2.48.アスレの決意


 ―夜―


 前鬼の里を出て数時間。

 すでに兵士たちは疲労困憊で、肩で息をしている状態だった。

 流石にこれ以上歩かせるのは酷だということで、今日はここで野営をすることになった。


 まだガロット国は遠い。

 朝に出て移動を開始しても、国に到着するのは日が落ちてからだろう。

 本来であれば急ぎたい所ではあるが、兵士たちにこれ以上無理はさせられない。

 ただでさえアスレに協力して、過酷な模擬戦をしてくれたのだから。


 だが、どんなに辛い状況であれど、見張りだけはしっかりしておかなければならない。

 人数が多いため見張る場所も多くなるが、その分見張りをする時間も短くすることができるので、兵士たちは十分に休むことができるだろう。


 俺たちも軽い食事をとりながら、焚火の前に座っていた。

 ここに居るのはアスレをはじめ、使者として前鬼城に訪れた二人の家臣と、テンダとウチカゲ、そして数人の見張りだ。


 誰一人として話をしないので重たい空気がずっと流れている。

 俺としてはめちゃくちゃ聞きたいことあるんだけど、これまたどう聞けばいいのかわからないというジレンマに陥っているのでもう諦めた。

 辛い。


 こういう時空気を読めない姫様とかがいればいいな。

 なんだかんだ言って姫様は我儘ではあるけど、無意識のうちにこういう重い空気を跳ね除けていたような気がする。

 ああいうキャラはやはり必要なんだな。

 勉強になった。


 だがしかし、ここに居るのはお堅い奴らばかりでどうしようもなさそうだ。

 陽気に喋っていたアスレもそのなりを隠してしまって、何かを思案し続けていた。

 考えていることは多分、王都に入ってからのことだとは思うのだが……。


 まず俺はアスレの策とやらを聞きたいんだけどなぁ……。

 喋れないのってこんなに辛いんですね。

 初めて知りました。

 アレナの領地の事聞きてぇんだけどおおおお!!!!


「アスレ殿」


 沈黙を破ったのはウチカゲだった。

 アスレは、自分の名前を呼ばれて体をウチカゲのほうに向けた。


「何でしょうか。ウチカゲ様」

「確認したいのだが……本当に玉座を狙われるのか?」


 ウチカゲは本当に自らの親、家族と戦う覚悟があるのかどうかを聞いているのだろう。

 アスレの場合、王を王座から引きずり下ろすということはそう言うことなのだ。

 生半可な気持ちで戦ったって勝てるはずがない。

 アスレは暫く口を閉じていたが、すぐにウチカゲの目を見直して自分の意志を伝えた。


「勿論です。私は……あの言葉を聞いて失望しました。あんなのは王ではない。ただの……愚者です」


 ……王族にそんなこと言ったら首を刎ねられるのは確実だろう。

 だがこれは本当のことだ。

 そのことをこの場にいる誰もがわかっているのか、アスレの言った言葉に誰も反応を示さない。

 もう家臣たちも王に見切りをつけているのだろう。


「そうか……。いや、覚悟があるのならそれでいい。だがライキ様に顔向けできないようなへまはするなよ?」

「そうですね。今度こそ気を付けます。あの時の選択肢……私が選んだのは一番最悪な選択肢でしたしね。今度はそんな選択はしないように心がけますよ」


 確かにあの選択肢は酷なものだった。

 一番被害の出ない選択肢が、ライキを殺すことだったのだから。

 ライキを殺した場合、ガロット国側の勝利となり、脅威となっている城を落としたとして話は全て収束する。

 鬼たちはどうなるかわからないが、悪いようにはされないはずだ。

 少なくとも戦争をして被害が出ることはないのだ。


 戦う選択肢はもう考えなくてもどうなるかわかるだろう。

 どちらも甚大な被害が出る。

 模擬戦では接近戦だけで戦ったが、魔法や弓などもあれば鬼たちも無事では済まなかっただろう。


 そして一番被害が出る選択肢がアスレが死ぬことだ。

 まず王族の一人が戦死するという事で、また何か難癖をつけられて攻めてこられるのがオチである。

 そうなれば本格的な脅威となる国として、他の国も参戦してくる可能性があった。

 そうなれば流石の鬼たちでも全てを凌ぎきることはできないだろう。


 ライキはこのことにも怒っていたのかもしれないな。

 だがあれはライキの質問の仕方も悪かったと思うぞ。

 いや、わざと悪く言ったのかもしれないな。


「聞いておきたいのだが……俺たちの里に千の兵を送ったのはガロット王国か?」

「……いえ、私たちはそのような話は聞いておりません。千の兵であれば動けばすぐに気が付くでしょうしね」


 どうやらガロット王国がテンダたちの故郷を襲ったのではないらしい。

 ……では誰なのだろうか……。

 やはり奴隷商……?

 でもガロット国の兵士でないとすると、他の国とも結託しているのだろうか……。

 わからん。


「それもそうか……ではアスレ殿の父上と兄上は一体どういうお方なのだ?」


 質問をしたのはテンダだった。

 確かにクズだということはすでに分かっているが、どんな人物なのかはよく知らない。

 実はすっごい武功をあげている人だったりするかもしれないな。

 そうなれば王座から引きずり下ろすのには骨が折れそうなのだが……。


「父上は……とても素晴らしい方でした。叔父上様の代より守ってきた鉱山の経営、政治……国のために全力を尽くしてきた人物です。ですがそれは昔の顔。今では国の税金を使って贅沢な日々を過ごしているただの貴族にすぎません。政治や外交などは全て、家臣にやらせたり、私と次男であるバルト兄様に押し付けることがほとんどです」

「あん? じゃあ長男の……誰だっけ? そいつは?」

「長男であるラッド兄様も父上と似たようなものです。小さい頃から次期王としての確約があったため、好き放題していましたよ。今でもその気は抜けていないようで、王としての素質は全くないと私は思っておりますがね……。ラッド兄様は父上の一番のお気に入りなので、甘やかす事も多かったのではないでしょうか」


 聞けば聞くほど王と兄の醜悪さがにじみ出てくる。


 王は昔から叔父上様とやらにくっついて、国を治める方法を模索していたそうだ。

 だが叔父上様が亡くなり、王として即位して実際に権力を持ってしまってから変わってしまったらしい。

 次第に仕事を投げることが多くなり、金遣いが荒くなった。

 それは誰の目から見ても明らかではあったが、家臣たちが何かを意見を言うと無礼だとして罰を与えたりしていたらしい。


 それからは家臣たちは、王には逆らえなくなってしまったようで、王と王のお気に入りのラッドにだけは何の反論もすることもなく、二人の意見、命令の全てを聞いているようだった。


 長兄であるラッドは、その性格を完全に引き継いでしまっていたようだ。

 次男であるバルトは、そんな兄を見ながら育ったが、兄の様にはならなかった。

 それが唯一の救いでもあるかもしれない。

 アスレはバルトに面倒をよく見てもらっていたらしく、バルトがアスレをラッドに近づけることを極力拒んでいたのだという。


 そもそもラッドが弟たちにあまり関心がなく、自分から積極的に面倒を見るということ自体まずなかったため、アスレをラッドから遠ざけることは比較的容易だった様だ。


「……俺たち以上に苦労してるんだな。アスレ殿とバルト殿は」

「王族なんてそんなものですよ……下についたものが一番苦労するのです。そう考えてみると、貴方方の家臣たちは皆仲がよろしいですね。城主であるライキ様は民たちからすごく慕われているように感じました」

「……ん? もしやアスレ殿はライキ様のことを知らないのか?」

「? と、仰いますと?」

「瞬城のライキ。何処かで聞いた覚えはないか?」


 その言葉を聞いたアスレは目を見開いて驚いていた。

 それは他の家臣や兵士たちも同じようで、テンダが口にした言葉を聞いたものは全員同じく驚いているようだ。


 ちょっとまって。

 それ俺もよく知らない。

 教えて。


「しゅ、瞬城のライキと言えば……三十年前の革命戦争で大活躍をされたという……あの瞬城のライキなのですか!? い、いやですが……戦死したと伝わっておりますが……」

「あれはライキ様が流した嘘だ。当時、傭兵団の大将であったライキ様のお作りになった城は、必ず難攻不落な城になると言われており、戦争中はひっきりなしに築城の依頼が舞い込んでいたらしい。それに嫌気がさしたのか、自ら戦死したという嘘を流して今は隠居されている」

「な、なんと……」


 どうやらライキは有名人だったらしい。

 二つ名があるくらいだからそこそこに名前は轟いているのだろうと思っていたが……まさか三十年も語り継がれているとは。

 ライキは歴史に名を刻んでいる偉人だったのだな。

 てか三十年も嘘を隠し通せるライキすげぇなおい!

 おい! テンダお前それ教えてよかったのかよ!!


 だけどその革命戦争というのを俺は知らない。

 一体どういった戦争だったのだろうか?

 俺はウチカゲをつついてクエスチョンマークを自分の頭の上に作り出す。


 だがそれだけではわからなかったようなので、俺は刀と刀を交えている絵を書いて革命戦争のことについて聞いてみる。

 ウチカゲはその絵を見てようやく理解してくれたらしく、俺に革命戦争のことを教えてくれた。


「三十年前の革命戦争の事ですね? あれは人種族が亜人と呼ぶ種族との戦争でしたね。当時は人が亜人を迫害していました。もちろん例外となる国はありますが、迫害している国では奴隷が亜人だけしかいなかったそうです。ですが亜人としてはたまったものではありません。鬼たちもその対象でしたからね。そこで始まったのが、革命戦争です」


 全亜人と、一部の人の間で大きな戦争が行われたようだ。

 亜人は身体能力に長けている者が多いが、人は魔術に長けている者が多い。

 この戦争は五年間行われた。


 結果は亜人たちの勝利だったが、亜人も人も多大なる被害が出てしまっており、戦争の傷はなかなか癒えなかったそうだ。

 そしてこの戦争で活躍したのがライキだったという。


 亜人側が絶対に落とされたくない城が一つあった。

 そこを占領されてしまうと、他の場所で戦っている兵士たちが落とされる危険性が高かったのだ。

 それにその城は山の上に築かれているため、攻め落とすのは難しい城であった。


 だが攻め落とすのが難しい城であれば、兵士は少なくても大丈夫なはず。

 そう思い、亜人軍はその重要な拠点である城に兵をあまり配備していなかったのだ。

 だが敵側はその城の重要性に気が付いていたらしく、万の大軍をその城に向かわせたのだという。


 亜人側は、そのことを理解していても援軍を送れる余力はほぼなかった。

 だが唯一、百の手勢をその城に送ることができた部隊がいた。

 それは傭兵団。

 そしてその傭兵団の大将がライキだったのだ。


 ライキは城に入ると同時に何もない所に難攻不落な城を一つ築城した。

 それも一瞬で。

 百の手勢はその城に入り、万の大群を相手に籠城戦をしたのだという。

 数に物を言わせる敵兵は全方位から城を囲むように押し寄せた。

 昨日までなかった城があることに驚いているようではあったが、やることは同じなのでたいして怯みはしなかったらしい。

 そしてついに兵士たちが城になだれ込もうとしたのだが……誰も城に入ることができなかったのだという。


 それを見ていた兵士たちはもうこの世にはおらず、その話が本当かどうかは誰も知らない様だ。

 だが結果として大勝利に導いたのだという話だけは全ての亜人に通達された。

 今まで押され気味だった亜人軍は、ライキが万の大群を退けたことで形勢が逆転。

 その二年の後に勝利したというのが、革命戦争でのライキの活躍だそうだ。


「他にもご活躍成された場所はいくつもあったようですが……結果として亜人軍は勝利し、亜人を迫害しない、共に住めるような世にするという内容を決書に書き記したのです。これが決書ができた由来でもありますね。ライキ様は昔のことを話したがらないので……言い伝えだけでしか知りませんがね」


 ここで決書が登場するのか。

 今ではその決書は全ての国においてあるらしく、法律の一つとして成り立っているという。

 勿論これが浸透するには長い時間がかかってしまったようで、反乱や暴動なども度々あったらしいが、自然に受け入れられていくようになったのだという。

 今ではギルドや国のなかでも亜人を見ることができるようだ。


「まさか……そんな方に武運を祈られるとは……」

「ライキ様はアスレ殿のことを気に入っていたぞ。くれぐれも失望させてくれるなよ?」

「はっはっは。勿論ですよ。もう手は打っていますからね」


 俺たちはその後、アスレの考えている策を教えてもらった。

 それは運と信頼が大前提の奇策ではあったが、アスレはこの作戦が失敗するとは微塵も思っていないようだ。


 そして、ついに俺たちはガロット国に敗走という形で帰ってきたのだった。

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