10.40.昔話② いるはずのない人間


 前回の訪問から数ヵ月が経った。

 あの時の強襲は快勝に終わり、人間を壊滅させて物資をすべて奪い取ることができた。

 鬼門の里の近くだったのでこちらの存在がバレないか不安ではあったが、エンゲツとヒスイという鬼が逃げ出したすべての人間を討ち取り、技能で埋め立ててしまった為証拠も何も残さなかったらしい。


 鬼門の里の大殿エンマの影、エンゲツとシスイ。

 どちらも鬼でありながら暗殺や隠密を得意とする。

 この二人がいたからこそ、今回の強襲で討ち漏らしをすることがなかった。

 尚且つ敵へ情報は絶対に渡らない。

 証言者の殲滅はこれ程にまで強い効果を発揮するのだ。


 恐らく人間側は補給物資の経路を変えることだろう。

 調べておかなければならないとダチアは考えていた。

 だが人間の調査は骨が折れるのだ。

 それだけで何人の悪魔が犠牲になったか分からない。


「……っと、着いた着いた」


 考え事をしながら飛んでいると、鬼門の里に到着した。

 前に来た時より随分と生活様式が様変わりしたようだ。

 鬼たちのほとんどが着物を身に着けており、各々の特異な仕事をこなしている。

 あれから何か変わったのだろうかと思いながら、ダチアはとりあえず様子を見るため、御殿ではなく大通りに降り立った。


 今日、ダチアはこの里と何か物資を交換できないかと思って訪れた。

 以前人間軍に悪魔が占領していた鉱脈を襲撃されてしまい、武器を作る鉄が少なくなっていたのだ。

 一時凌ぎでもいいので武器を作ることができる鉄が必要だった。

 何とかならないかと思って来てみたのだが、この様子だと不足している物はなさそうだ。


 彼らにとっても鉄は重要な物。

 以前は報酬として鉄と鋼を譲ったが、それはこちらにまだ鉱脈があったからだ。

 いくらでも獲れる巨大な鉱脈。

 少し譲った程度では痛くもかゆくもなかったが、巨大すぎる鉱脈一つに依存しすぎていた。

 そこを奪われてしまっては世話がない。


「……変わったな、この里は」


 掘っ立て小屋だった家屋がしっかりとした作りになっていた。

 板を張り付けただけのものから、柱に溝を掘り、組子を作り、骨組みが形成されたあとに板を張りつけ、屋根は平屋根から切妻作りへと変わっている。

 土台もしっかりと作られており、柱の下には成形された石が置かれていた。

 少し小突いたらギィギィと建物が軋んでいた以前とは違い、今は力を入れて押しても揺れもしない。


 何より驚いたのは屋根だ。

 石が綺麗に並べられている。

 その形も美しく、石を重ねてその重みで石を支えるという高度な工法だ。

 話を聞いてみれば、これは『瓦』というらしい。

 よくこんなものを作れるようになったものだと、素直に感心した。


「誰が発案したのだ?」

「日輪様だよぉ。家も服も、小道具もみーんなあのお方のお陰さぁ~」

「……日輪?」


 聞いたことのない鬼の名前だ。

 だがこれ程にまで様々な知識を持つ鬼となれば、この世界を旅してまわっていたのかもしれない。

 一度会って話をしたいと思いながら、また大通りを歩いて大きく変わった鬼門の里を見て回った。


 着物はまだ地味な物ばかりだが、それでも全員が服を着ている。

 上に服を着ていなかった男の鬼も、今では綺麗に服を着こなしていた。

 ダチアが覚えている限り、服をしっかり着ているのはエンマやレンマ、ヒナタなどといったリーダー的立ち場にあるお偉いさんばかりだったはずだ。

 彼らは今どうなっているのだろうか。

 豪華な着物を着ているのかもしれない。


 そこでふと、建物に美しい布が立て掛けられているのが目についた。

 これは藍染というものらしい。

 少し離れた場所でこれを作っている場所があるのだとか。


 次に音を聞いた。

 鉄を打つ音だったが、何か違う感じがして中を覗いてみると、真っ赤な反りのついた刀身を一生懸命二人の鬼が大槌で叩いていた。

 あんな武器は見たことがない。

 完成しているであろう武器が近くにあったので、触れずに見てみるとなんとも美しいものだと感心するしかなかった。


「これは?」

「日本刀っていう武器でさ。いやしかし……上手くいかないもので……。日輪様しかこれを上手く作れないんですわ」

「……日輪か」


 これも、日輪が鬼たちに教えた知識らしい。

 ますます話をしてみたくなってきた。


 鍛冶場の鬼たちに「邪魔したな」と言ったあと、外に出る。

 すると、子供たちが前を通り過ぎた。


「あー! 日輪様だー!」

「おーい!」

「……」


 どうやら日輪という人物が近くにいるらしい。

 子供たちが走っていく方向を見てみると、白い髪で目立つ人物がそこに居た。

 長い髪の毛が片目を隠しているようだ。

 黒を基調とした和服に身を包んでおり、腰には日本刀という武器が携えられている。


 その姿を見て、ダチアは総毛立つ。

 ここは鬼の里だ。

 だが、今目に入った人物には……鬼の特徴である角がなかった。

 即座に魔道具袋から長剣を取り出して襲い掛かった。


「人間!!!!」

「ぬ!?」


 ギャヂィン!!

 大上段からの切り込みで武器ごと斬り抜くつもりだったが、この日本刀という武器は非常に硬いらしい。

 それに、この一度の打ち合いだけで分かった。


(強いなこの人間……!)


 ダチアの最速の攻撃を、慌ててはいたが綺麗に防いだ。

 今のは不意を突いた一撃だったからこそ、相手を驚かせただけに過ぎない。

 彼の本気はこれからだ。


 スッと驚愕の表情が消え、鋭い眼光でこちらを睨んできた。

 そこで左手に軽く力を入れる。


「!!」


 ダチアは翼を使って後退した。

 その瞬間、ヒョヒョウ! という風を切る音が鳴る。

 ただの二連撃ではあったが、それに込められた殺気は尋常ではなかった。

 下がらなければ、斬られていただろう。


 切り抜いた構えを崩し、下段に日本刀を下げる。

 鋭い表情のまま人間はこちらを凝視した。

 まったく隙がない。

 更には鋭い殺意を飛ばし続けたまま、口を開く。


「何者」

「……人間がなぜここに居る」

「化けているだけに過ぎん。元は化生の存在よ」

「なにを……」

『『『『こらーーーー!!』』』』

「ぬぉ!!? なんだなんだ!!?」


 鬼の子供たち数十人がダチアに殴りかかる。

 大した力はないのだが、それでも鬼の子。

 ダチアも避けなければ吹き飛ばされてしまう。


 ひょいひょいと子供たちを往なしていくが、何故人間を守るようにして攻撃してくるのかが分からなかった。

 説明を求めようにもこの状況では話してくれそうもない。

 そこで、人間が声をかけてきた。


「子供たち、よせ」

「なんでー! 日輪様を攻撃したんだぞー!」

「「そうだそうだー!」」

「では言い方を変えよう。男の戦いに水を差すな」

『『『『うぐっ……』』』』


 確かにその通りだったかもしれないと考え直した子供たちは、すごすごとダチアから離れていった。

 だが、ダチアは子供たちが口にした言葉を聞き逃しはしなかった。


「日輪……? お前が?」

「左様。お主と会うのは二度目だな」

「なに……?」


 そこで、日輪は武器を構えた。

 すり足で近づき、大きく踏み込んだ瞬間下段から日本刀を斬り上げる。


「くっ!?」

「だが、丁度楽しくなってきたところだ。一つ手合わせ願おう」


 ダチアはそれに何とか対抗しようと武器を振り下ろすが、二度の打ち合いで武器は上空へと舞い上がったのだった。

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