10.39.昔話① 出会い


「俺たちが日輪と出会ったのは、鬼の里だった。そこは鬼門の里と呼ばれていたな。まだ蛇の姿であり、人の言葉を理解する白蛇だとして大切にされていた」



 ◆


 ―約五百年前―

 当時は人間と亜人たちとのいさかいが絶えずに行われていた時代であり、悪魔や鬼、獣人などは手を取り合って戦いに参戦していた。

 数が元より少ない獣人は人間を遥かに上回る身体能力で次々と戦いに勝つ反面、遠距離攻撃からの魔法や接近系の魔術が得意な人間たちに敗北も重ねていたらしい。


 上級悪魔のダチアは鬼門の里へと赴き、情報や戦略を共有しようとした。

 そこで通された居間に、白い蛇が座っていたのだ。


 白く赤い瞳の蛇。

 なぜかしっかりと座布団の上に座っている。

 チロチロと舌を出し入れしたりしていたが、視力は良いようでダチアとずっと目を合わせていた。


「おい……何だこの蛇は」

「美しい白蛇様でしょう? 言葉を理解されるのですから驚きです」

「言葉を? お前が冗談を言うような奴ではないことは知っているが……にわかには信じられんぞ。おいレンマ。お前も信じているのか……?」

「……ヒナタの言う通りだからなぁ。信じるほかあるめぇよぉ」


 幅が広く、長い直刀を右脇に置き、鉄の陣羽織を羽織った鬼がそう言った。

 真っ黒な一本角に赤いぼさぼさの髪。

 ほっそりとした顔つきの中にある鋭い目つきだけで相手は気圧されそうだ。

 鬼にしては筋肉が少ないようではあるが、普通の鬼とは違う強さを感じ取ることができた。

 青い瞳で白蛇を見たあと、楽し気に世話をするヒナタを見て嘆息する。


 赤い一本角に黒い髪。

 紫色を基調とした地味な着物を着ている。

 優し気な表情ではあるが、彼女もまた鬼らしい強さを内に秘めていた。

 

「大体なんで蛇なんか連れてくっかねぇ。腹の足しにもなりゃせんぜ?」

「食べないでくださいませレンマ様!」

「食わねっつの……」

「で、本当に言葉が分かんのか?」

「試してみぃや」


 レンマにそう言われたので、ダチアは白蛇の前にしゃがみ込む。

 人差し指を立てて右方向へと向けた。


「右を向け」


 フイッとダチアから見て左方向に顔を向けた。

 蛇目線からであれば確かにその方向は右だが、指で示しているのだからそっちを向けよと心の中で呟く。

 なんとも馬鹿にされているような気がして腹立たしかった。


「おい、こいつ生意気だぞ」

「ちゃんと右を向いたではありませんか!」

「指で示してんだからそっちを向けよ」

「クックックック……舐められてんなぁ?」

「殴るぞ貴様」


 白蛇を見てみると、やれやれといった様子でため息を吐いた。

 なんだこいつ、と再び怒りが込み上げてきたが、蛇相手に怒ってどうすると言い聞かせて落ち着く。

 こんな事をする為にここに来たのではないのだ。


「エンマ様は?」

「もーすぐ来るだろうやぁ」

「そうか。……で、お前のその……鉄の服はどうした」

「ああ、これか? 白蛇が地面に絵を書きよってよぉ。ええー格好だったから、職人に作らせてみた。どや、なかなかええだら」


 白蛇を見てみると、小さく首を横に振っている。

 予想した物とは違う物が出来て呆れているのだが、そんな事を彼らは知らない。

 まぁ鬼らしい装備ではあるなとダチアは納得し、用意されていた座布団の上に座った。


 これが、ダチアが白蛇……日輪と初めて会った時の話である。


 その後は何故かその白蛇と一緒に会議を行って、今後の方針を取り決めた。

 人間勢力の勢いを削ぐべく、まずは補給路を断つことにしたのだ。

 情報収集は悪魔が得意であったので、鬼たちにはその強襲を任せることにした。


 エンマと呼ばれる鬼門の里の大殿はその話を聞いて大きく頷いた。

 自分たちが得意な立ち回りを考慮してくれる悪魔は個人的に気に入っていたのだ。

 巨漢の赤黒い一本角の大鬼が、ダチアを褒める。


「ええ策じゃ。こっだら俺らの力を発揮できっわ」

「俺たちも上空、後方からの援護、食料物資などの面では協力できます」

「おいおいダチア! 手前ら悪魔の飯は不味いから援護だけで十分だ!」

「レンマ。口に合わないのはお前だけだろう? なぁヒナタ」

「……はは……」

「……そうか」


 ヒナタすらも苦笑いを浮かべたところを見て、悪魔の飯は鬼たちには合わないのだと悟った。

 魔力だけで育てた肉や野菜は悪魔にとっては高級品だ。

 魔力にも味というものがある。

 それを凝縮した食べ物のなんと甘美なことかと、魔王であるマナは大変喜んで食べていたのだが……。

 口に合わないというのであれば仕方ないだろう。

 こういう小さな面でも兵士たちのことを考えておかなければ、後に不満などを漏らしてしまっていい事など一つもないのだから。


 ということで、物資の補給は武器や投擲物などに留めておくことになった。

 装備は鬼と悪魔では随分勝手が違うので、報酬は鉄と鋼で手を打ってもらう。

 ワインを欲しがったが、これも魔族領では魔力を使ってワインを造るので口に合わないだろうということで取り下げられた。


「んじゃ、こんなものか」

「ああ。これでいい。いつでも行けるが、どうする」

「では明日の夜。子悪魔の連絡によると明日、人間の兵士の物資輸送隊が近場で一夜を過ごすらしい。移動速度と目的地、道のりを考慮した上での判断だ。この情報は信じてもいい」

「決まりだ。レンマ、エンゲツとシスイを呼んできな。動きを確認すっぞ」

「承知」


 話もまとまり、今日のところは解散することになった。

 ヒナタから手土産を渡されたが、それは戦いが終わった後で受け取ると言って突っぱねた。

 その時は既に白蛇の事などまったく頭に入っていなかったのだが、次に鬼門の里を訪れた時、ダチアは驚いてしまうことになる。


 なんせ鬼の里に、いるはずのない人間がいたのだから。

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