8.20.強化特化の悪魔
バミル領の森側。
ここは木の柵だけしかなく、石作りの城壁はない。
今回の建設では柵のない場所を優先して作った為、こちらは手付かずなのだ。
なので突破される可能性は十分にある。
だが、気配を感じて警鐘よりも先に動いたウチカゲは、なんだこの程度の敵かと溜息をついた。
「弱そうだな……」
「そうだねー」
「アレナもそう思いますか?」
「うん」
今森の木を踏み倒しながら突き進んできているオークは、明らかに普通のオークではなかった。
だがしかし、ただ単に図体がでかいだけで動きは非常に遅い。
これであれば普通の鬼でも問題なく倒せる程度だ。
気配から察するに、向こうの戦場から鬼たちが援軍としてこちらに来てくれている。
これであれば柵を壊される前に殲滅することができそうだった。
数は四百から五百程度。
一方こちらは全ての鬼を合わせても二百だが、この場合数はまったく当てにならない。
一人の鬼が二匹倒せば戦況は簡単に覆る。
更にウチカゲは進化して本当の鬼となった上位種である。
一人でも問題がなく始末することができるのだ。
「だけど折角来てくれているので、今回は仲間たちに全て任せましょうか」
「いいの?」
「ええ。悪魔と戦えるのは強い技能を持ったアレナと、俺だけかもしれませんし、体力は温存しておきましょう」
「分かった」
すると、鬼たちはすぐにこちらに駆け付けてきてくれた。
敵の姿を見て戦闘の構えをとる。
「鬼童兵一同、応錬様の指示により参りました!」
「少し少ないようだが?」
「二方向から襲撃します。遅れて来た者は横から突撃させる予定です」
「そうか。じゃあ好きにしてくれ」
「はっ!」
ウチカゲがそう言うと、報告をしてくれた鬼が金砕棒を振り上げて地面に叩きつける。
ゴボッと地面が凹み大きな音を出して兵士を鼓舞した。
そしてそれが突撃の合図だったらしい。
大股五歩で接近した鬼は、金砕棒を下段から振り上げて飛び上がり、敵の頭をかちあげる。
オークの頭は簡単に胴体と泣き別れて飛び、今度はその頭を金砕棒で殴って違うオークの顔面にぶつけた。
殺傷能力はあまりないものの、一時的に怯ませることには成功する。
他の鬼たちもそれに続いて金砕棒を振り回す。
楽しそうに笑いながら敵の血しぶきを浴びる鬼は、知性ある者であれば恐怖することになるだろう。
そこで遅れてやって来た鬼が横から割り込んでくる。
巨大な体を持つオークの動きは遅く、一匹として攻撃を避けることも、攻撃を当てることもできずに撃沈していった。
どれだけ重い体を有しようと、鬼の力の前では石ころ同然。
どれだけ強い攻撃を繰り出そうと、鬼と打ち合っている時点で間違いが発生している。
鬼よりも重い物理攻撃など、ほとんど存在していないのだから。
運よく攻撃を鬼に当てたオークがいたが、鬼はしっかり金砕棒でガードし、純粋な力だけでその武器を弾き返す。
振りかぶって勢いの乗った攻撃ではない。
ただ押し上げただけで、オークは転んでしまった。
鬼童兵。
鬼の童は無邪気なり。
オークが壊滅するのも時間の問題である。
だがそこで問題が起きた。
「ぐおぁ!?」
「ぬぐぅうううう!!」
二人の鬼が吹き飛ばされたのだ。
幸い怪我はしていないようだが、一人は盛大に地面を転がり、もう一人は金砕棒を地面に突き立てて勢いを軽減している。
そうしなければならない程に強力な攻撃が、この二人を襲ったのだ。
その手前には、一匹のオークがいた。
だが姿は他のオークと一切変わりがない。
しかし、ウチカゲはそのオークだけは全く違う種類の生物だと直感していた。
「アレナ! 行きますよ!」
「う、うん!」
ダンッと踏み込んで突撃したウチカゲ。
一歩で数十メートルある間合いを完全に潰し、そのオークに向かって一瞬で展開した熊手を振り抜く。
腹部を狙った一撃であり、熊手の鉤爪もそんなに深くは入らない。
だが、彼の攻撃はオークを両断してしまう。
「ん? 意外とよえーな……」
「ウチカゲ? なんか口調変だよー?」
「あ、これは失礼。鬼らしくと思うと口調が……」
そこで、ウチカゲは妙な気配を感じた。
すぐに殺したばかりのオークから離れて様子を伺うと、黒い泡が切り傷から噴き出てきて、人の形を象っていく。
角が生え、翼が生え、オレンジ色の髪を持つ悪魔。
うんざりした表情でこちらを見ている彼には、見覚えがあった。
レクアムに、憑りついていた悪魔。
「やっぱ純オークじゃないから弱いなぁ……」
カリカリと頬を掻いていたが、今度はこちらに目を向ける。
小さく舌打ちをしたあと、近くにいたオークに手をかざして何かをしたようだ。
「生まれ変わりと一緒にいた鬼か……」
「覚えているとは、予想外だ」
「忘れるわけないんだよなぁ。ダチア様の邪魔ばっかしてるんだから」
「俺たちはそのことについて何も悪いとは思っていないが? そもそもお前たちは何のためのこんなことをしているのだ。目的は何だ」
「教えるかってーの!」
すると、周囲のオーク全員が強くなった気配を感じた。
鬼たちも動きが変わったことに気が付いたのか、すぐに距離をとって警戒し始める。
さすが鬼童兵。
暴れるだけではなくしっかりと敵の様子も観察している。
だが……劣勢となった。
動きの速くなったオークは、鬼たちに攻撃を与えていく。
巨大な体から放たれる攻撃も強化されているようで、鬼たちを簡単に吹き飛ばしていった。
序盤にオークたちを削っていたので、数的有利は変わらないのだが、これでは先ほどと状況が逆である。
「お前は強そうだからね。でもその前に周りのは始末しないと、一気に叩けない」
「……はぁー……。こんな奴らに……使うことになるとは」
「フフフフ、僕は味方の強化が専門の悪魔さ。これだったら鬼たちとも対等以上に渡り合える」
「よし、終わった」
「ん?」
悪魔の隣にいたオークが、倒れた。
それに続き、強化したばかりのオークもすべて倒れていく。
よく見てみれば、首から上がなくなっており、生命活動を停止しているということが素人目に見てもよく分かった。
キョトンとしている悪魔に向かって、ウチカゲは手についている熊手の鉤爪を合わせ、音を鳴らす。
鬼となったウチカゲの攻撃速度は、以前の物とはまったく違う。
悪鬼の領域では力を完全に使いこなせていなかったが、応錬と離れている時、テンダと共に修行をした。
そして手に入れたのがこの速度。
鬼人瞬脚の本気の速度であった。
「お前は生け捕りだ」
「……え??」
「『重加重』」
「ふぐ!?」
アレナは一瞬逃げようとしたそぶりを見せた悪魔に対して重加重を掛ける。
逃げようにも逃げられない悪魔は、そのまま視界がゆっくりと暗転していく。
だが最後に、金砕棒と熊手がかち合う音だけは、聞こえていた。
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