3.9.襲撃


 あれから四日が経った。

 今まで特に目立ったこともなく安全にここまで来ることができたが……。

 昨日で食料が尽きてしまったのだ。

 なので狩りをしながら進んでいたのだが、今までずっと狩りをしてきたのでめちゃくちゃ簡単に獲物を仕留めることができた。


 狩りで一番活躍した技能は『連水糸槍』だ。

 おっそろしいことに、いつの間にか糸が刃になっていた。

 確かに今まで何もしないのはあれだったから、こっそり鍛錬はしていた。

 それは認めよう。

 だがまさか糸が刃になっているだなんて……誰が予想しただろうか。

 俺はただ獲物を拘束しようと巻き付かせただけなのに……。

 スライスされちゃったぜ。


 そして調理には『鋭水流剣』が大活躍した。

 骨までスッパスッパ切れちゃう。

 まるでナイフの商品紹介の如く気分よく切れましたね本当に。


 でもやっぱり野営はウチカゲの方が慣れているようだったので、殆どの作業を任せてしまっていた。

 俺は水と解体をしたくらいだ。

 てかなんで俺、動物の解体方法知ってるんだろう……。

 不思議。


 まぁそんなこんなでヤグル山脈と言う所に到着した。

 アスレからはこの辺に山賊がいるという事を聞いているので、操り霞を全開に展開して索敵を行っているわけだが……全く引っ掛からない。

 ていうか道は凸凹だし、壁は崖だし、随分と危険な所を馬車で走っている。

 歩いているだけでも危険な所では、流石の山賊も出てこないのだろう。

 いや出てこれないといった方が正しいか。


 なので索敵範囲を縮小して、死角だけに操り霞を展開して警戒しておくことにした。

 MPも無限じゃないしな。

 気を付けるべきは罠だけだろう。

 とは言ってもどんな罠があるかわからないから、なかなか対処はできないのだが……今はそれらしきものはない。

 馬なんてやられたら最悪だしな。

 だけど使い勝手のいい馬を殺す程山賊も馬鹿ではないだろう。

 よっぽど腹が減っていない限りはな。


 だがしかし……本当にこんな岩肌だらけの所に根城があるのか?

 こんなところ走る奴なんてなかなかいないと思うから、盗賊業をするには悪い場所だと思うのだが……。


「どうですか? 応錬様」

「んー……反応なーし。本当に山賊なんているのかこんなところに」

「まぁアスレ殿が言うのですからいるのでしょう。これも噂だったら本当に笑っちゃいますけどね」

「確かに」


 サレナは危険だから馬車の中に入ってもらっている。

 とは言っても寝ているから緊張感も何もなさそうだけどな。

 まぁ怖い思いをしないのであれば問題ないだろう。

 ちゃんと俺たちが守ってやらねぇとなぁ。



 ◆



 あれからまた暫く進んでいるが、一向に山賊の気配はない。

 MPが勿体ないから、今の所操り霞は止めて温存している。

 とは言ってもまだまだたくさん余ってはいるが。

 今はウチカゲの感覚だけで警戒している所だ。

 俺もこういう風にできればいいのだが、流石にそこまで俺は強くないからな。


「なんかこうも出てこないと気を張っているのが阿保らしくなるなぁ」

「おーれーん。ひまー」

「俺も暇ー。景色変わんねぇしつまらん」

「つまらーん」

「……応錬様? サテラには綺麗な言葉使いをさせてくださいね?」


 おっと失念していた。

 だが今はやる気も起きない。

 なんせ大の字で二人して寝ているのだから。

 意外と馬車の中は広いのでこうして寝転がることができる。

 とても良い馬車だ。


 気まぐれで時々操り霞を展開させてみるが、崖の上にも後ろにも前にも何もいない。

 それがわかるとまた操り霞を解いて、こうしてゴロゴロとするの繰り返しだ。

 サテラはもっと暇だろう。

 何しよう。


 こういう時俺は何をしていたんだろう……。

 如何せん過去の記憶が一切ないから思い出せない。

 てかなんで零漸には前世の記憶があって俺にはないんだ。

 不公平じゃないか天の声。いや辞書。

 地の声の方がいい奴なんじゃないのマジで。


 んー。暇。

 もう一回展開してみるか。


 そう思いもう一度操り霞を展開して崖の上を確認する。

 霞を横に伸ばして一気に流していくと、何か引っかかった。

 がばっと起き上がってそれが何か操り霞を展開して詳しく調べる。


 人が数人いる。

 数は少ないがシルエットからして山賊っぽい。

 一人が俺たちの馬車を上から見て、その後ろに数人が待機している状態だ。

 なるべくばれないようにこうしているのだろう。

 だが甘いな……俺であればすぐに見破るぜ。


 だがこいつらはこの高い崖の上から何を仕掛けるつもりなのだろうか。

 暫く観察していることにしよう。


「応錬? どうしたの?」

「いやちょっとな。ウチカゲ、このままの速度で走ってくれ」

「わかりました」


 サテラを心配させるわけにはいかないからな。

 多分この会話だけで、ウチカゲは俺の意図を汲み取ってくれているだろう。

 ウチカゲは特に山賊を探すそぶりも見せないように馬を走らせる。

 よくわかってるじゃないか。


 操り霞を確認する。

 俺たちの動きに合わせて山賊は移動しているようだ。

 先回りしているな。

 てことは先に何かあるはずだ。


 山賊たちの進行方向に操り霞を移動させる。

 そこには人が数人いて、その全員が両手を合わせているようだ。

 こいつらも山賊っぽいな。

 周囲に似たようなシルエットの奴らがいるし……。

 何してんだこいつら。

 魔法か?

 …………何かあるはずなんだが……。

 よし、ここは一気に操り霞を展開させよう。


 MPを使って操り霞を周囲に大きく展開する。

 これは数秒しか出せない。

 出し続けるとすぐにMPが枯渇してしまうからだ。

 MPをしっかりと残すのであれば三秒。

 この三秒の間に、周囲の地形を確認して、何をしようとしているのかを確かめなければならない。


 そう心の中で呟いてから一気に展開させる。


 展開させると崖の一番上から一番下まで、そして直径百メートルの範囲を全て把握した。

 崖ばかりで何もないが崖の下には森が広がっている。

 前にも後ろにも追っかけてくるような山賊はいない。

 一秒。


 恐らくあの両手を合わせている魔術師たちの所に何か仕掛けがあるはずだ。

 だがそうなると、あの歩いている山賊たちの行動がよくわからない。

 しかし操り霞を展開させてその理由が分かった。

 こいつらは俺たちの真上を移動している。


 つまりあの魔術師たちに、俺たちの居場所を教えているのだ。

 遠くにいてもよくわかるように数人で固まっているのだろう。

 となると……。

 二秒。


 何処かに魔術師たちが、一斉に魔法を発動させる指定された場所があるはずだ。

 上の山賊たちがとある場所まで来たら何か魔法を発動させるはず。

 それは何処だ?

 何処が目印なんだ?


 その瞬間、崖の一番下に妙な感覚を察知した。

 木材の瓦礫が転がっている。

 これはどうやら馬車のようだ。

 死んでいる馬のシルエットも見て取れる。

 と、いうことは馬車を落とした? 魔法で?

 三秒。


 操り霞を解除する。

 目を開けて、馬車の中から先程見つけた瓦礫の場所を見据えてみる。

 だが近くまで行かなければ見えない様だ。

 しかし、あの辺だということはわかった。

 そしてその真上にあの魔術師たちがいる。


「ウチカゲ。一斉に魔法を唱える魔法とかあるか?」

「合唱魔法ですかね。同じ魔法を二人で唱えるとその力が倍になったりします。戦争時一番危険視された魔法ですね」

「土とか動かせたりする?」

「人数によりますが可能かと思います」

「人数って何人くらい?」

「五人くらいで大きな岩くらいなら余裕で浮かせれるかと」

「十人なら?」

「んー……土を押し潰してクレーターくらいなら作れるかもしれませんね」

「おし分かった。全速力で走れウチカゲ!」


 ウチカゲの隣に置いてあった鞭で思いっきり馬の尻をひっぱたく。

 驚いた馬は大きく叫んで首を動かして全速力で走り始めた。

 普通に走らせているだけでも結構ガタガタと揺れていた馬車が全速力で走ったため、揺れがさらに大きくなる。

 口を開いていれば舌を噛みそうだ。


「おお応錬様ぁああああ!?」

「しっかり掴まってろよサテラー!」

「きゃああああ!」


 サテラめっちゃ楽しそうじゃん。

 ウチカゲは馬を操るのに四苦八苦しているけどな!

 だけど知らんな!


「いけ! スターホース!」

「誰ですかスター何たらって!」

「馬鹿やろう馬の名前だよ!」


 自分で言うのもなんだが、酷いネーミングセンスだ。

 だがスターホースの走る速度が速くなった気がする。

 気に入ってくれたのだろうか。


 しかし今はそんな悠長なことを言っている場合ではない!

 後で水たっぷり飲ませてやるからなスターホース!

 それまで頑張ってくれ!


 スターホースの走る速度が意外と速くて、馬車の方がいかれそうだ。

 だがスターホースのおかげで危険視している場所にはすぐに辿り着いた。

 ここで相手が何かを仕掛けてくるはずだ。

 すると上から大きな声が聞こえた。

 急に走り出したことに相手は驚いていたようだが、冷静に対処しやがったな。


 声が聞こえたと同時に壁がこちらに迫ってきた。

 やはり岩か土を動かして馬車を落とす算段だったらしい。

 ウチカゲも流石に壁が迫ってきていることに気が付いて、縄を何回も馬に叩きつける。

 しかしこのままでは壁が馬車に当たってしまう。


 そこで俺の出番だ!


 馬車の外に飛び出してウチカゲの隣に立つ。

 片手を迫りくる壁にタイミングよく殴りつけて一つの技能を叫ぶ。


「初めて使うぜこの技能! 頼むぜ! 『土地精霊』!」


 ズン!!

 という地響きを鳴らす程の大きな音を立てて迫りくる壁が止まった。

 土地精霊の中にある変形を使って壁の動きを停止させたのだ。

 アイツらがどんな魔法を使ったのかはわからないが俺の技能のほうが優秀だったようだな。


 壁が止まったのはいいが、俺にはまだやることがある。

 流石にやられっぱなしっていうのは癪に障るからな。

 なのでやり返す。


 相手の位置は既に把握しているので、せめて魔術師たちだけでも潰してやる。

 土地精霊には改変と言う能力もある。

 なのであいつらがいる場所を沼に変えてやった。

 これはその土地の性質を変える技能だ。

 なので、性質をその部分だけ変えてあいつらの足を捕らえる。

 死なない程度の深さにしておけば問題ないだろう。

 それに沼があれば、同じ場所で悪事を働くことはできなくなるだろうしな。


 流石にMPが枯渇しかけているので、操り霞を展開することはできなかった。

 ちゃんと成功したかどうかはわからないが、まぁ大丈夫だろ。


「あはははは! たのしー!」

「はーっはっはっは! おっしゃいけー! スターホース! このまま森に行って食料確保するぞ!」

「ヒヒィイン!」

「ちょっちょちょっちょっとまがっ!? ぐぉぁぁ舌噛んだ……」


 この日を境に盗賊団が消え去ったという事は後々聞くことになったのだが……それはまた別のお話。

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