2.49.作戦開始


 ついに俺たちはガロット国に到着した。

 前に見た時は大きな城壁しか見ることができなかったが、今回は城門からその中を見ることができそうだ。


 その城門は関所の役割も備えているらしく、国に入るための手続きを何人もの人や亜人が並んで待っている。

 大きな馬車や、魔物を運んでいる荷車もあるようで、どうやら商人や冒険者も混じっているようだった。


 そんなところにボロボロになったガロット国の兵士たちが帰ってきた。

 並んでいる人たちはとても驚いているようで、何かを話し合っているようだ。

 恐らく、噂になっているであろう敵対勢力の城に兵を送り込んだということは、国民全員が知っているだろう。

 だが返ってきた兵士たちはボロボロで、明らかに疲労困憊している様子だ。

 誰一人嬉しそうな表情をしている兵士はいない。

 兵士たちのその様子から誰も勝利してきたなどと思う輩はいないだろう。


 城門で見張りをしていた兵士たちも驚いている。

 だが職務を全うするためか、凛とした表情は崩さず、兵士たちを城内へと入れていった。


 因みに、テンダとウチカゲは頭に頭巾を被って角が見えないように隠している。

 流石に今現在敵対状態にある鬼を国に入れるのはまずいからな。


「……ご、ご苦労様でした。アスレ様。ご無事で何よりです」


 アスレの部隊が城門を通る前に、見張りをしていた兵士が話しかけてきた。

 何かを聞きたそうではあるが、流石に王族の許しなくそういったことはしてはならないのだろう。

 誰も今の現状と戦いはどうなったのかを深く聞く人物はないなかった。


「……まず兵士たちを家に帰してやってください。私は城に戻り、王に報告を申し上げなければいけません」

「で、ではその様にいたします」


 兵士はそそくさと下がっていき、その旨を報告しに行く。

 テンダたちは兵士たちに話を聞かれることもなく、ガロット国に潜入することができた。

 ウチカゲはこんなに回りくどいことをしなくても良いと思うのだが……。


 城門をくぐり、大きな橋を渡るとそこは純洋風建築の街が広がっていた。

 西洋などによくみられる石材と木材を使った家が多く点在している。

 そして橋は西洋の建築工法を使用したアーチ状の石橋だ。

 石を台形の形に削り取って大きさを変え、いくつも繋げることで石橋にかかる重さを分散させている。

 作り方は流石に知らないが、これだけ見ただけでもこの国の建築技術は相当なものだと思う。


 他にも出店が沢山出ていたり、鍛冶屋、武具屋、ポーション屋など様々な店が点在していた。

 俺的には全ての店を見て回りたい所なのだが……流石にそんなことは言っていられる状況ではないからな。

 今回は我慢だ。


 そして何より目立つのが、大きすぎる城とこれまた大きすぎる鉱山だ。

 とにかくでかい……なんで山と城が大きさでタメ張っているのかがよくわからない。

 山と城はかなり距離が開いている。

 流石に鉱山の近くに城は作らないよな。

 でも山を使った城とか強いのに……勿体ない。


 城は明るい色で装飾されて作られている。

 屋根はとんがっていたり丸くなっていたりと様々だ。

 遠目から見る限りはそんなにおかしなところはない。

 だが本物の西洋の城を見るのはこれが初めてだ。

 めちゃくちゃテンションが上がる。


 山はそこが鉱山であるということはわかるのだが……あの近くがどうなっているのかは此処からではわからないな。

 多分線路が引いてあってトロッコに鉱石を載せて運搬していると思う。


 あ、居酒屋あるじゃん。

 お! 教会もある!

 わぁー! アクセサリーとか防具とかめっちゃかっこいいじゃん! わー! すげー!

 はっ……! あんな所にギルドが……!

 いや字が読めないから本当にギルドかわからないけど! そんな気がする!

 おおー……めちゃくちゃでっかい……。

 わぁ……わあああ! なんだかワクワクしてきたぞ!?


「……応錬様。初めての地に来て興奮されるのはわかりますがもう少しお静かに……今は作戦中ですので」


 おっと。

 年甲斐もなくはしゃいでしまった。

 ま、まぁまた今度見れる機会があるかもしれないしな。

 今回は……我慢……我慢……。

 くぅ……。


 兵士たちは一度城に戻って報酬を受け取るので、必ず誰の目にも止まるはずだ。

 不安の声は大きくなるかもしれないが、それがアスレの目的の一つだという。

 此処から本格的に作戦がスタートするのだ。

 言っては悪いが少し楽しみである。


 俺たちは残念ながら、王とは謁見できない。

 まぁ俺たちのことがバレるわけにはいかないので、仕方がないとは言えば仕方がないのだが……。

 アスレの姿を見れないのが残念だ。

 一体どのように王を言いくるめるのか……。


 まず第一段階として、アスレを含める家臣たちの家族の安全を保障しなければならない。

 流石にこればかりは今回の戦を事細かく話して、王から許しを請うしかないだろう。


 いや……実はすでに安全は確保されているのかもしれない。

 とりあえずはちゃんと戦ってきた体裁は取っている。

 それであるのに負けてしまったから家臣たちの家族を処すなどということをしてしまえば、他の家臣からも反感を買う。

 次は自分かもしれない状況を作り出してしまうのだからな。

 アスレが今回することは本当にただの報告だろう。

 それだけで家臣たちの安全は保障されるはずだ。


 とりあえず、その辺はアスレに任せよう。

 俺たちはアスレの家臣であるジルニアの屋敷に泊まることになっている。

 とりあえず俺たちは何もしないでほしいということだったので、大人しくはしようとは思うのだが……。

 俺はそういうわけにはいかないな。

 夜にでも泥人を使ってサテラを探しに行くとする。


 俺たちはアスレと別れてジルニアの屋敷に辿り着いた。

 此処は屋敷と言うより別荘に近い感じで、貴族街には建っていなかった。

 聞いてみればここはジルニアの家が持っている商業区画で、その拠点として使っている家なのだという。


 近くに建っている家より明らかに豪華に見えるが、外見は周囲に溶け込むように作られている。

 これのデザインを考えた人物はすごいいいセンスがあるのだろう。

 俺もそんなセンスが欲しい。


「狭い家ですが」


 ジルニアはそう言って俺たちを家に招き入れてくれるが、めちゃくちゃデカい家だと思う。

 言ってしまえば洋館だ。

 流石貴族とでも言って置こうか……。


 入れば執事らしき若い人物とメイドが出迎えてくれた。

 こんなにしっかりした執事とメイドは初めて見た気がするぞ。

 メイド喫茶でもこんなの見たことないわ。


「お帰りなさいませ、ジルニア様。今日はゆっくりとお体を休めてくださいませ。して……そちらの方々とその蛇は……一体……」

「ああ……そうだな。お前たちには話しておいた方がいいだろうな。まずはこの方々だが……前鬼の里の鬼たちである」

「「え!?」」


 まぁそうなりますよね。

 敵である鬼が、主であるジルニアに連れられてきたのだ。

 これが普通の反応だろう。

 テンダとウチカゲは頭に被っていた布を取って鬼である証拠を二人に見せる。

 その後二人に挨拶をした。


「前鬼の里の鬼の一人、テンダと申す」

「同じく、俺はウチカゲと言う。そしてこの白蛇は応錬様だ。人の言葉を理解しなさるのでただの蛇と思いなさるな。言葉遣いには注意してもらいたい」


 あっれ?

 もしかして執事が「その蛇」って言ったこと怒ってない?

 ちょっと圧がすごいんだが。


 その圧に押されて少し押され気味の執事とメイドだった。

 流石に戦いとは無縁の人たちだろうしな。

 こういうのには慣れていないはずだ。


 流石にこれは俺が止めておいた方がいいだろう。

 ウチカゲの頭をぺしっと軽く殴っておく。

 微動だにしていないのがちょっとムカつくが、だが俺が言わんとしていることは理解してくれるだろう。

 やめなさい。


「はははは。申し訳ありませんね……。よし、お前たち。これからやってもらいたい仕事がある」

「は、はい! 何でございましょうか!」

「ちょっとした噂を流してもらいたい」

「噂……ですか?」


 これがここに帰ってきて一番初めにする仕事だ。

 とある噂を流してもらうのだ。

 これは全ての兵士たちに通達されていることで、全員がやってくれているはずである。

 そして、準備も整えている最中だろう。


 ジルニアは流してほしい噂を執事とメイドに伝えていく。

 だがその噂とは、今回の戦いの結果報告のようなもので、とても噂話には聞こえないだろう。

 執事とメイドは少し首を傾げていた。


 流す噂は二つだ。

 まず一つは『前鬼の里の鬼は強く、手も足も出なかった』という事。

 これは事実であり嘘だ。

 確かに接近戦だけで戦うのであれば人は絶対に負けてしまうだろう。

 実際に模擬戦をして兵士たちはそのことを十分に理解しているはずだ。

 だがそれは接近戦だけで話。

 魔法を使えるとなれば話はまた変わってくるだろう。

 ライキが指揮を取っているので実際に戦ってみればどうなるのかわからないが……。


 そしてもう一つは『鬼たちがガロット国に攻めてくるのであれば、必ず負けるだろう』という事。

 これは完全に嘘だな。

 まず戦力を防衛以外に裂く余裕が前鬼の里にはないのだ。

 ライキはやっちゃうかもしれないけど、普通に考えては無理だからね。


「これを噂として流すのだ」

「……えっと……お言葉ですがジルニア様。その噂を流す事によりどのようなことが起こるのでしょうか? 私の見立てでは国民たちの不安がより一層深くなるだけだと思うのですが……」

「それが目的なのだ」

「はあ……」


 ただでさえこの国の脅威になるとされている城があるとして不安が募っている今、それに追い打ちをかけるかのように兵士たちが敗走して、こんな話が広まってしまったら国民の不安は最高潮に上るだろう。


 だがこの作戦の真の目的は国民の不安を煽るためではない。

 出兵した兵士たちが敗走した時点で、もう一度戦いに行こうなどとは誰も思わないだろう。

 だが、それで困る人物がいる。

 それは奴隷商だ。


 そもそも奴隷商は、戦争を起こして奴隷を一気に確保しようと動いていたのだ。

 しかし、やっとこさ戦争までこぎつけたのに結果は敗走。

 奴隷は一切確保することができず、兵士たちは戦いに行く気力すらもなくしている。

 この状況だともうしばらくは戦争は起きないし、奴隷も確保することが難しくなるはずだ。


 だがそれでは奴隷商も困るだろう。

 せっかくここまで工作してきたのにそれが一度の戦いだけで全てがパーになるなんて思いもしなかっただろうからな。

 だから奴隷商はこの噂を何とかしようと動いてくるだろう。

 兵士たちを勇気づける何かをするか、はたまた地道に奴隷狩りをするか。

 どうなるかはわからないが。


 今回の首謀者は奴隷商で間違いない。

 王座を奪い取るためにも、奴隷狩りをしている事実を隠したままでは駄目だ。

 腐っている根本から叩き治す必要があるのだ。


 だが奴隷商がどんな風に対策を講じてくるのかまではわからない。

 しかし一週間の間に奴隷商を捕まえれなければこの作戦は失敗する……らしい。

 どうやらアスレが最後に実行する作戦の邪魔になるらしいのだ。

 何をするかまでは俺には伝えられていない。

 寝てたから知らないだけだが。


 王都の事はアスレに全て任せた。

 兵士の仕事は噂を流すことと、奴隷狩りを実行している奴隷商の逮捕が今回任された仕事である。

 幸い三千の兵士が全てこのことを知っているので、何とかなると思うが……。


 とはいっても一番大変なのは、その指揮を任されたアスレの家臣たちだ。

 兵士たちから全ての情報を貰って奴隷商を追い込んでいくのだからな。

 膨大な情報を整理をすることになるだろう。

 どうか頑張ってほしい所である。


「ほら、何をぼさっとしている。早く行くのだ」

「……え!? 今からやるんですか!?」

「当たり前だ! アスレ様はすでに戦っているのだぞ! 私たちも戦わずしてどうする! ほれ動け!」

「は、はいぃ!」


 執事とメイドはたじろぎながらもバタバタと動き出していく。

 それからしばらくすると兵士たちが数人来て、現在の進捗と奴隷商に関わる情報を事細かく伝えに来てくれた。

 だがその中には正規の方法で奴隷商を運営しているところもあるので、分別が付け難いようだった。

 しかし兵士達は三千人いる。

 実際に現場に見に行かせることが容易にできたので、問題はすぐに解消されていったようだ。


 俺たちはジルニアの屋敷で隠れている。

 まだ俺たちの存在がバレるわけにはいかないらしい。

 アスレは俺たちすらも何かに使おうとしているらしいが、まぁ今回は乗ってやろうじゃないか。

 面白そうだしな。


 しっかしアスレは国民から慕われているようだな。

 家臣たちは勿論、兵士たちにも自らが王座を奪い取ると言ったのに誰も反論はしなかった。

 まぁ王の代わりに国の政務などをしてきたのはアスレとバルトだと聞いていたしな。

 王族の中ではなんやかんや悪いように言われているようだが、国民からすればこの国をよくしようと努力している一人として認識されているのだろう。


 まぁ王と兄があんなのだしな。

 二人の悪さが目立つからこそアスレが際立ってよく見えるのかもしれない。


 兵士たち、そしてアスレの家臣たちが頑張っている。

 よし。では俺も少し頑張るとしましょう。

 まずは進化だ!

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