3.60.夜襲?
辺りはすっかり暗くなり、鳥の声の代わりに虫の声が多く聞こえるようになった。
俺達は馬車の前で火を起こし、また鍋料理を作っている最中である。
大きなレッドボアの肉を零漸と解体して、一番高級な部位とされるヒレの部分を多く切り取って鍋に入れていく。
鍋であればしゃぶしゃぶもいいだろうなーと思ったが、こいつの肉でしゃぶしゃぶができるのだろうか少し不安だったので、今回は普通に肉を投げ入れることにした。
薄くスライスした物であれば焼いて焼肉もできるのだが、生憎フライパンの代わりになるようなものがないので、こればかりは潔く諦めるしかなかった。
まな板は零漸の空圧結界、包丁は俺の鋭水流剣があるというのに、肉を焼く道具だけがないのだ。 サレッタナ王国に行ったとき、調理器具なんかを見させてもらおうと心に誓った。
美味しい物が食べたい。
因みにレッドボアの皮と牙はとても高く売れるようなので、ウチカゲに指示の従って剥ぎ取っておいた。
これでしばらく資金には困らない。
皮や牙は冒険者ギルドか、武具屋などで買い取ってくれるらしい。
この皮と牙がどれくらいの金額になるのか楽しみにしながら、美味しそうな匂いを漂わせる鍋をかき回していた。
「応錬まだ?」
「もう少しな~。もう少し煮込めば肉が柔らかくなるからな」
「わかったー」
アレナはすでにお椀とフォークをもって待機している。
待ちきれないのはわかるが、このまま食べても噛み千切れないと思うので、もう少しだけ待ってほしい。
「ぐぬぬぬぬ……」
「えーとですね、零漸殿。油を削ぐようにしてですね?」
「皮がグネグネしてやりにくすぎる……!」
零漸はウチカゲになめし作業を教えてもらっている最中だ。
台は零漸が土地精霊で作り出したので、問題なく作業ができている。
もっともその進行度具合は至極遅い物で、零漸が不器用なことも相まってあまり良い仕上がりにはなってい様である。
俺は前世でそう言った経験があったのか、やり方はすでに知っていてウチカゲに一度教えてもらっただけでそれなりにできるようになっていた。
何故そんな知識を持っているのか些か不思議ではあるが……役に立っているので、ここでは前世の自分ナイスと送っておこう。
ギルドや武具屋では皮をなめしておくと、買取の時にとても言い値で買い取ってくれるらしい。
サレッタナ王国まではあと二日はかかるし、それまでに腐ってしまったら意味がないので、こういう暇なときになめす作業をしておくのが良いのだとか。
今は寒いし、まだまだ腐りそうにはないが、経験を積むという事で零漸には頑張ってもらっている。
そういえば……レッドボアを倒した時の技能。『天割』。
これは一度発動するのにMPを100消費した。
確かにそれくらいの代償がなければポンポンと放ってはいけない技能ではあるのだが、今の俺はこの天割を十二回ほど打ち込めるほどのMPを所持している。
とはいってもあの威力を見てしまったらそう気やすくは使えなくなってしまったので、やはりいざという時にしか使わない方がいいだろう。
「よし、こんなもんかなー? いいぞアレナ」
「わーい!」
「二人もこっちこーい。できたぞー」
二人もこちらに来て、各々が好きなようによそっていく。
今回は猪鍋ではあるが……果たしてどうだろうか?
箸を使ってレッドボアの肉をつまみ出す。
それを少し冷ましてから口の中に放り込む。
猪の肉は硬いというが、全くそんなことはなく、逆に少し煮込みすぎたかなと思うくらい肉がほろほろと口の中で崩れていった。
肉はとても柔らかく、脂がしっかりとのっているので味も濃い。
そこに味噌が絡んでその味を更に引き立たせてくれていた。味噌は最高の食文化であると思いながら、鍋をかき込んでいく。
「うめー!」
「だな。猪の肉は硬いと思っていたが……そんなことはないみたいだ。ヒレ肉を使っているからか?」
「レッドボアの肉は柔らかくておいしいと評判なんですよ。高級料理などではよく使われますね。まさかこんなところで食べれるとは思ってもいませんでしたけど」
「まだひっぱるかこの野郎。俺もあんな技能だとは思ってなかったんだ。勘弁してくれ」
危ないことをしたというのはわかっているし、それなりに反省もしているつもりである。
今度から赤い魔物には気を付けようと思う。
「……ん?」
「……応錬様? どうしました?」
「二人……人がいるな」
俺は最近、MPに余裕が出てきたのでどんなときであっても操り霞は展開している。
一日持たせるとなるとその範囲は小さいが、それでも半径十メートルは広げれるようになった。
その中に二つ……人影のようなシルエットが動いているのを確認することができた。
ウチカゲの気配察知に引っ掛からなかったので、それなりの手練れだとは思うのだが……なんだか動きが妙である。
二人でこそこそと何かを話し合うようなそぶりを見せていたのだ。
そこに違和感はあまりないのかもしれないが、その動きで妙だったのが、武器を構えていないという事であった。
襲ってくるのであれば、武器を仕舞っておくなどあってはならない行為のはずだ。
「どう思う?」
「そうですね……俺の気配察知にかからないので、もしかすると敵意はないのかもしれません。ですが警戒はしておきましょう」
「ああ」
すると二人に動きがあり、一人が木に上った。
もう一人は俺達のほうに近づいてきているようだ。
あまり怪しい動きをしていると逆に不安になってくるのでやめてほしいのだが……相手が何を考えているかわからない以上、ここまでくればいつでも戦闘ができように準備をしておいた方がいいだろう。
俺はおもむろに白龍前を手に取って肩に担ぐ。
ウチカゲは鉤爪を展開して、手入れをしているふりをずっとしていた。
「おいしかった……」
「だなー! 兄貴! またレッドボア狩ってくださいね!」
「お前らが狩れ」
アレナと零漸はまだ相手方のことに気が付いていない様だ。
まぁずっと鍋喰ってたしそれも仕方のない事ではあるが……もう少し警戒心を持ってほしい所ではある。
「ああーーーーーーー!!!!」
「!!?」
すると突然、森の中から声が響き、その声の下方向から誰かが走ってくるのがわかった。
これには流石にアレナと零漸も驚いたようで、アレナは短剣を抜き、零漸は地身尚拳の構えを取った。
俺とウチカゲはすでにずっと警戒をしていたので、驚きこそしなかったが、二人と同じように自分の得物を構え、相手が姿を現すのを待っていた。
「ちょっとちょっと! 不味いって!」
「いやだって! 仕方ないじゃない! これは直談判しかないわ!」
「落ち着いて!? ねぇお願い! あの人たち絶対強い人だからやめよ!? ね!? 一生のお願い!」
「貴方の一生は何回あるのよ! 事あるごとに使っていい言葉じゃないわよ!」
なんだか喧嘩が始まっているようだ。
その声を聴いて緊張の糸が切れたのか、俺たちはゆっくりと構えを解いていく。
するとようやく暗い森の中から二人の人物が出てきた。
一人がずんずんと進んでこちらに向かってきているのを、もう一人が必死に止めようとしているようだ。
二人はどちらも女性で、一人は背中に斧を携えており、その装備はとても豪華であった。
気の強そうな女性で今まさに一人の女性を引きずってこちらに向かってきている。
もう一人の女性はそれを必死に止めようとしているが、体格差で圧倒的に負けている。
どうやらこの人は魔術師の様で、黒いローブを羽織っており、手には大きな杖を持っていた。
「ちょっとあんたたち!」
「…………」
「無視してんじゃないわよ!」
そんなこと言われたって……誰に言ってるんですか。
ってこれ俺が答える感じか?
ウチカゲに目線を合わせると小さく頷かれた。
俺としてはあんまり関わり合いたくない人種なのだが、相手も引いてくれそうにないのでとりあえず話だけでも聞いてやるとしよう。
「えーっと? なんだ?」
「「なんだ」ですって!? このSランクパーティー雷弓メンバーに向かってなんていう口の利き方なの!?」
「いやー! やめてっ! ほんとにやめてー!! なんで挑発しちゃうわけ!?」
この一連の流れでわかる通り、この二人の中で一番話がしやすそうなのは魔術師の女性である。
Sランクパーティーにしてはとても若いが……本当にSランクパーティーなのだろうか?
というか俺たちはまだパーティーを結成したばかりだし、言ってはなんだがまだ一度も依頼を達成したことがない。
なので他のパーティーとか一切知らないし、俺と零漸は転生者だ。
この世界のSランクパーティーの名前など知るわけもない。
「……雷弓? 知らんな。ウチカゲ、知ってるか?」
「……存じ上げません」
「はぁ!? 貴方たちよくそんなので今まで世間を渡り歩いていけた物ね!」
「お願いだからやめてえぇええぇえ」
なんか……魔術師の女の子が可愛そうに思えてきた。
今までもこうして振り回されてきたのかと思うと、本当に同情してしまいそうになる。
てか、なんならその子に事情を説明してもらいたいというのが本音なのだが……。
「はぁ……で? 何か用があって来たんだろ? さっさと用件を話せ。私たち有名人なんですっていう自慢話なんて豚も食わないから安心しろ」
「……! …………!?」
「やっぱおこってるぅう……ユリーの馬鹿ぁ……」
ユリーと呼ばれた女性は顔を真っ赤にして何かを言おうとしているが、頭に血が上りすぎて上手く言葉を口に出せないでいるようだった。
ならば丁度いい。
この魔術師の子に話を聞いてみることにしよう。
「あー……別に怒ってないから。で、なにか用があって来たんだろ? 話してくれないか?」
「あ、えっと……貴方たち……もしかしてれっど──」
「ふん!」
突如、ユリーが背中に担いでいた斧を俺に振りかざした。
避けるなどと言った動作などできるはずもなく、俺はまともにその攻撃を受けることになってしまった。
だが……。
「零漸。ナイス」
「うっす」
俺は肩でその攻撃を受け止めていた。
痛くもないし痒くもないのは、零漸が俺に身代わりという技能を使ってくれたおかげだ。
もっとも零漸には、この斧の攻撃では一切ダメージが入っていないようで、涼しい顔をしているものの、鋭い眼光でユリーを睨みつけていた。
「な……な!?」
「ユリーの馬鹿ああああ!」
静かな森の中に一つ、乾いた平手打ちの音が響いた。
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