3.59.試し切り
前鬼の里を出立して数日が経った。
後三日ほどでサレッタナ王国と言う所まで来た俺たちは、昼食を食べる為に見晴らしのいい場所で火を起こしていた。
前鬼の里からサレッタナ王国までは大体九日ほどの距離だ。
前鬼の里から持ってきた食料は生物が多いため、二日ほどで無くなってしまった。
なので最近は戦闘訓練を含めた狩りをしながら馬車を進めている。
俺たち三人にはあまり意味のない物ではあったが、アレナにはとても良い経験値になっている。
しかし、アレナの能力はとても強い。
なにせ重力を操るのだ。
勝てない事の方が少ないのではないだろうか。
相手の周囲の重力を変えて動けなくし、そこを持っているナイフで突き刺す。
これが今のアレナの戦闘方法だ。
初めは怖がるかなと思ったのだが、全くそんなことはなく、果敢に魔物に飛び掛かっていった。
まだ幼いというのに容赦がない。
それに少し驚いたが、戦えるというのは良いことだ。
だが……それと同時に少し心配でもあった。
まだ命を奪うという事に躊躇してもいい年頃なはずだ。
なのに何の躊躇いもないというのは少し不気味でもあった。
それほどの覚悟を決めて来ているのだから、こういうことを平気でするのかもしれないが、とにかく無理だけはしないで欲しいと切に願う。
「あああああ……あったけぇ……」
「零漸寒がりだね」
「なんでだろうな……昔はそんなことなかったんだけど……」
焚火の前で零漸が両手を当てている。
薪も燃えにくくなってきているので、最近はその辺から取った枝木を馬車の中に積んで、乾かしたものを燃やしている。
それでも乾くのには時間がかかるが、その辺に落ちていたのをすぐに使うよりはマシだ。
生木は本当に燃えない。
因みに火は零漸の技能、『爆拳』で起こしてもらっている。
意外と便利な技能だ。
この数日で気温はさらに冷え込んできている。
まだまだ雪が降りそうな感じはしないが、空気は冷たくなり、吐く息は白くなっていた。
本格的に雪が降り始めるのももうすぐかもしれないなと思いながら、俺も同じように焚火にあたる。
「アレナ、魔力は大丈夫か?」
「んー……ちょっと心配……」
アレナの技能は強力ではあるが、やはりMPの消費が激しいらしい。
一日で回復はするものの、三回の技能使用でほとんどすっからかんになってしまうのだとか。
だがレベルも着々と上がっているため、だんだんと魔力総量も増えているらしい。
しかし、無理をさせてはいけない。
MPが無くなっているのなら、アレナの出番は今日は終了だ。
MPが回復するまでは俺たちが前に出ることにする。
それにしっかりとMPが切れた時の辛さを説明しているので、自分から使い切りに行くことはまずないだろう。
因みに……この数日、一切刀を抜いていない。
その理由は二つある。
まず、刀を使うほどの敵がいない。
これが一番大きいだろう。
そもそも獲物は殆どアレナに任せてしまっているし、俺たちが出ることはあまりない。
もしあったとしても、俺が出る前に零漸かウチカゲが倒してしまう。
なので刀を使うどころか抜くことすらもないのである。
そしてもう一つの理由だが……勿体ない。
こんな綺麗な刀で獲物を斬るなんてあまりやりたくない。
いや、その為の物だとはわかっているのだが、まだ手に渡って日が短いのだ。
出来るだけ大切にしてやりたいというのが本音である。
なので使う機会がなくて残念……と思っている反面、ラッキーと思っている部分も多少ながらあるのだ。
でも試し切りは一度やってみたいので、そろそろそれらしい獲物が出てきてくれないかなと思っているのではあるが……。
出てこないのなら仕方がない。
刀を抜くのはもう少し後になりそうだなと、また腰に刀を差すだけになったのだった。
「さ、食べますか」
「わーい!」
今日の昼食は、アレナが狩ったホーンラビットを使った鍋だ。
前鬼の里から味噌を貰っているので最高においしい。
他にも道中で取れた山菜を加えてウサギ鍋の完成である。
簡単だしとてもおいしいので、最近はほとんどが鍋料理で埋まっている。
寒い時に食べる鍋は最高である。
「ふぁにきー。
「食ってから喋れ。サレッタナ王国まではあと三日くらいだ。とりあえずあの奴隷たちの事を聞いてから、イルーザたちの所に顔を出さないとな」
あの奴隷たちはもう助からない可能性が高いが、それでもどうなったかという事くらいは知っておかなければならないだろう。
レクアムの情報もそこから得られるかもしれないのだ。
嫌でも知る必要がある。
イルーザたちは問題ないだろうが……。
あいつがあの子たちをどう育てているのかがちょっと気になる。
俺のことを覚えてくれていたら良いなと思いながら、また暖かい鍋を口に運ぶ。
「うまー……」
「応錬の顔、ライキおじさんみたい」
「そんな老けてる?」
「なんかほこーってしてる」
「ほこーってなんだ、ほこーって」
「ほこー」
なんとなく言っている意味は分かるが、今俺はそんな顔をしているのだろうか?
隠居している覚えはないのだがな……。
そんな会話を挟みつつ、昼食を終えた。
無限水操で水を作り出して食器や鍋を洗っていく。
この技能は日用生活にも使えるので割といろんなところで使っている。
手を汚す必要もないし、一気に全部洗えるのでとても便利だ。
「よーし、じゃあ行くか」
「わかりました」
俺の合図で全員が馬車に乗り込む。
スターホースにも食事と水を与えたので、元気がいい。
全員が乗ったのを確認すると、馬車が動き出した。
まだ馬車の揺れには慣れないが、酔わないのであまり苦ではない。
もっとも、約一名はそうでもない様だが。
「兄貴ー。酔わない方法ってないっすか?」
「寝るか、何も考えない事」
「寝ます」
片方の選択肢を聞くや否や、速攻で毛布を取り出して横になった。
食っちゃねは良くないぞと注意しようと思ったが、既に意識を手放しているようで聞く耳は持ってくれなかった。
どんだけ寝るのが速いんだ。
そう思った時、馬車が止まった。
「ん? どうしたウチカゲ」
ウチカゲのいる場所に顔を出すと、ウチカゲが籠手を装備して鉤爪を立てていた。
その様子から、魔物か何かが来ているのだなと理解してすぐに戦闘態勢に入る。
敵は何処だと周囲を見渡すと……大きな赤黒い猪のような魔物がこちらを睨んでいた。
「なんだあれ」
「レッドボアですね。あれだけ大きなものは滅多にいないのですが……」
「ほお。試し切りに丁度よさそうだな。行って来るわ」
「え!? ちょ! 待ってください! 駄目です! ちょ、応錬様!?」
ウチカゲが止めるのを全く聞かずに、俺は前に飛び出す。
初めての獲物……。
それに意外と強そうだ。
これであれば、白龍前も喜んでこいつを斬らせてくれるだろう。
それに技能も試しておきたいのだ。
俺は腰に下げた白龍前をすっと抜いた。
腰を少し落として刀を抜いたのだが、これであれば鞘を後ろに引いて一緒に抜いた方が抜刀は格好がよさそうだ。
抜いた刀を片手で持ち、レッドボアに向ける。
レッドボアはそれを見るや否や、ものすごい勢いで突進してきた。
直撃でもすれば怪我だけでは済まなさそうだ。
俺は天に突き刺すように白龍前を掲げ、軽く素振りをするようにヒョウっと空を切る。
試したい技能と共に。
「『天割』」
すると、刀を振り抜いた場所が裂けた。
レッドボアは勿論、大地も木も裂けてしまい、なんなら空の雲も裂けてしまった。
「……ん!?」
レッドボアは縦に真っ二つに裂けて倒れた。
その威力に、俺は開いた口が塞がらなかった。
まさかここまでの威力とは思ってもみなかったからだ。
しかしこの大地の裂け方はまずい……まるで小さい谷だ。
ここはMPを多く消耗してしまうが、土地精霊を使って元に戻しておくことにした。
自分で壊したけど、直せるなら問題ない……ということにして、しれーっと馬車に戻った。
「す、すごいなーこの刀。俺の技能をここまで強くしてくれるとはー」
「……応錬様」
「ん?」
「あの大きさのレッドボアは……Sランク級の魔物です」
「んー?」
「一人で倒す魔物ではないです」
「……なんかすまん」
ウチカゲが何故俺を止めようとしたのかが理解できた。
だが別に天割を使わなくても倒せそうだったのだが……。
なんなら鋭水流剣でも十分そうだし、空気圧縮でも倒せそうだ。
ベドロックの硬い皮に比べたらあんなの豆腐である。
しかし、それを口にするのはやめておくことにした。
何かを言われるのが目に見えているからである。
俺とウチカゲは、レッドボアの肉を回収して今晩の夕食にすることにした。
因みに血抜きは俺の作った水の中で全て行いましたとさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます