3.62.余裕の勝利


 ユリーは自分の持っている戦斧を大きく振り上げて、その重さを最大限に生かしながら零漸へと叩き込む。


 零漸は宣言通り、十発ほど本当に撃ち込ませる気らしく、仁王立ちの格好から一切動かない。

 そこに躊躇なく戦斧を叩き込むユリーを見る限り、殺すつもりで動いているように見えるのだが……大丈夫なのだろうか。


 大上段に振り上げられた戦斧が零漸に叩きつけられる。

 しかし、流石と言うべきか……零漸は一切痛がらず、怯みもせずに仁王立ちのまま動いてはいなかった。


「は!?」

「あん? この程度か」


 それから戦斧を連続で振り回し、十回だけではなく数十回は零漸に戦斧を叩きつけていたが、全く効いていない。

 その連撃は、Sランク冒険者を名乗るだけのことはある物であり、周囲には砂埃が舞っていた。


「うそ……でしょ……?」


 そこでようやくユリーが驚いた様子で声を漏らす。

 それからも連撃は続いているが、一向に効いている様子はないようで、零漸はあくびをしてその攻撃を受け続けている。


 隣で見ていたローズも驚愕の表情を隠しきれていないようで、口をぽかんと開けて呆けている。


 まぁ零漸の防御力はねじ一つどころか全部飛んでるっぽいので、この反応が普通だと言えば普通なのだが……。


「あ、あの……応錬さん?」

「ん?」

「零漸……さんでしたっけ。あの人本当に人間なんですか?」

「一様な。俺たちのパーティーの中で一番防御力が高いのは零漸だしな。あんな攻撃じゃ通らん」

「ええ……」


 霊帝のパーティーの中で能力的に一番強いのはアレナ。

 技能的に強いのが俺、最速がウチカゲで最高の防御力と接近戦闘を兼ね備えているのが零漸だ。

 ユリーは喧嘩をする相手を完全に間違えているのだが……まぁ零漸も鬼じゃないだろうしそこまで本気には……しないことを願う。


 でもユリー程度であれば、アレナもそれなりに戦えるのではないだろうか。

 重力で体を重くして……それでーすぱっと。

 うん、行ける気がする。


 ユリーは大きく横に振りかぶった戦斧を零漸の横腹に当てるが、これもやはり弾かれる。

 その反動を利用してユリーは零漸から距離を取った。


「はぁ、はぁ……どうなってんの!?」

「よし! じゃー次俺な」


 零漸は軽くぴょんぴょんと飛んでから、着地すると同時に低姿勢の構えを取る。

 そのまま一気に走り出して接近し、ユリーの持っている戦斧を蹴り上げた。


「くっ」


 蹴り上げられた斧を下ろして攻撃に転じるが、零漸はそれを巧みなステップで回避して、今度は横に戦斧を蹴り上げる。

 蹴り上げられた戦斧はユリーごと持っていかれていく。

 その勢いにユリーはたたらを踏んだが何とか持ち直して戦斧をもう一度構えるが、その時にはすでに零漸が接近しており、今度は戦斧を地面に突き刺すようにして蹴り込んだ。


 その戦いを見ていて思ったのだが……零漸は明らかに手を抜いている。

 零漸であればあの状況から体のどこかには確実に一撃を入れこむことができたはずなのではあるが、あえて武器を狙って攻撃している。

 まるで武器が相手の本体だと言わんばかりに。


 だがその行動は無意味な物ではないようで、何度も蹴られ、地面にめり込み、武器が横に蹴飛ばされるとユリーも一緒になって吹き飛ばされる。

 そんな無理な動きを強制的にさせられているユリーは次第に疲弊していっているようで、ついには手に力が入らなくなったのか、武器を手放してしまった。


 その時、丁度零漸が戦斧を横に蹴っ飛ばしたので、今回は戦斧だけが飛んでいくという結果になった。

 得物をなくしたユリーは疲れ果てて膝をつき、肩で息をしているようだった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「んー弱い。本当にSランク冒険者? いや、Sランク冒険者って実はこの程度?」


 む。ちょっと調子に乗っているな。


「零漸。その辺にしておけ。煽るところじゃないぞ」

「でも兄貴、こういう時はちゃんと実力を示さないとまた何度でも襲っていますよ?」

「お前の発想はヤクザか何かか。それを馬鹿っていうんだよ阿保」

「どっちっすか……」

「どっちもだよ。調子に乗るな」

「っす……」


 少ししょんぼりしながら零漸はこちらに帰ってくる。

 全く、二人ともこんなに暗い中でよくやるものだと少し感心した。


「ふえー……ユリーが負けちゃった……」

「ユリーって強いのか?」

「はい……。サレッタナ王国では知らない人がいないくらいでして、その実力を買われて王家の用心棒の依頼を受けたこともあるらしいのですが……あまり長く続かず……」

「ああ。この性格だからすぐに解雇されたのね」

「そんなところです」


 これだけ気が強いんだ。

 そりゃ失礼の一つや二つしてしまっていてもおかしくはないのだが……まさか王家の人の前でも同じことをやっているとは……。


 でも実力は確からしい。

 戦闘を見ていたかぎり、技能は使っていないようだったが……隠していたのかもしれないな。

 技能を隠す余裕があったとは思えないが……零漸には戦斧術だけで勝ちたいって思いがあったのかもしれないが、それは本人のみぞ知るとこだろう。


「ていうかさっきのあれ、本気で俺殺しに来てた?」

「あ、それは無いです。ユリーの技能に非殺傷の技能があるんですよ。気絶させようとしただけですね。同じ風に言い寄って来た冒険者を何人か殴り飛ばしてます……」

「怖いわ……」

「流石に会ったばかりの人を殺しはしないですよ。盗賊は別ですけど」

「ああ、そう……」


 やっぱそう言うのは躊躇わずに殺すのね……。

 俺もそんな時が来るのかなー?

 まぁ生かしておくだけで危ない奴とかいるもんな……。

 ていうか技能何でもありだな。

 怖いわ。


 お、零漸はアレナとウチカゲの場所に戻って先ほど繰り広げられた戦闘を振り返っているようだ。

 零漸が攻撃に転じた時、一度も戦斧を受けはしなかったし、受け流すという事もしなかった。

 隙だらけとなっている場所にだけ的確に撃ち込んで、相手の体力を削り続けるというなんとも器用な戦法で勝利したが、それだけ余裕だったという事なのだろう。


 俺だとあの戦斧を斬ってしまっていそうだ。

 それか折るか……。

 一撃でも殴ることができれば容易に戦斧を破壊することが可能だろう。

 それだけ強い技能を持っているので当然と言えば当然ではあるが。


 しかし、零漸達とは反対に、ユリーはとても落ち込んでいるようだ。

 それもそうだろう。

 なんせ自分の得意とする得物で相手に傷一つつけることができなかったのだから。

 それどころか相手に翻弄され、ただただ遊ばれただけ。

 あれだけ高いプライドを持っていたのであれば、落ち込んでしまうのも無理はないだろう。


「……おい、ローズ。あいつ大丈夫か」

「今回はちょっとへこんでますね~……。これで身の程を知ってくれていたらいいのですが。それにしても零漸さんはお強いですね。あれであればレッドボアを倒したというのも納得です」

「ん? レッドボアを倒したのは零漸じゃないぞ?」

「あ、そうなんですか? でもそっか、パーティーですもんね」

「俺だけで倒した」

「……えっ?」


 超余裕でした。

 なんていうのは流石にまずいと思うので、ここまでにしておく。

 いやなに、実際Sランクの魔獣を一人で倒したという事実が実は少し嬉しいのだ。

 少しくらい自慢したってばちは当たらないだろう。

 このことを隠せだなんて言われていないし、別に問題ないだろう。


「冗談ですよね?」

「あの三人に聞いてもらってもいいが……事実だぞ?」

「レッドボアのフライングバッシュはどう対処したんです?」

「え、なんだそれ。そんな攻撃させる前に倒したしな……わからん」


 レッドボアがなにか技能らしい技能を使っていた様子はなかった。

 ただ真っすぐ突っ込んできているだけだったと思うのだが……。

 少し早い程度だったと思う。


 ……いや待てよ?

 実はあの突進がフライングバッシュとかいう技能なのではないか?

 名前からはどういう技能なのかさっぱりわからないが、Sランクの魔物の使う技能なので、それなりに強力だとは思う。

 でも斬れちゃったしな……。


「んーやっぱりわからんな」

「え、本当に……ですか?」

「わからんものはわからん。まぁ結構でかかったし、足遅かったんじゃね?」

「……規格外は零漸さんだけじゃなかった……」


 なんと失礼な。

 規格外なステータスを持っているのは零漸だけだ。


「うん、まぁ……ローズ。とりあえずユリー慰めに行ってやれよ。なんか呪詛めいたこと呟いてるから」

「あ、はい」


 怨念のこもった連続したつぶやきと言うのは、どうにも不気味な感じがする。

 あんまり聞きたくないのでとりあえずローズに慰めに行ってもらったが……あそこまでぼっこぼこにされて立ち直れるだろうか……。


 俺も今日は疲れたので休むことにする。

 あの二人はどうするかわからないが、流石にこの時間に移動するなんてことはしないだろう。


 俺たちはそれぞれが好きなことをした後、眠ることにした。

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