9.43.荒治療
周囲が非常に騒がしい。
だがこれは喜びの声だ。
困惑の声も混じってはいるようだが、状況をようやく理解しはじめた者が分からない者たちに教えている。
先ほどまでの記憶はおぼろげだが、こうして装備をしているということは何かと戦わされていたのだろうということが分かった。
しかし今、その強制力はない。
自由になった証拠は体にくっきりと表れていた。
奴隷紋の消失。
それが彼らを喜ばせる大きな要因だろう。
これからどうしていくかはさておいて、今は自由を手にした喜びを噛みしめていた。
そんな中を、四人の人影が走り抜ける。
だが実際に走っているのは二人だ。
残りの二人は背に背負われている。
「零漸殿、変わりますか?」
「大丈夫っす! それよりもティックを探すっすよ!」
零漸が眠っているカルナを背負いながら、走っていた。
ウチカゲはテキルを背負っている。
彼女はあの場所で感情の波が押し寄せてきたのか、大粒の涙をこぼしてその場に崩れた。
だが移動しないわけにもいかないと、零漸が無理矢理背負ってこうして走っている。
泣きつかれたのか眠ってしまったようだが……今はなんとなく安心しているように見えた。
テキルはというと、とても落ち着いている。
子供故なのか、それともただ鈍いのか。
その辺はよく分からないが、泣きださないよりはマシだろう。
「零漸殿。ティックと最後に会った場所は何処ですか?」
「あっちっす! 動いてなかったらその場にいるはずっすよ!」
「にーに~! はやくー!」
「楽しそうっすね……」
この調子だとあの場所に捕らえられていたということに、あまり疑問を抱いていないのではないだろうか。
鈍いというより図太いのかもしれない。
テキルはウチカゲの背中でまた何かごそごそしている。
収納という技能は魔道具袋のような物らしく、そこから様々なものを取り出せるようだ。
移動中に聞いた話だが、この技能はティックも持っているらしく、兄弟である二人は収納という技能を共有して使うことができているらしい。
要するに収納先がまったく同じなのだとか。
なのでティックが入れた物はテキルが取り出せるし、テキルが作ったものを入れてティックに渡すこともできる。
手紙のやり取りもできるので使い勝手はいいようだ
捕らわれていたというのに魔道具を弟から貰っていたというのは、こういうカラクリがあった。
「ふふ~ん♪」
「……零漸殿、テキルが今何を俺の背中で作っているのか教えてもらって良いですか? 不安で仕方ないのですが」
「危険な物じゃなさそうっすけどね……。それは……腕?」
「腕!?」
「あ、いやいや! 義手かな!?」
「にーに腕無くなってるから、これ付けるの~」
「……これも収納という技能で得た情報なのですか?」
「手紙くれたんだ~」
そうすると、テキルが収納から小さな手紙を取り出した。
零漸に見せびらかすようにひらひらさせた後、またしまい込んで義手の調整をはじめる。
どうやら魔力を流すと思い通りに動くらしく、テキルがその駆動や滑車などの調子を確かめていた。
関節部も魔力で繋がっているらしく、作り自体はそう難しくない。
木材と金属を何個も組み合わせているので、強度はありそうだ。
最後にゴム質のカバーを取り付けて全体を覆い隠すらしい。
手袋もしてあげれば、ぱっと見ただけでは義手だと分からないだろう。
「ん~できたー!」
「はっや。テキルの魔道具制作スキルも技能なんすか?」
「僕の持ってる技能は収納と魔力接合と魔力物資加工だけだよ~」
「制作系技能……珍しい。あとは普通に天才なのでしょうね」
「すごいっすねー!」
「にへへー」
作ったばかりの義手を動かして楽し気にしている。
腕だけなので少し気持ち悪いが……。
「む、零漸殿。あれですか?」
「ん!? ……お、あれっす! ティーック!!」
少し遠くに上体だけを起こしているティックがいた。
零漸の声に気付いたようで、軽く手を振る。
だがこちらに走ってきているのが四人だということに気付いて、少し難しい顔をした。
合流した途端、テキルがウチカゲの背中から降りてティックに近寄る。
左腕の義手を抱え、ティックの傷を見た。
「にーに痛くない?」
「ああ、これくらいは大丈夫だぜ。鬼、零漸、ありがとうな」
「いいっすよ。これくらい」
「……で、カルナの妹は?」
ティックの問いには、首を小さく横に振ることしかできなかった。
大体のことをそれだけで察することができる。
寝ている彼女の姿を見て、少し寂しそうな、申し訳なさそうな顔をして目を閉じた。
「いだだだだだだだ!!?」
「にーに動かないで~」
「なんで僕の痛覚遮断が効いてないんっだだだだだだだ!!」
「『魔力接合』~」
「んぐぐううううう!? いっづあええええ!!」
「鬼さん、押さえて」
「容赦ない……」
テキルに言われた通り、ウチカゲはティックの体を押さえた。
鬼の力に敵うわけもなく、数分の拷問が目の前で繰り広げられる。
どうやらティックの持っている痛覚遮断は、治療、及び修復する際には効果を発揮しないのかもしれない。
それかテキルの魔力接合に問題があるかのどちらかだ。
どちらかといえば後者かもしれないが。
取り付けが終わったところで、テキルは満足そうに正座した。
一方ティックは死にかけている。
久しぶりの激痛だ。
もう二度と大怪我はしないしテキルに治療はさせないと誓った。
「れ、零漸……回復して、もらえるか……?」
「い、いいっすよ……」
移動ながら回復したいところだが、そこまで零漸は器用ではない。
とりあえずしゃがんでハイヒールを使用した。
それで少しは楽になったようで、何とか立ち上がる。
「あー、よし。治った」
「いや完治はしてないっす。応錬の兄貴に今度治してもらうっすよ」
「あの青髪の女以外にも強力な回復魔法が使える奴がいんのか。零漸の仲間はおっかないね……」
「にーに、腕はどう?」
「ん~と……。ああ、絶好調だ」
魔力を流し、義手を動かしてみる。
こうしてみていると、本当に左腕があるように見えた。
ティックはテキルを撫で、そして肩に座らせる。
「よっしゃ、んじゃ行くか」
「お、ティックは飲み込み早いっすね」
「速戦即決。いっちゃん大切なことだぜ。こんな国にはもういたくねぇしな! お前ん所にいた方が楽しめそうだ!」
「んじゃ走るっすよ!」
「おう!」
あとは本当に帰るだけだ。
待たせてしまっているだろうから、あとで皆に謝らなければならないだろう。
敵だった人物を連れてきて何と言われるか分かったものではないが、何とかなると信じてウチカゲ案内の元、合流地点へと急いだのだった。
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