10.25.天を打つ
「テンダ貴様!! お前何を言っているのか分かっているのか!!?」
「重々承知しているつもりだ」
そう言ったのは、ウチカゲだった。
悪鬼とは、鬼が泣いてしまうことでなってしまう一つの進化先である。
確かに今の力を凌駕する力を手に入れることができるだろう。
ただ、強すぎる力には代償が必要だ。
悪鬼は、現世では長く生きられない。
それはテンダが一番よく分かっていることだ。
「テンダ……俺がそれを許すと思っていたのか? 悪鬼になったらあの空間に引っ張られるんだろう? 待っている仲間はどうするつもりだ。というか……何故その結論に至った?」
「ダチア殿から話を聞きました」
「ダチア?」
彼の方を向いてみると、再び小さく頷く。
それから、テンダに説明したことを俺たちに伝えてくれた。
「五百年前……日輪、
やっぱり日輪たちは昔に一度、声と戦っていたんだな……。
今回は、とか言ってたし、前回は全員が顕現できたわけじゃないということね。
……えーと、レンマっていうとテンダとウチカゲの祖先で、鬼人舞踊の開祖だっけ?
確かに可能性はあるだろうけど……!!
「駄目だ。それにあいつ一人をどうにかしたって他に三人もいる。その前にお前が……」
「いや、応錬。違うのだ」
「なにが?」
「以前戦った陸の声は残り三つの声に力を注ぎこまれてここに顕現した。あの中で最も力があるのは天の声。そいつを倒せば、他は何とかなる可能性がある」
「可能性じゃ駄目だろ」
「どちらにせよ一体も倒すことができないよりはマシだ」
ダチアの言っていることは正しいのかもしれない。
だが、この世界に来て世話になったテンダにそんなことをさせるのは……嫌だ。
たとえ本人が許したとしても、俺が許可できない。
それはウチカゲも同じだ。
「……応錬の兄貴」
「なんだ零漸」
「俺は……前世のことを引っ張り出して考えると、ダチアの言うことは正しいと思うっす。これは……小を捨てて大に就く……話っすよ」
心理問題のトロッコ問題か?
今……今それを言うなよ零漸……。
ボウッ。
遠くで砂煙が払われた。
ずいぶんと強い風が吹いたらしいが、それは自然によるものではない。
浮遊している天の声が、ただ一回手を振っただけのこと。
天の声はこちらを見た。
ようやく見つけたと言わんばかりに、不敵に笑って何かを溜める。
手に剣が作り出され、それを圧縮して強度を高めているようだ。
あの技能は知らないが、空気圧縮を剣の形にしたものかもしれない。
圧縮するほど切れ味が増すとか、そういうものだろう。
それを見たテンダが、再び俺に声をかける。
「応錬様、お願いします」
「……なんで俺がそういう大事なことを決めなきゃならんのだ……! お前、あの悪鬼の閉じ込められた空間に飛ばされるかもしれないんだぞ!?」
「そうですね。もしかしたら死ぬかもしれません。悪鬼にとって現世は毒のようですので」
「尚更危険じゃねぇか!」
「はい。ですが」
テンダは立ち上がる。
俺と似たような羽織を身に着け、下には防具を付けている。
三尺刀朝顔の鯉口を切り、キンッと音を立てて閉じた。
「死ぬつもりは毛頭ございません」
「……」
その笑顔の裏にあるのは『嘘』だった。
テンダの本心は『刺し違えてでも殺す』である。
それが分かってしまったから、俺は口を出せなかった。
覚悟とはこういうものなのか。
死ぬことが分かっていて立ち向かう者は、このような顔をするものなのか。
無駄にしてはいけない気がした。
邪魔をしてはいけない気がした。
止めてはいけない……気がした。
「……。~~! テンダ!! 命令だ!! 俺にそんな権利はないが!! これだけは守ってもらう!!」
「なんでしょう」
「絶対に生きて帰ってこい!!」
「はっ」
「お、応錬様!? テンダ!!」
「ウチカゲ。お前は駄目だ」
テンダの冷たい、突き放すような言葉がウチカゲに刺さる。
その瞬間、首筋に強い衝撃が走った。
テンダが気絶させたのだ。
それを零漸が何とか支える。
カルナも手伝ってくれている様だ。
「て、テンダ! どうしてっすか……」
「……俺がもし死ねば、ウチカゲは泣きそうですからね。こいつは応錬様の懐刀。同じ道には絶対に連れてこないでください」
零漸にそう言い残し、テンダは歩む。
深呼吸をして思い出した。
同胞が殺された時のことを。
母親が死んだ時のことを。
どれだけ悔しくても泣くことは許されなかった。
それが鬼たちのしきたりだったからだ。
だが今は、悲しむことができた。
驚くほどあっさり、涙が出た。
静かに頬を伝う涙の感触を確かめながら、目を閉じる。
体が熱くなり始めた。
悪鬼になれば性格が変わってしまうと言い伝えられている。
この熱が、自分を少し変えてしまうかもしれなかった。
「テンダ」
「! いかがしましたか?」
テンダは振り向かず、俺の言葉を待った。
ずっと、考えていたことがある。
意味はないかもしれないし、これが本当の
だが、伝えておきたかったことがある。
「お前の名前の漢字を決めていた」
「漢字、ですか」
「テンダ……テンは天、ダは打。天を打つ鬼、天打」
無限水操で漢字を作り出し、振り向かないテンダの前にそれを持っていく。
こいつの名前は今ある状況に置いて作られたような名前ではない。
それは分かっている。
だが、こいつにはこれが……似合いすぎていた。
「意味はそれだけだ。お前の本当の名前の意味は違うだろうが……」
「天打……」
「天打。天を打て」
「承知いたしました」
目を開けて漢字を目に焼き付ける。
すると体の中で燃え上がりそうだった熱が静かになっていく。
不思議なものだ。
自我はあり、更に悪鬼としての力が湧いて来る。
冷静な判断も、これであればできそうだった。
刀身を少し出して、朝顔を見る。
ガラスの様な刀身に自分の顔が映った。
目が黒くなっているようだが、それだけで他に変わっているところはない。
一つ、息を吐く。
朝顔に手を置き、一度鯉口を閉める。
腰を落とし、踏み込みの構えを取って集中した。
狙うはただ一つ、天の首。
「第六代鬼人舞踊師範ジナリが孫、第七代鬼人舞踊師範、前鬼の天打。押して……参る!!!!」
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