9.42.無事と手遅れ
地下へ降りたウチカゲは気配のみを頼りに明かりも何もなしに歩いていく。
ここは蝋燭数本だけしか光源がないらしい。
薄暗い……いや、ほぼ暗闇の中を歩くしかないようだ。
それに慣れていないのは後ろの二人。
さすがにここまで暗いと走ったりすること自体が危険になるので、壁に手を置いて道を自分の中で確保しながらウチカゲについていく。
ギリリリ……。
ギュッ、ギリリリ……。
妙な音が響き渡る。
地下なので音が良く響き、一体何処からその音が発せられているのかが分からない。
ただずいぶん奥の方で鳴っているということだけは分かった。
しかしこの辺りには牢らしきものが一切ない。
今のところは石に囲まれた廊下だけだ。
片手の熊手だけを降ろし、警戒しながら廊下を進んでいく。
しばらく歩いていくと、少し広い空間に出た。
円形となっているらしく、地上へと続く階段もあるらしい。
そして周囲には様々な道具やがらくたなどが無造作に放り投げられていた。
ここにも、牢はない。
「ほんとにここなのですか? 地下だというのに幽閉場所がないとは」
「ここで合ってる……。上階がそう」
この地下空間はただの通り道。
しかし脱出するためにはこの道を通らなければならないという仕組みになっているのだとか。
幽閉場所は上階。
地上にある建物の中に設置されているらしい。
簡単には出られず、更に生かすための食料や何かを作らせるための物資は地上から送ることができるようになっている。
なるほどなと感心しながら、ウチカゲと零漸は上階への階段を上った。
そこは意外と綺麗にされている場所だった。
パッと見るだけでは牢屋には見えない。
が、窓はほとんどなく、あったとしてもとても小さい。
子供も通ることができない程だ。
教会とは離れた場所にある石造りの建物。
ここまで厳重にしなければならない理由があまり思いつかないが、幽閉するにはいい場所だろう。
人がほとんど立ち入らないであろう路地裏の奥にあるというのも、隠すのに良い役割を担っている。
とりあえず誰かいないか、見て回りたい。
しかしこの大きさの建物的に、そこまで多くの人間を収容はできないだろう。
また違う場所に人質は捕らえられているのかもしれない。
牢は鉄格子ではなく、扉式。
中には小汚い部屋がある。
零漸が貫き手で鍵を破壊し、扉を強制的にこじ開けた。
「誰かいるっすかー?」
「ひっ!?」
「あわわ、ごめんなさいっす……。んじゃ」
扉を開けたまま、その場を離れる。
これを何度も繰り返していき、この建物の中にいる人物を解放していく。
あとは彼ら次第だ。
「ったく、よくもまぁここまで本格的にするっすねぇ」
「それだけ、教会は駒が欲しいの……」
「使い捨てできる兵士……。厄介であり、彼らは本気で与えられた任務を遂行しなければならない……。ひどい話です」
解放された扉から人質だった人たちがわらわらと出てきた。
どうしようか困っているようではあったが、最終的に誰もが出口に向かって走っていった。
とりあえずこの辺りの扉はすべて解放した。
あとは二階。
三人はすぐに階段を上り、零漸がまた扉をこじ開けていく。
すると三番目にこじ開けた扉で、見覚えのあるような顔立ちをしている子供がきょとんとした表情でこちらを見た。
「あ、この子よ」
「おお、ティックの弟さんっすか!」
「にーに知ってるの?」
「よっしゃ一人目確保っす!!」
返事を聞いてティックの弟だと確信した零漸は、すぐに子供を抱え上げる。
「びゃあああ!?」
「やったっすー! 見つけたっすよティックー!!」
「れれ、零漸殿! 子供ですから扱いは丁寧に……!」
「はっ」
「びぇえええええ!!」
「うわああああああごめんっすううう!」
知らない人に抱え上げられたら、それは誰だって驚くだろう。
幼い子供に至っては泣いてしまうのが普通だ。
ティックの弟に泣かれて狼狽している零漸を他所に、カルナとウチカゲは部屋を出て扉を開けていく。
だが零漸のようにはいかないので、剣で鍵を壊す。
二度三度同じことを繰り返して中を確認していくが、目的の人物はそこに居なかった。
最後に残っている部屋の鍵を壊し、中を確認する。
「……誰も……いない……」
「妹さん、でしたっけ」
「そう……」
ここに居るということまでは掴んでいた。
間違いはないはず。
だが……誰も居ない。
何かないかと思って探してみるが、何もなかった。
では一体妹は何処に消えてしまったのか。
誰かに連行されてしまったのかもしれないが、それではどこに?
今から探すとなっても時間が足りない。
ここに捕らえられていた人質が逃げ出したとなれば、他の場所での警備の強化が入るはず。
「どうしよう……」
「髪を引っ張らないでほしいっすよ。ちょっとー弟さーん」
「弟じゃない、僕テキル……」
「テキル、髪引っ張らないで……」
「やだ」
テキルを肩車した零漸が、部屋から出てきた。
あの一瞬でどうしてそこまで仲良くなれるのか心底疑問だったが、泣き止んでくれたのであればそれでいい。
カルナの様子を見た零漸が立ち止まる。
肩に乗っていたテキルもそれを見た。
「そこのお姉ちゃん、もう居ないよ」
「!? 知ってるの!?」
「うん」
「どこ、どこに行ったか分かる……? 何時ここを出ていったとか……」
「ううん、違うの。もう居ないの」
「「「……は?」」」
テキルの言葉に全員が首を傾げた。
一瞬理解できなかったが、嫌な予感が三人を突き抜ける。
だが子供というのは遠慮がない。
そのまま真実を口にする。
「お姉ちゃん死んじゃったから、運ばれていっちゃった」
「……」
「てて、テキル……それ本当っすか? あ、でも人違いっていう可能性もあるっす。名前とか知ってるっすかね?」
「知ってる。メイティアお姉ちゃん。部屋が違うけど、魔道具でお話してた。『収納』」
テキルは手の中に一つの魔道具を出現させた。
とても小さな角材だ。
その角を摘まんで引っ張ると、錐三角形状になった。
「近かったらこれでお話できる。メイティアお姉ちゃん、自分がいなかったらメイティアお姉ちゃんのお姉ちゃんが自由になれるって言ってた。その後は知らない」
「……」
「か、カルナ……。メイティアって人は……」
「…………」
カルナは手を震わせていた。
無表情が多い彼女ではあったが、この時ばかりは動揺の色が伺える。
この反応を見るに、メイティアという人物こそカルナの妹なのだろう。
どうして彼女がそういう思考に至ったのかは、なんとなく分かる。
自分の立場がどのように姉に影響するのか、理解していたのだ。
「……カルナ、行くっすよ」
「どこに……?」
「ここじゃない所っす」
「行ってどうするの……?」
「あとで考えるっす」
零漸はカルナの手を握り、そのまま出口へと連れていく。
目的を無くした暗殺者。
自分の心の整理をするだけで、今は精一杯だろう。
だが時間はある。
気持ちを整理する時間も、傷を癒す時間も多くある。
零漸はそう信じて、カルナをこの場から連れ去ろうとした。
しかし彼女は動こうとしない。
何度か引っ張ってみるが、この場に張り付けられているかのように固まっていた。
「なんで……?」
「……」
「なんでメイティアは死ななきゃいけなかったの。私? 私が利用されてしまったから……? 私のせい……?」
「それは違うっす。悪いのは……あの司祭……っすよ……」
「でも、でも……うぅ、うあああ……!」
零漸の手を強く握り、カルナは大粒の涙を流しはじめた。
ようやく大きな表情の変化を見た零漸だったが、この状況ではまったく喜べない。
膝をついてしまったカルナに寄り添うようにして背中をさする。
一人の女性の悲痛な叫び声が、この牢屋に響き渡った。
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