3.61.依頼の横取り?


「先ほどは本当に申し訳ございませんでした。私、Sランクパーティー雷弓のメンバーのローズと申します。あれはユリーです」


 ローズは頭を深く下げながら、謝罪と共に自己紹介をしてくれた。

 それと共にローズは改めてユリーを紹介してくれたが、そのユリーはひっぱたかれた頬に手を当てて真っ白になっていた。


 叩かれたことがそんなにショックだったのだろうか。

 とはいえ自業自得だと思うので、変なフォローは入れないことにして、ローズと同じようにこちらも自己紹介をすることにした。


「Fランクパーティー霊帝のメンバーの応錬だ。こっちの鬼がウチカゲ、黒いのが零漸で、この子がアレナだ」

「……F……?」

「先日作ったばかりだからな」


 これは事実なのだが、どうにも信じてくれてはいない様子だ。

 まぁ……流石に自分でも明らかにFランクの出で立ちではないという事はわかっている。

 装備も整っているため何処に出ても恥ずかしくない格好はしていると思うし、明らかにFランクらしからぬ技能も満載だ。


「で? さっきから聞いてるけど一体何のようなんだ?」

「えーっと……応錬さん、でしたよね。もしかしてなんですけど、この辺に出没していたレッドボアを倒しましたか?」

「おう。なんならそれで鍋してるし、皮と牙もあるぞ」

「ああ……やっぱり」


 そこまで言うとローズは頭を抱えて困ったように考え込んでしまった。

 レッドボアを俺が倒したのは事実だが、そこの事で何故ローズたちが困ってしまう展開になってしまうのだろうか?


「……あっ」

「? どうしたウチカゲ」

「いや……ローズ殿。もしかして……レッドボア討伐の依頼を受けていたのでは?」

「……ご明察です……」


 何を伝えようとしていたのかわからなかったが、ウチカゲがそれに気が付いてくれたおかげでこの二人がどうして俺たちに声をかけてきたのかが理解できた。


 どうやらユリーとローズはSランク冒険者として、Sランク級の魔物、レッドボアを討伐するためにここにやってきたようだ。


 レッドボアが出現しているこの森はとても危険である。

 そんな所で野営をしているであろう俺たちを見つけ、忠告をしに行こうとここまで来てくれたようなのだが、警戒されずにどうやって話しかけようか悩んでいたところ、ユリーがレッドボアの皮と牙を見つけて俺たちに詰め寄ってきた、という事らしい。


 しかし、俺たちが討伐してしまった以上、ローズたちは依頼を達成することができない。

 依頼達成の条件は、レッドボアの素材をいくつか納品することで、それがなければ依頼はどうあっても達成されたとはされないらしいのだ。


 つまり……俺たちは故意ではないが、依頼を邪魔してしまったらしい。


「なんか……すまん」

「いえいえ! こちらこそ手を上げてしまって本当に申し訳なく思っています! それに……私たちが出向くのが遅れたせいと言うのもありますし……」

「ウチカゲ、こういう時はどうなるんだ?」

「はい。この場合はレッドボアを狩ったパーティーがどうするかを決めて良い、と言う形になります。依頼を受けていたとしても、そのパーティーが討伐できていなければ話になりませんからね」


 まぁ妥当と言えば妥当な決まり事だ。

 で、依頼を達成できなかったパーティーはどうなるのかと言うと、結果的にその魔物は倒されているということになるので、冒険者ギルドに行って説明をすれば何の問題もないらしい。

 素材は持ってきていなくても、報告と言う形で帰ってきたのであれば違約金などを取られることはないそうだ。


 しかし、その場合ただ遠足に行って帰ってきただけと言う形になるので、報酬は一切もらえないらしい。


「なるほどね。じゃ、牙だけやるよ」

「ええ!?」


 そう言ってレッドボアの立派な牙を両手で抱えて渡そうとするが、ローズは両手をぶんぶんと振って頑なに受け取ろうとはしてくれなかった。


「駄目です駄目です! 他のパーティーが狩った素材を貰って依頼を達成するなんて!」

「んー、とは言ってもな。こんなものを持ってギルドに入ったら絶対悪目立ちするだろ。俺としてはそれ相応の人物に預けて換金してもらったほうがいいんだよ」


 またギルドにこんなものを持っていけば、絶対に絡まれる。

 俺たちは別にあしらえるほどの技量は持っていると思うが、やはりアレナが心配なのだ。

 前回はアレナの隠していた技能で何とかなったかもしれないが、今後もそれで通用するとは思えない。


 そう言った安全面から見ても、ここはSランク冒険者のローズとユリーに牙を渡しておいて換金してもらったほうがいいのだ。

 勿論換金し多分の金は返してもらうけど、依頼達成の報酬でそれくらいはちゃらになるだろう。


「ウチカゲー。俺がこいつを狩ったから好きにしてもいいんだよな?」

「そうなりますね。でも他の冒険者の依頼達成の手伝いをする人なんて滅多にいませんよ?」

「ここにいるから問題ないな。よいしょっ」


 とりあえず、無理やりローズに牙を押し付ける。

 皮は攻撃してたらズタボロになったので捨ててきた、とでも言っておけば通るだろう。


 まぁ俺の場合は真っ二つになっているがな!


「うえええ! い、いいんですかぁ?」

「その代わり換金した牙の代金はきっちり返してもらうぞ? なーに、俺たちがお前たちを利用しているだけだから気にするな。こっちも路銀は欲しいからな」

「うう……助かりますぅ……」


 そういいながら腰につけている袋に牙を収納した。

 あれも俺が持っている魔道具袋だろう。

 随分大きな牙もするっと入っていったが……やはり違和感がすごい。


 俺のあの甲冑も普通に入るくらいだから、それなりに収納量はあるとは思っていたが、まさかあの大きな牙まで入ってしまうとは……。

 異世界恐ろしい。


「グルルルル……」

「……零漸? どうした」

「いやだって! あの女、兄貴を攻撃したんですよ!? 信じて大丈夫なんですか!?」


 ごもっともな意見だ。

 碌に話も聞かないで感情的になり、一方的に話を進めるユリーは交渉には絶望的に向かない人材ではあるだろうが、攻撃されたとしても俺は怪我を負わなかった。

 それも零漸のおかげでもあるが、そればかり気にしていては話などできたものではない。


 ローズが常識人でなければ、俺もこうした態度はとっていなかっただろうが、ローズはユリーに平手打ちをして叱ったし……今は別に気にしないでもいいかなとは思っている。

 それに初めてのSランク冒険者と繋がりができたのだ。ここはそれを無下にしない方がいいだろう。


 だが、零漸は納得していない様だ。


「ま、幸いどっちにも怪我はないんだ。俺も争い起こして目立ちたくないし、お前が戦うと絶対にこいつら負けるからその辺にしとけ」

「ぐぬぬぬぬ……」

「誰が負けるですってぇ!?」


 負けるという単語に真っ先に反応したのはユリーだ。

 額に青筋を浮かべてこちらを睨んでいた。

 恐らくユリーは負けず嫌いなのだろう。


 だが、先ほどの俺に発言には流石のローズも少し不機嫌そうだ。

 大人しそうに見えても、Sランク冒険者としてのプライドという物があるのだろうが、実際に見てみればあまり強くなさそう、と言うのが本音だ。

 俺には勝てるかもしれないが、零漸にはどう足掻いても勝つことはできないだろう。

 かくいう俺も、戦うのであれば負ける気はないが。


「こんなのに私が負けるわけないじゃない! 私はSランクなのよ!」

「こんなのだと!? はっ! お前みたいな貧弱な攻撃、かすり傷にもならんわ! その斧は新聞紙か!」

「しんぶんしってなによ! てか貴方は私の攻撃受けていないじゃない!」

「お前が放った攻撃は間接的に俺に届いてんだよ!! ばーか!」

「はああ!? なんですってこのブ男!」

「あ”あ”ん!?」


 うーん。

 間違ってないけど、技能を知らない奴からしてみれば理解しにくい回答ではあるが、零漸にしては的確な意見なので黙っておく。


 てか零漸がキレたところ初めて見た。

 どうしよう。この混ぜるな危険みたいな関係の二人。

 できるだけ放しておきたいが……。


「はぁ……ローズ、なんかすまん」

「いえ……ユリーはああいう子なので」


 ローズはもうユリーを更生することを諦めているようだ。

 お互い深くため息をついて、白い目でその様子を見守ることにした。


「なによ! そんなに言うんだったら実力で示してあげるわ!」

「おうおうやってみろクソ女! 手加減に手加減して十発は自由に打たせてやるよ!」

「なんですって!? なめるのも大概にしなさいよ!!」

「なめてないでーす、見下してるんです~」

「こんのぉ……!!」


 リユーは戦斧を手に取り、零漸に向かって斬りかかった。

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