9.41.人質解放


 地面を強く蹴って加速する。

 そんなに足の速くない零漸ではあるが、それでも全力で走り続けた。

 隣にはカルナがいて、ウチカゲがいる。


「で、零漸殿。何をするつもりですか?」

「カルナとティックの妹と弟を探して助け出すっす!!」

「ご意志は硬そうですね。しかし……まさか貴方と協力する日が来るとは思いませんでしたよ」

「……」


 ウチカゲはカルナを少し睨む。

 自分が一撃で倒せなかった相手だ。

 特殊な技能がこれ程にまで厄介なものだとは思わなかったが、これも一つの経験だ。

 しかしウチカゲの持つもう一つの技能を使えば、恐らくは倒せるだろう。

 周囲の味方も巻き込むので容易には使えないが。


 ただならぬ気配を感じた零漸が、その間を取り繕う。


「昨日の敵は今日の友! っていう言葉があるっすよ!」

「では今は、そういうことにしておきましょう」

「これからも頼むっすよー! 連れて帰るつもりなんっすから!」

「……本気ですか?」

「嫌な思い出がある場所より、俺らと一緒に来て事件解決の手助けをしてくれた方がいいっす! 悪魔に関して知っているかもっすから! それとティックの弟さんは絶対に役に立つっすよー! いい人材を確保するっす!」

「はぁ……。応錬様に怒られても、俺は擁護しませんよ……」

「いいっすよー! 納得してくれてたっすからねー!」


 これからのための人材の確保。

 良い言い訳だなと思う。

 それを応錬や他の仲間が了承するかは分からないが、戦力が増えるのは確かに良いことだ。

 なので自分がこれ以上何かを口にする必要はないと、ウチカゲは少しだけ呆れて零漸のやろうとしていることに付き合うことにした。


 どう転んでも、クライス王子が誘拐されるような悪い方向へは向かわないだろう。

 それはそうと……。


「零漸殿。場所の目星は?」

「カルナが知ってるっす! まずはティックの弟さんっすよ! 案内頼むっす!」

「うん……!」


 カルナが前に出て、先行する。

 向かう場所はここから少し離れているが、この速度であればすぐに着くとの事だった。

 周囲を警戒しつつ目的地へと向かう。


 破壊された街を駆け抜け、瓦礫がこちらまで吹き飛んできている家屋を通り抜け、大通りに一瞬だけ足を運んでからまた裏路地へと入りこむ。

 近隣住民は騒ぎを聞いて完全に起きてしまっているようで、少しだけ人通りが多かった。

 興味本位で現場へと向かおうとしている野次馬を、冒険者が阻止しているようだ。


 走っている最中、カルナが手で何かを合図する。

 零漸にはその意味が分かったが、ウチカゲには分からなかったようだ。

 それを察したのか、零漸がウチカゲに向かってとある建物を指さす。

 大きな教会だ。

 その大きさ、そして装飾の多さ、更に石像の数や人の手が多く入っているであろう木々などを見て、相当な権力者がここに居るのだということが分かる。


 そんな奴らに零漸やカルナは捕まっていたのかと、ウチカゲは少しだけ驚いた。

 これだけの権力者を使わなければならない程、悪魔も切迫した状況なのだろう。

 鳳炎と応錬の話を聞いていて、なんとなくだが自分の中でも理解できるようになっていた。

 応錬が起きるまでに、他の者たちと情報を共有して話を整理しておかなければならない。


 ウチカゲがそんなことを考えているのを他所に、二人は一気に壁を登る。

 零漸にそんな身体能力があったのかを少しだけ驚いたが、どうやら空圧結界で足場を作って登っているようだ。

 器用なことをすると思いながら、自分は一度の跳躍だけで二人を飛び越して窓から中へと侵入する。


 遅れて侵入してきた二人は耳を澄ます。

 彼らなりの索敵方法だ。

 全員が顔を合わせた瞬間、零漸は指を二つ立て、カルナは四つ立てた。

 これは恐らく敵の数である。


 三人が小さく頷く。

 敵の少ない零漸が示した方向へと走る。


 人質がどこに捕らえられているか分からないウチカゲは、とにかく二人についていくしかない。

 二人に前を任せつつ、自分は殿を務めることにした。

 だが気配を辿っているので敵がどこにいるかはよく分かる。


 零漸が見つけた二人の兵士がこちらに気付いた。

 彼らは一瞬侵入者が来たということを理解することができなかったのだろう。

 それが敗北を招く原因となる。


 零漸が低姿勢から飛び掛かるように蹴りを喉元に喰らわせた。

 つま先で蹴りを鎧越しに入れることができるのは、彼の防御力が人並み外れているおかげだろう。

 兵士は完全武装をしていたが、やはり関節部は守りが弱い。

 そのまま蹴り飛ばされて沈黙した。


 一方カルナは一本の剣を的確に脇から肩へとかけて貫いた。

 懐に完全に潜った後での暗殺。

 一瞬で側に来られた兵士は、カルナの存在を理解することすら怪しかったかもしれない。


 あとはウチカゲが吹き飛ばされた兵士を抱えて、そっと地面に置く。

 大きな音を出されると厄介だ。

 カルナはそれをしっかりと理解していたようなので、死んだのを確認したあと、ウチカゲと同じように静かに兵士を横に寝かせた。


 カルナが指を指して零漸を怒る。

 零漸は軽く頭を叩いて平謝りをした。

 無言での謝罪を聞いたあと、カルナは再び走り出して階段を降りていく。

 それに二人も続いた。


 どうやら人質が捕らえられているのは地下のようだ。

 見張りが少し多い。

 これはどう対処したものかと考えるが、これを一瞬で何とかできるのは自分しかいないだろう。


 鬼人瞬脚を使用し、一足先に見張りの兵士をすべて気絶させる。

 少々音を立ててしまうのは許して欲しい。

 九人の兵士を地面に転がしたあと、残りの一人の首筋に熊手を当てる。


「騒ぐな」

「ッ!? ……!!?」

「教会に捕らえられている人質の場所は?」

「……」


 兵士は静かに指を指す。

 素直で何より。

 場所を聞いたあとは用済みなので、手刀で気絶させて他の九人同様地面に転がしておく。

 防具ごとひしゃげているので、本当に気絶しているかは謎だ。

 だが特に気にすることもなく、ウチカゲは二人が来るのを待つ。


 遅れて到着した零漸は親指を立てた。

 とりあえず褒めてくれているらしい。

 カルナは驚いているようだったが。


「もう気配はしません。ここなら喋っても問題はないでしょう」

「助かったっすよウチカゲ」

「して、人質は何人いるのでしょうか? 多いようであれば……このまま外に逃がしてもいいものか……」

「逃げ出す機会を作るだけでも、彼らにとっては希望になる……。今はそれだけでもいいわ……」

「そういうもんですか。応錬様なら一抱えしそうなものですがね」

「あの一件があるっすから、それもそうかもしれないっすねぇー」


 サレッタナ王国の捕らえられて人体実験に使われていた奴隷の話であるということに、零漸はすぐに気付いた。

 あの時は仲間もおらず、手助けしてくれるような人もいなかったはずだ。

 証拠も何もなかった時なので、ギルドも協力はしてくれなかっただろう。

 辛うじて助け出せたのは子供五名。

 これだけだ。


 今の状況は、あの時と少し似ているなとウチカゲは感じていた。

 応錬であれば、同じ思いはしたくないと全部何とかするに違いない。


「……今だけは、この場に応錬様がいなくてよかったと思います」

「ちょっと薄情じゃないっすか……?」

「かもしれませんが、切り捨てる覚悟は必要です。手に余る命を抱えられるほど、俺たちは裕福でも力がある訳でもありませんから」

「ま、それもそっすね……」


 この話は終わりだ。

 そう言うようにしてウチカゲは地下へと続く階段を降りていく。

 二人もこれ以上会話を広げるつもりはなかったので、その後をついていった。

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