっかりだからな。戦争に利用されたら面倒なことになる」
「本人もそれを分かっているんでしょうね」
かもしれないなぁ。
ほんと、魔力増幅装置とかすごいもん。
あれは世界の戦争のやり方を変えてしまうレベル……。
それを使ってるティックもティックだけどな。
まぁ今のところはティックが凄い魔術師って認識しかないっぽいし、これからあれが世に出回らない限りは大丈夫でしょ。
「……そういえばさ、ダチア。ウチカゲ」
「なんだ?」
「はい」
「この戦争が終わったら、お前らはどうするんだ?」
戦争の話を思い出して、ふと気になった。
俺たちがいなくなったあと、戦争は終わるはずだ。
その後彼らはどうするのだろうか。
普通に暮らしてもらうのが一番いいのだが、どうなるかは分からない。
なので実際に聞いてみたかった。
俺が眠る前に。
ダチアは少し考えていた。
だがウチカゲは即答してくれる。
「鬼たちは今後一切の戦争に加担しません。里の繁栄に尽力を注ぎます」
「その理由を聞いてもいいか?」
「カルナ殿と宥漸殿のためです。この里がなければ、四百年後お迎えをすることができませんからね。戦争をしなければ侵略してくる可能性も減るでしょうし、そう言った宣言を出しておけば他の国からの救援も要請できるでしょう。無論、攻められれば反撃はしますがね」
「自衛はするが戦争はしない、か。苦労を掛けるかもしれないな……ウチカゲ」
「元より覚悟していた事です。とにかく後四百年、俺たちは白蛇様の祠をお守りしなければなりませんね」
祠が建てられたのは約五百年前。
今でもずいぶん古いが、鬼たちが長年手入れをし続けて状態を維持している。
もし風化すれば、祠の建て直しも検討しているらしい。
一番大切なのは祠ではなく、それがある洞窟なのだが……。
あとで行ってみてもいいかもしれないな。
観光がてらに。
俺も場所にイメージをつけて置けば、あの二人を転移させるのに役立つだろう。
そこでダチアが腕を組んだ。
難しい顔をしながら、俺の問いにようやく答えてくれた。
「では俺は……鬼を守るとするか」
「大丈夫なのか? 魔族領も大変なのに」
「あの程度の傷は時間が癒してくれる。今は住める環境にはないが、あと百年もすれば再び足を地に付けることができるだろう」
「悪魔って寿命とかないの?」
「ある、とされているが実際にはない。人間たちが定めたステータスなど間違いだらけだからな。あまり信じない方がいいぞ」
「へぇ……。えーと、てことは……」
「四百年後、俺たちは殺されない限りは生きている。もし生きていた場合は、できるだけカルナと宥漸の助けになろう」
「ありがたい」
なんだかんだ言って、ダチアは俺たちに協力的だ。
悪魔ってもっと人間とかに対して酷いこととか契約とかするイメージがあったけど、実際はそうでもなさそうだな。
まぁこの世界だけかもしれないけど。
「でもなんでそこまでしてくれるんだ?」
「む、言いにくいことを聞くな……」
「なんだよ教えろよー」
ダチアはまた難しそうな顔をした。
しばらく頭の中で言葉を整理した後、ぽつぽつと話はじめる。
「……悪魔は寿命がない。人間や鬼たちと知り合ったとしても、いつの間にか死んでいる。瞬きすれば十年が過ぎ、欠伸をすれば五十年が過ぎ、眠れば百年が過ぎている。……どれも感覚的な話だから真に受けるなよ」
「比喩表現だってのは分かってるよ」
「そうか。……これから四百年。悪魔以外の種族は皆死んでいる可能性が高い。だがこの時代を生きた人物が二人、四百年後に現れるのだ。俺は今から楽しみで仕方がない」
「……もしかして悲しいのか?」
「悪魔はそういう種族だ。寿命がないからこそ、多くの別れを経験している。共に死ねたらどれだけ楽か……と、何度も考えたな」
そう言ってダチアは目を瞑った。
ダチアがこんなことを考えているとは思わなかったな。
だがまぁ……言いたいことは分かる。
俺はまだそこまで長生きしていないから分からないけど、俺も恐らく死ぬことのない種族だ。
悪魔みたいに寿命はない。
不死身ではないっぽいが。
「意外だな、ダチアが情に厚いなんて」
「だから言いたくなかったんだ……」
「はははは、死なないというのは一種の魅力を感じますがね」
「碌なものではないと知っておけよウチカゲ。お前も長生きするんだからな」
「肝に銘じておきましょう」
そこで田んぼにいた零漸が、担当をしていた田んぼの最後の稲を刈り取ったらしく、大声でそれを伝え回った。
他の皆もそれに応え、次の田んぼへと歩いていく。
「お、いい匂いがするぞ?」
「今料理を開始したのでしょう。昼までには食事を持って来てくれると思います」
「よーし、じゃあ俺も混じってくるか!」
「技能はまだ使っちゃダメですよー」
「応!」
俺は羽織をウチカゲに預け、鎌を持って皆のところへと走っていった。
昼食の時間になるまではこうやって手伝おう。
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