11.15.太鼓演舞


 夜も深まり始めた頃合いで、ついに大きな音が鳴り始めた。

 腹の底を叩くかのような爆音だ。


 前鬼城南大手門。

 ここに神輿が運ばれた。

 運び手の鬼たちは汗だくになって地面に倒れている。

 あの時見た光景とまったく変わらないな。


 他の鬼たちが水分補給のために水を運んでいる。

 運び手たちはそれを浴びるように飲んで一息ついたようだ。


 前鬼城南大手門前には、既に太鼓が並べられている。

 最前列には五つの小さな太鼓。

 二列目には八つの腰辺りまである太鼓が並べられており、最後尾には特大大太鼓が配置されている。

 もちろん神輿の上にも設置されているようだ。


 神輿の上に設置されている太鼓の前に、デンが待機している。

 いたのかあいつ!

 ということは……。


「『灯』」


 ふと蛍のような光が無数に現れ、太鼓を乗せた神輿に一斉に向かって行った。

 すると、ぽつぽつと神輿の周りに光が灯り始める。

 これで舞台は整ったようだ。


 俺たちはそれを見るべく、少し見晴らしのいい場所を陣取っていた。

 カルナと宥漸、ティックやテキル、姫様も合流してそれを見る。


「あれ? ダチアは? ウチカゲは?」

「さぁ?」

「知らないっすねぇ」


 ダチアは太鼓演舞を見たことないって言うから楽しみにしていると思ったんだけどな。

 他の悪魔たちとどこかで見ているのだろうか?

 まぁいいか。


 でもウチカゲは何処に行ったんだろう。

 あいつが何も言わずにどこかに行くってあんまりないんだけどな。


「へへへへ、この太鼓すげぇよなぁ~」

「ねー。にーに初めて聞いた時のけぞってたもんね」

「言うんじゃねぇよ……」


 いやまぁ、誰だってそうなるだろう。

 何回も聞いている鬼たちでさえ、爆音の暴力に一歩下がってしまうのだ。

 まぁ気持ちがだけどね。

 俺たちもそんな感じだったしな。


 ていうかこいつらは何回も聞いているのか。

 いいなぁ~。

 俺は二回目だっていうのに。

 その音を聞いていながら起きなかった俺ってすごくないかしら。


 すると、アレナが指を指した。

 そこにはウチカゲが大きなばちを持って特大大太鼓の前に立っている。


「あ、ウチカゲだ」

「え!? あいつが叩くのか!?」

「ふふ、ウチカゲは鬼の本質を知りましたからね。去年から演奏しているんですよ?」

「へぇー!」


 そうだったのか!

 ああー、あと一年早く目が覚めていたら良かったのになぁ!


 ウチカゲは大きなばちを肩に担いだ状態で、観客を見渡した。

 義足ではあるが、あの大きなばちくらいであれば持てるようだ。

 大きく息を吸い、そして叫ぶように宣言する。


「皆、よく集まってくれた。楽しんでくれておるようで何よりだ。さて! 今宵の最後を締めくくるは太鼓演舞だ! 我らの本質を腹の底より奏出してくれる音は何よりも心地が良い。演目は焔大火ほむらたいか! 皆、しかと我らの本質を思い出せ!」


 そして、特大大太鼓の前へと歩く。

 ウチカゲ以外の鬼は年老いた鬼ばかりだ。

 白龍前を打ってくれた鍛冶師の鬼、祠を作った大工の鬼、宝魚漁を生業とする鬼など、様々な職種の鬼たちが集まっている。


 小さな太鼓が軽めに音を奏で始めた。

 これは以前聞いたものと同じ演目だ。

 小さな音が鳴り始め、次第に大きくなっていく。

 火種が燻り始めたようだ。


 そして、ウチカゲが太鼓を叩く。

 腹に響く様な音が襲い掛かってきた。

 意識していても、若干体が押されていく。


 演奏が続いていき、二列目に控えていた太鼓も叩かれ始めた。

 特大大太鼓とまでは行かないが、これも体を突き抜けるような音だ。

 懐かしい感覚に満足しながら、音だけを聞いて演奏を楽しんでいた。


 本当に懐かしい。

 感覚的には一年ぶりの演奏だ。

 実際は七年ぶりなのだけどね。


 これを聞いた時は何があったっけか。

 ああ、アレナを助けた後だったな。

 零漸が自分の装備を見繕ったあとでもあったか。

 その時鳳炎はまだ仲間じゃなかったけど、俺がベドロックを倒しに行っている時に偶然出会ったんだよな。


 その後は何をしに行ったんだっけ?

 あ、そうそう。

 道中で雷弓の二人と会ったんだっけか。

 いやぁ第一印象最悪だったけど、なんだかんだいって今は戦友だよなぁ。


 えっと、次はサレッタナ王国で冒険者活動をしたな。

 いろいろ細かいものをこなしたということを記憶している。

 ヒポ草だっけ?

 あれを納品してずいぶんありがたく思われたな。


 ドォオオンッ!!

 ウチカゲが特大大太鼓を打ち鳴らす。

 演奏もクライマックスのようで、どんどん激しさを増していく。


 その演奏を俺たちが楽しんでいる時、前鬼城天守閣の屋根で悪魔たちが腰を下ろしていた。

 初めて聞く鬼たちによる太鼓演舞。

 誰にも邪魔されず、仲間たちだけで見たかったのだ。


「かぁ~! ええなぁええなぁ~! あげなんあっだらもーちぃと早さ見たかったわえ」

「そうですねぇ。あんな演奏、この辺じゃここくらいでしか聞けないでしょう」


 アトラックが演奏を肴にしながら酒を飲んでいる。

 その隣にルリムコオスが座り、お酌をしていた。


「ダチアサマァー。モット、チカクデ、ミタイー!」

「ここで我慢しろ」

「アディバー……」

「ふふ、ここくらいが丁度いいわよ、ヤーキ」

「ソウナノカーァアァ……まぁ、僕は嫌いじゃないけど」

「こらこら、裏よ。お前が出てきては表が楽しめないだろう」

「へーい」


 ダチアの膝の上で、ヤーキが演奏を眺めている。

 隣にマナが座っており、その様子を微笑ましく見えていた。


 裏のヤーキはすぐに引っ込み、表が出てくる。

 目をパチクリとしていたが、また演奏を楽しもうと手で双眼鏡を作って演奏を見ていた。


 後ろにはイーグルとイウボラ、アブスが控えている。

 本当は他にも数名の悪魔がこの場にいる予定だったのだが、彼らはもう居ない。

 長らく一緒にいた為、失った時の衝撃は尋常ではなかったが……それでもここに居る全員は戦った。


「ダロスライナ様……クティ様……。まさか上級悪魔のお二人がお亡くなりになられるとは」

「僕も意外だったよ……」

「あんたたちしんみりしないでよー。こっちまで気が滅入っちゃうわ」

「すまねぇなアブス。俺はどっちにも世話になったからさ……」

「イウボラがねぇー。まぁあんたの石板の使い方を教えたのはクティ様だったしね。変形技能はダロスライナ様からだっけ」

「ああ」


 イウボラとイーグルが少しばかり寂しそうに空を仰いでいた。

 共に悲しめる者たちがいるだけで、なんだか気が楽になる。


「ていうか……僕的にはアトラック様とルリムコオス様が生きていたことが未だに驚きで仕方ないんですけど」


 アブスが少し呆れたようにそう言った。

 アトラックは面白そうに振り返り、そして酒をあおった。

 ギザギザの歯が見える。


「まぁ神だけぇな。げんだらずだっだらおらしませんけぇ」

「何言ってるか分からない……」

「神だから。馬鹿だったらここにはいないよ。と言っています」

「わかーんなーい!!」


 アブスがそう叫び、小さな笑いが起きた。

 ここに居るメンバーは今回の戦いの中で必死に何かを阻止をしようとした者たちだ。

 能力が、それだけ優秀だったのだ。

 あまり有効活用はできなかったようだが。


「まぁ、私たちが生きていたというのはどうでもいいことです。今は、クティとダロスライナに黙祷しましょう。クティが応錬さんたちに教えてくれたからこそ、彼らは気付いてくれたのです。ダロスライナが……なにかは覚えていませんが、見つけてくれたから私たちは阻止することができたのです。悪魔の屈強な戦士の一人として、二人に敬意を表しましょう」


 ルリムコオスはそう言って、両手を合わせた。

 人差し指を曲げたまま、両手をずらす。


 それを他の悪魔たちも同じようにやる。

 最後の特大大太鼓の音が鳴るまで、それを続けた。


 下から盛大な拍手が聞こえてきた。

 それを合図に手を解き、翼を広げる。

 立ち上がって伸びをしたところで、アトラックが不格好な形で全員を見据えた。


「ダチア、マナ、ヤーキ。アブス、イウボラ、イーグル。よーやってくれたな」


 アトラックの言葉を聞き、全員が頭を下げた。

 それを見て満足そうに頷いたあと、体をパキポキと鳴らして元の体勢へと戻る。


「んじゃ、おいらは帰っで。ダチア。あとは任せっけぇ」

「はっ」


 その言葉を最後に、ダチア以外の悪魔たちは消えていった。

 ルリムコオスの能力だ。

 今住んでいる家まで飛んでいく距離を破壊したのだろう。


 ダチアは一つ息を吐き、力強く頷く。


「私が封印場所の案内人か……。あまり、やりたくはないものだな」


 そう言いながら翼を広げ、滑空で下りていったのだった。

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