9.26.強敵
敵の動きがぴたりと止まる。
ユリーは相手が微動だにしないことに少し不安を抱いていたが、彼はひどく動揺しているところを見てこれは好機なのだと理解した。
先ほどリゼが使用した技能で動きを一時的に封じているのだろう。
あと何秒持つのか分からない。
恐らく応錬の咆哮と同じ様な技能で長くは維持できないはずだと直感する。
先ほど戦ってみた感じからすると、この敵は多くの魔道具を使用して戦う傾向にある。
あのローブにも何かしらの小細工が仕込まれていると考えた方が良いだろう。
ローブの魔道具でユリーの知っているものは、斬撃技を通さない魔道具。
だが打撃を通さないというローブはなかったはずだ。
この一撃は確実なものにしたい。
戦斧を縦にし、そのまま横から殴打する形で振り抜く。
先ほどの魔法で怪我をした分も込めて全力で武器を振るう。
「ぅおおおりゃああ!!」
「ガッ──」
ゴォンッ!!
巨大な戦斧の腹が敵に直撃する。
明らかな手ごたえを感じたユリーは、そのままフルスイングをして敵をボールのように吹き飛ばした。
遠くの家屋に直撃すると、穴を空けて中へと強制的に放り込まれる。
なかなかの威力だったようだ。
戦斧を肩に担ぎなおし、一つ息を吐く。
まだ生きていたとしても、戦闘には復帰できないだろう。
「っしゃ!」
「す、すごいわね……」
「本当に動きを止めちゃう技能を持ってるリゼの方が凄いわよ。よし、貴方お陰で回復もできてるし、ギルドマスターが相手している奴を倒しに行きましょう!」
「あれー? そっちも終わったんですかー?」
ユリーが意気込んでいると、ローズが軽い足取りでこちらへと帰ってきた。
空中には水で捕縛されたローブを着ている男性がいる。
全身がボロボロになっているところを見るに、随分派手にやられたらしい。
「うわ、ローズ。貴方結構派手にやったわね」
「暗殺者だろうなって思って思いっきりやったら、想像の三倍くらい弱かっただけよ。でもそっちも怪我がなさそうで良かった。リゼさんも大丈夫そうですね」
「はははは……」
「ま、まぁ無事といえばそうですね」
相性が悪かったのだろうが、相方が無傷でありこちらが怪我を負ったとなるとなんとなく悔しいユリーであった。
リゼもそれを察してか、怪我をしたことは口にしない。
「あ、どうします? 応錬さんの方に向かうこともできますけど……」
「そっちは無理よ。零漸は硬いんだから私たちじゃ手に負えないわ」
「私もそう思う。応錬は強いし、今はこの暗殺者たちを何とかした方がいいと思う」
「んじゃ、ギルドマスターの方に向かうことは決まりね」
やることが決まった瞬間、リゼは匂いでギルドマスターの位置を探し出す。
だがそれより先に、妙な匂いがこちらに向かってきていることに気付いた。
咄嗟に氷結界を出現させて、攻撃を防ぐ。
ガガガガガガッ!
氷の壁にいくつもの剣が突き刺さる。
深々と刺さっているらしく、幾つかの剣は氷の壁を貫通した。
この攻撃は、先ほどユリーが吹き飛ばした敵の方から放たれたということが分かる。
まさかと思ってユリーは氷の壁に飛び乗った。
すると、体をさすりながら浮遊している先ほどの敵がこちらを睨んでいた。
「斬撃ならカウンター攻撃で始末できたのになぁ……」
「あんたタフね」
「僕自身は弱いんだぜ。でも強くしてるのさ」
そう言いながら、二本目の短い杖を取り出してこちらへと向けた。
戦闘経験の少ないリゼにも分かる程の殺気がこちらに飛ばされる。
何か来る。
もう一度氷結界を展開した瞬間、とんでもない突風が襲い掛かってきた。
「『トルネイド』」
風の塊が氷結界にぶつかり、その下にあった家屋も直撃する。
なんという攻撃範囲なのだろうかと驚いているのも束の間、家屋が悲鳴を上げて瓦解しはじめた。
「!? マズい! 皆屋根から飛び降りて!」
「ええ!? こ、ここから!?」
「死にたくなかったら飛ぶのよっ!!」
ユリーがリゼの服を掴んで走らせる。
その先は……軒先だ。
「ちょちょちょちょまだ! まだ心の準備が──」
「はっ」
「よっ」
「ぎゃあああああああああ!!」
高所から飛び降りるという経験など一切ないリゼにとっては、紐なしバンジーをしているかの様な恐怖が沸き上がった。
高い所が苦手になりそうだったが、ユリーに着地を補助してもらって怪我をすることはなかった。
へなへなと座り込もうとしているのも束の間、すぐに服を掴み上げられて強制的に立たせられる。
その理由は簡単で、既に敵がこちらに向かって攻撃を繰り出していたからだ。
先ほどより少し小さめの風の塊がこちらへと飛んでくる。
それを何とか回避した三人だったが、後方にあった家屋は完全に破壊され、瓦礫は風に巻かれて遠くへと吹き飛ばされていった。
「無茶苦茶ね! ローズ! あれ何とかできないかしら!?」
「込められている魔力量が桁外れなの! 私の魔力量じゃあれを相殺するのは無理!!」
「くっそー!! 強化って肉体だけじゃなくて魔力量も強化されてるっていうのー!?」
「そんな魔道具聞いたことないけど……」
なぜかユリーの肩に担がれていたリゼは、相手の動きをよく見ることができていた。
魔道具に関してのことはあまり良く知らないが、体の中にある魔力量を増やすような物はないということは分かる。
あるとして、放出時の出力調整器具。
この世界にそんな考えに至る人物がいるのかどうかは分からないが、とりあえずその考えを頭の隅に残して敵を観察し続けた。
すると、敵のローブの中と、左手に持っている杖が赤く光る。
リゼの特殊技能、狩りの本能。
獲物を暫く観察していると勝手に発動するものであり、相手の弱点を知ることができる技能だ。
「あ、あのー……」
「何か妙案ある!?」
「魔力量はよく分からないけど、弱点は見つけたわ! 左手に持ってる杖とローブの中……あれがあいつの強さの根源かも!」
「ローブの中って、どの辺ですか?」
「えーっと……腰辺りかな……」
「ローズ、何か分かる?」
「杖で浮遊し続けて、腰に付けている魔道具で魔力を供給しているのかな……?」
「とは言ってもこのままじゃ近づけないけどね!」
ズガアアンッ!!
ドドドドドドッ。
三人が逃げ回った後ろはすべてが破壊されてしまっている。
暗殺者なのにあそこまで派手に動く敵は初めてなので、少し厄介だ。
これだけの魔力量を使用した攻撃を何度も繰り出せる人間は滅多に居ない。
既に八発はあの攻撃を撃っている。
常人であれば魔力枯渇待ったなしだろう。
だが相手の魔力が枯渇する様子は一切ないし、威力も保ったままだ。
近づけない、立ち止まれないこの状況では、ローズとユリーは何もできなかった。
「「リゼ! 何かできない!?」」
「私!? えーと、えーと!! 『足止め』!!」
手を向けて技能を使う。
一瞬ぴたりと体の動きが止まったが、今度はすぐに動き出してしまう。
やっぱりそうかと、リゼは再び技能を見つめ直す。
この足止めは、同じ相手には何度も効く技能ではないのだ。
使えたとして一回。
二回目以降からは個体の強さによって効果が変わってくる。
とりあえずこれは意味がないことが分かったので、早急に次の技能を探す。
「! 今天気は!?」
「今!? 暗いからわかんないけど月が見えてるから晴れてるんじゃないの!?」
「じゃあこれは駄目かー!」
今使用しようとしたのは雷爆という技能だ。
雷を落とし、爆発させる技能。
しかし晴天である場合は雲を作り出すのに三十分の時間が必要になる。
なのでこの技能は今すぐに使うことができなかった。
「うええっと、サンダーウェーブは相手が空にいるから無理だし、サンダーピストルはこの揺れじゃ当たりそうにないし、雷伝蛍は風魔法で吹き飛ばされそうだし、雷砲は……あ! これだ!!」
ピンときた技能を今すぐ使用する。
手の中に小さな雷の弾を作り出してチャージを開始した。
「ユリー! もう少し逃げ回れる!?」
「攻撃の精度は悪いみたいだからあと少しなら問題なさそう!」
「これちょっとチャージしなきゃいけないの! それまで二人で何とかして!」
「分かりました!」
「頼むよリゼ! 貴方にかかってる!!」
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