8.21.金砕棒と熊手の音


 悪魔が気絶したことを確認した瞬間、真横から金砕棒が飛んできた。

 すぐに熊手で弾き返し、その方向を確認する。


 そこには、鬼が立っていた。

 だが少し様子が変だ。

 首をだらんと垂らしたまま、金砕棒を投げたフォームを崩さない。


 周囲を見てみると、他の鬼も似たような様子であった。

 だがそうでない鬼もいる。

 呼びかけには一切応じていないようだが……。


「なんだ……?」


 すると、様子のおかしい鬼が金砕棒を握る拳に力を入れた。

 次の瞬間、ウチカゲ目がけて突撃してくる。


「!?」


 バッと飛び上がって上から様子を見る。

 どうやら鬼はウチカゲを狙っているらしく、他の鬼にはまるで関心を示していない。

 正常である鬼は様子のおかしくなった鬼を止めようとしているが……あまり意味を成していないようだ。


 すると、攻撃してきた鬼が一人の鬼を掴んでこちらに投げ飛ばしてきた。

 投げられた鬼はタイミングよく金砕棒を振るい、空中にいるウチカゲ目がけて金砕棒を振り抜く。

 空気を蹴って回避したウチカゲは、すぐに地面に降りて状況を確認する。


「う、ウチカゲ! どうなってるの!?」

「これは……」


 ウチカゲの肩に乗っているアレナは、状況を理解できずにいた。

 悪魔を重加重で気絶させたら、急に鬼たちが襲ってきたのだ。

 それがこの奇妙な技の発動条件だったのだろうか。


 だが何かに操られていることは確かだ。

 操っている大元を探せばいいとは思うのだが……それがどこにいるのか、ウチカゲの気配察知でも感じ取ることができない。


「アレナ、周囲に何か違う敵はいませんか?」

「わ、分からない……。森で視界が悪いよ……」


 気配でも目視でも分からない。

 だがこれだけ正確に鬼を動かしているのだ。

 この辺りに鬼を操っている奴が居てもおかしくはない。


 だが一つ分からないのが、操られている鬼と操られていない鬼がいるということだ。

 これに何の違いがあるのか……。


「……血が……ついていない?」

「え?」


 操られている鬼は、体に血を多く浴びている。

 それはあのオークの血であり、防具はもちろん顔や服にも多くついていた。

 だが操られていない鬼は、比較的血が付いていないように思える。


 あのオークの血に、何か混ぜられていた?

 殺されること前提で準備されていた兵士だとするならば、その可能性は十分にある。

 となると……。


「!! 応錬様の方が危ないかもしれない!!」

「え!? どういうこと!?」


 今回の敵全てに、血液による洗脳効果が付与されているとすれば、今戦っている兵士たちが敵兵に回ることも考えられる。

 上空の敵は撃ち落とされれば血をまき散らして地面に落ちる。

 その血液を浴びない者は、少なくはない……。

 加えてあの数の弱い魔物。

 殺されることを前提に準備されている兵士!!


「──」

「くっ!」


 金砕棒と熊手がぶつかり合う。

 流石のウチカゲも仲間を殺すわけにはいかないと、防戦一方になっていた。

 今回の敵はたちが悪い。


 なんとかこの情報を向こう側に伝えたいが、ウチカゲが行けばこの鬼たちも付いてくる。

 無事な鬼を向かわせることも可能だろうが……数人が操られている鬼を抑えてくれているのでそれは難しい。

 可能ではあるのだが、ウチカゲの負担が増えてしまう。


「アレナ! 行ってくれ!」

「私!?」

「応錬様に頼んで、兵士たちについた血を洗い流してもらってください! 急いで!」

「わ、分かった!」


 ガッ!

 承諾を得た瞬間、ウチカゲはアレナの服を掴んだ。


「へっ?」

「はぁ!!」

「にゃああぁぁぁ──」


 応錬のいる方向に全力でアレナをぶん投げる。

 後で叱られるかもしれないが、今は緊急事態だ。

 アレナの浮遊は移動速度があまり早くないので、こうして投げた方がいい。


 後は、ここにいる操られている鬼を向こうに行かせないようにするだけだ。

 だが幸い、未だにウチカゲの方を狙っているので、心配はない。


「こういう役回りも悪くない」

「ウチカゲ様ー! 気絶させれば問題ないようです!」

「そうか! お前たちはこいつらを気絶させてくれ! 今の俺では手加減ができん!」

「「「はっ!」」」


 強い力は扱いが難しい。

 まだこの力が身の丈に合っていないと言われているような気さえする。


「また、修行だな」


 飛んできた金砕棒を受け止めながら、ウチカゲは小さくそう呟いた。

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