11.16.……決定


 祭りから一週間が過ぎた。

 俺たちはそれまでいつも通り前鬼の里で過ごしてきたのだが……今日は呼び出しがあった。

 なので今は前鬼城本丸御殿の一室で座っている。


 今ここに居るのは俺、零漸、鳳炎、リゼだけだ。

 とりあえず姫様にお茶だけ貰って、それを飲みながら待っている。

 だが鳳炎は何故ここに呼ばれたかを知っているようだった。


「で、なんで俺たちはここに?」

「これから重要な話をウチカゲがしてくれる。私からではなくウチカゲからの方がいいはずだ」

「……決まったのか」

「……そういうことだ」


 鳳炎は肯定しようかどうか一瞬で迷ったようだが、すぐに頷いた。

 隠す必要はないものだしな。

 覚悟もしていたことだ。

 だが……少し早かったな。


 しばらくすると襖が開く。

 杖を突きながらウチカゲが入ってきた。

 一つの紙を持っているようだ。


 何も言わずに俺たちの前に座り、杖を置く。


「……応錬様、零漸殿、鳳炎殿、リゼ殿。皆様の……封印場所が決定いたしました」

「早いっすね……。応錬の兄貴と鳳炎が言っていたのはこの事っすか」

「そうだ。一週間……うん。早いな……」

「説明いたします」


 ウチカゲは手に持っていた紙を開いた。


「現在は戦争中……なので各国の主要人物が出陣してきておりまして、円滑に話を進めることができたのです。アスレ殿とバルト殿、そしてクライス殿がご尽力されました」

「なるほど、そういうことかぁ」


 国にこの話を持って帰らずとも、戦場で完結しちゃった感じなのね。

 話し合いの場を設けるのには苦労しただろうけど……終わっちゃったのか。

 もう少しゆっくりしてもらってもよかったんだけどなぁ。


 ま、決まったものは仕方がない。


「場所は?」

「はい。応錬様が……魔族領のドロッグ山脈。零漸殿が宝魚の原。鳳炎殿がテラオーム海峡。リゼ殿が……ポトデラダンジョンです」

「なかなかとんでもない所に封印場所を設定したであるな」

「そうなのか?」

「……ええ。こちらから封印場所を提供しては意味がないので、向こう方にすべて決めて頂いたのです。三日後に……ダチア殿の力を借りて……決行します」


 ああ、そりゃそうなるか。

 確かにこっちが封印場所を決めても意味ないもんな。

 向こうが有利になるようにしてやらなければならないのだから。


 で、その俺たちが封印する場所っていうのはどんなところなんだ?

 鳳炎の反応からして碌でもない場所ということは分かるんだけど……。


「ドロッグ山脈……。魔族領にある山脈なのですが、悪魔も近寄らない場所です。テレポート、もしくは飛んでいかなければ到達不可能と言われている場所ですね」

「ほんとにとんでもない所に設定しやがったな。んで、行く当ては……ダチアだったな」

「はい。ダチア殿のゲートを使用いたします。そうすれば一日で皆さんを封印することが可能でしょう」


 一日でやっちゃうのか。

 まぁそっちの方が楽でいいのかもしれないけどさ。

 向こうも一刻も早く脅威を排除したいっていう考えが見て取れるなぁ。


「で……申し訳ありませんが、同行者はダチア殿だけです」

「……そうか」

「え、なんでなのよ!」

「向こう側の要求です。封印技能を持っている者は少なく、万が一、他の人物に襲われては敵わないから、というのが理由です。安全に封印作業をしたいでしょうから、もっともな提案ですけどね」


 リゼの疑問に、ウチカゲは淡々と答えた。

 保守的というかなんというか……。

 行きは俺たちがいるからいいとして帰りはどうするのよ。

 ダチアがいるからって安全とは限らないんだぞ。

 その辺分かっているのかな……。


 ……あと三日で、皆にお別れをしておかなければならないな。

 ああー、また泣くだろうなあの二人。

 気が重いわー。


「んで、他の場所は?」

「はい。零漸殿の封印予定場所、宝魚の原ですが、これは前鬼の里の付近です。危険性がほとんどないということで……見晴らしのいい場所に決まりました」

「俺は比較的安全な場所なんすね」


 宝魚の原。

 その原にある川で初めて宝魚が獲れたことからこの名前が付いたらしい。

 前鬼の里付近にある広い野原で、今は何もないのだとか。


 もし仮に封印が解かれても特に問題がない存在として、全く危険ではない場所に封印をすることが決定した。

 だが一番目につきやすい場所だ。

 封印を解こうとすれば、目立つことになるだろう。


「鳳炎殿の封印場所、テラオーム海峡は大陸に挟まれている海です。鳳炎殿は炎技能が多い為、水の中に封印することが決定しました」

「どうやって封印するのだ? まさか潜れとは言わまいな」

「はい。空中で封印した後、それを海に沈めるというものです。水が入って溺死するということはありませんので、その辺はご安心ください」

「そうだとしても死なないからな。その辺はどうでもよい」


 そういえば今まで海に行ったことがないということを思い出す。

 何処にあるのかもまったく分からなかった。

 話を聞いてみれば、そこはここから北に十日進んだ場所にあるらしい。

 これもダチアがゲートで移動させてくれるので、あまり問題はない様だ。


 ていうか鳳炎……死なないから別にいいっていう考えはどうかと思うぞ……。

 死に慣れしすぎだろ……。

 溺死が一番苦しいっていうぞ?


「最後にリゼ殿の封印場所、ポトデラダンジョン。毒を持つ魔物が多く蔓延るダンジョンです。推奨ランクはAランクです」

「うへー、毒で死ぬとかないでしょうねー」

「結界は何も通しません。問題はないかと。それに場所は最下層……。ここには魔物が一匹も来ないらしいのです。何故かは知りませんが」

「そこ知っておいて欲しかったなぁ」


 本当に零漸以外碌な場所に配置されないなマジで。

 それだけ怖がってるって言うことなんだろうけど。


 ちなみにリゼの封印場所であるポトデラダンジョンは東に八日ほど進んだ場所にあるらしい。

 魔物の素材は高価らしいぞ。

 俺たちとしてはどうでもいい話ではあるが。


 ……んー、ダチアだけしか同伴できないとなると……。

 こいつらの最後も見ることができないということか。

 まぁ……仕方ないか……。


「で、三日後であるか……。もう少しかかると思っていたのだがな」

「俺も少し意外です。……では皆様。この事を了承していただけますでしょうか?」


 ウチカゲは手に持っている紙を畳む。

 まぁこれは……。


「大丈夫だ」

「私もである」

「俺もっす」

「私はちょっと不満~。でもまぁいいかーな」


 俺たちの考えは、あの時から変わっていない。

 眠るということは決まっていたのだ。

 そうでなければ、戦争はすぐに終わらない。


 ウチカゲはそれに少し安堵して、懐の中に紙を仕舞い込んだ。

 一つ息を吐く。


「応錬様、今まで貴方様の下で働けて、楽しかったです」

「今まで世話になったな」

「……零漸殿、鳳炎殿。長らくパーティーを組んでくださり、ありがとうございました」

「ああ」

「うっす! カルナと宥漸のこと、任せたっすよ!」

「任されました。リゼ殿は……んー、あまり思い出が」

「ちょっと~。確かにそうだけど~~」


 二人の会話に笑い合う。

 一緒に戦ったのもあの戦いくらいだしな。

 そんなに一緒にいたわけでもないしね。


 そこで零漸が勢いよく立ち上がった。


「んじゃ、俺は最後の日までカルナと一緒に過ごすっす!」

「おう。気をつけてな」


 零漸は俺がそう言い切る前に出て行ってしまった。

 あと三日。

 それまでは一緒に居たいだろうしな。


 俺は……そうだなぁ。

 アレナと姫様にこの事を伝えに行くか。


「はぁ~……。結局、ユリーやローズ、ジグルには会えなかったな」

「仕方ないことである。ウチカゲ、今度あいつらに会ったらでいいから、私たちのことを伝えておいてくれ」

「そのつもりです。応錬様は他の者たちにも挨拶をお願い致しますね。もう、応錬様が眠ることは皆知っている事ですが……こんなに早いとは思っていなかったでしょうから」

「そうだな。お前らも一緒に行くか?」


 鳳炎とリゼにそう聞いてみたが、二人は首を横に振った。


「私はいい。こういうのは得意ではないのでな。静かに眠るのが好みだ」

「ん~、私も別にいいかなぁ? ユリーとローズいないし、前鬼の里の人たちとはあんまり関わりないし……」

「六年間お前ら何をしていたんだ」

「「待機」」

「ああ、そう……」


 六年もあれば鬼たちと仲良くなっていてもおかしくはないと思っていたのだがな……。

 そもそもあんまり外に出なかった感じか。


 せめてかかわりくらい持とうとしろよなぁ~。

 んじゃ、俺はやれることは早く終わらせたいので……皆に報告しに行くか。


「行こう、ウチカゲ」

「はっ」


 俺とウチカゲは部屋を出ていく。

 手始めに前鬼城本丸御殿で働いている鬼たちへ伝えにいった。


 部屋に残された鳳炎とリゼは、俺が出ていったあと大きくため息を吐く。


「……リゼは何故行かなかったのだ? 呉服屋の鬼たちと仲良くしたであろう?」

「あんたに言われたくないわよ。食事処の女将さんとかと仲良くしていたの知ってるんだからね」

「フフフフ、考えていることは同じか」

「そうね。なんか日輪が鬼たちの記憶を消したのが分かる気がするわ」

「確かにな」


 これ以上、悲しませたくない。

 そんな姿を見てしまえば、こちらが辛くなる。

 彼らも辛いだろうが、やはりその決断をした自分たちも同じように辛いのだ。


 二人はこの世界に未練がある。

 零漸もそうだろう。

 いや、誰だって同じはずだ。


 だが、やはり考えていることは同じだった。


「私たちがいなくなって戦争が終わるなら……それでいいわ」

「ああ」

「そういえばお前、進化したことを伝えなくてもいいのか?」

「今更でしょ。奥義を使うことが進化条件だったなんて知らなかったんだからあれで最後だって思って明言しちゃったし、結局聞かれなかったから別にいいわ」

「そうか」


 しばしの沈黙が流れる。

 なんだか気まずくなり、それを誤魔化すようにして冷めてしまったお茶を口に含んだのだった。

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