9.27.雷砲
風の塊が地面を少し抉り、家屋を破壊する。
轟音が響き渡り、軽く硬い音が鳴り響いて瓦礫が遠くへと吹き飛ばされた。
先ほどと状況は変わらない。
何度も何度も攻撃を“わざと”外しているティックは、彼らに少し期待していた。
きっかけは部屋から出ていったと見せかけて零漸とカルナの会話を聞いた時だ。
彼ら彼女らは零漸を救うためにこちらに赴いてきているということ。
そんな仲間がいることを、ティックはひどく羨ましく思った。
そろそろ、自由になりたい。
今まで諦めていたことが、ここで再び姿を現してティックの心をかき回していた。
だが彼女らが自分を助けてくれるとは思えない。
それはそうだ。
すでに何度も攻撃を成功させてしまっている。
敵だと認識されるには十分だろう。
それに、自分は何も語ることができない。
助けてほしいなどと口を滑らせれば即座に自分に罰が下るだろう。
それでは意味がない。
人質となっている自分の家族を助け出さなければならないからだ。
だからここで殺されるわけにはいかないし、殺すわけにもいかない。
ではどうやって自分を束縛から解放させるのか。
策は一つしかない。
それも成功するかどうか分からないような策だ。
騒ぎを大きくし、司祭を引っ張り出す。
もし司祭を始末することができれば、自分と零漸、更にカルナも自由になる。
だがそれを口にすることはできないのだ。
(こんなくそみたいな策で、あのくそ野郎が出てこなきゃここで終わりだな)
ティックが今やっていることは、クライス王子を助けに来た奴と全力で戦ってるぞ感を出しているだけに過ぎない。
それに気付いてくれれば、彼女たちの仲間たちが何か行動を起こしてくれるかもしれない。
(はぁー……。よくもまぁ、あいつらにここまで期待できるものだな)
敵に期待する。
今まで一度もやったことのないことだ。
だが自分が自由になれるのはこのタイミングしかない。
だからこそ、淡い期待を最大限の期待に変えて彼女らを応援する。
頼む、気付いてくれ。
そして出てこい、くそ司祭。
お前が悪魔と何かしら契約して捕らえた大切な人質が、今狙われているぞ。
◆
「うりゃああああああ!!」
「うっ、ぐ、お、だぁっ! ちょっともう少し優しく走って!」
「無茶言わないでくれる!?」
何分全力で走り続けたのだろうか。
リゼを抱えているというのに、ユリーは一切息を切らしていない。
さすがSランク冒険者だなと感心していると、再び風の塊が飛んでくる。
今度は偏差撃ちををしてきたようだったので、急ブレーキをかけて反転して攻撃範囲から辛うじて逃げ出した。
それによってリゼは振り回される。
急に反転するものだから体がついていかず、体がねじれて背中の骨が鳴った。
「ふぎゃっ!?」
「ごめんね! ていうか後どれくらい!?」
「ちゃ、チャージするほど攻撃範囲が広くなって威力も上がるの……」
「制限なし!?」
「そうよ……」
「んじゃ逃げられるだけ逃げるわね! 危なくなったら指示出すから、その時にお願い!」
「分かった……!」
手の中の雷砲は小刻みに揺れはじめ、十分にチャージが完了したことを教えてくれていた。
だがこれだけではあの風の塊を相殺するだけの威力はないだろう。
二発三発と撃ち込まれる可能性もある。
なのでできるだけチャージをしたい。
ローズは果敢にも魔法を使用して攻撃を繰り出しながら走っている。
だが立ち止まることができないためか精度が悪く、攻撃はほとんど当たってはいない。
どちらかというと牽制に一役買っているだけだろう。
「ローズ! そんなに魔法使って大丈夫!?」
「コストのいい魔法だから大丈夫! だけど、体力がそろそろ……限界!」
「まぁそうよ……ねっ!」
「わわわっ!!」
ユリーがローズを捕まえて肩に乗せた。
戦斧も担ぎ、二人をも担いでいるというのにその速度は一切変わらない。
(……ゴリラ?)
「? リゼ、今何か考えなかった?」
「え!? いや、全然!? 凄いなって思って!! さすがSランク冒険者!!」
「ユリーは体力だけはあるからね。でもありがとう! これで狙えるわ!」
「はぁー。こんな姿他の冒険者には見せられないわね~」
「あははは! 確かに!」
ローズが杖を構えて水を作り出す。
ライフル銃の弾の形になった水は、勢いよく発射して敵を攻撃した。
急に制度の良くなった攻撃に驚いたのか、彼は魔道具を慌てて使用してその攻撃を防ぐ。
やはりあのローブは斬撃、貫通を防ぐことができる魔道具だったようだ。
「あ、ごめんローズ! あいつのローブは打撃しか効かないわ!」
「最初に言ってくれない!?」
「謝ったじゃない!」
「二人とも! 多分準備できたよ!!」
リゼの手の中にある雷の球体が、酷くぶれて弾けそうになっている。
ここまでチャージしたことはないが、これであれば相当な攻撃が期待できるはずだ。
「お! じゃあどうしたらいいかしら!?」
「わ、私狙うのが得意じゃないから手伝ってほしい……。あとどれくらいの威力になるかも分からないから……支えて欲しいな!」
「じゃあ狙いは私がやります。ユリーはリゼを支えて頂戴」
「分かった! タイミングはどうするの!?」
「攻撃後、一定時間経たないと同じ攻撃は使えないっぽいから、次にあの技が来た瞬間に立ち止まりましょう!」
「「了解!!」」
攻撃タイミングが決定した。
であればあとは簡単だ。
ユリーは再び攻撃が来るまで全力で走る。
数秒後、同じ攻撃が自分たちの後ろを通り過ぎていった。
ここだと思った立ち止まり、リゼとローズをすぐに降ろす。
リゼが軽く狙いを定めて膝をつく。
ローズが腕を掴んで狙いを調整した。
ユリーが戦斧を地面に深く突き刺し、片足を戦斧に引っ掛け、両手でリゼとローズを支える。
「「やっちゃって! リゼ!!」」
「うん!! 『雷砲』!!」
ドゥッ!!!!
ヂヂヂヂリヂリヂリヂヂヂッヂリッ!!!!
手の中で暴れまわっていた雷が、逃げ場を得たと言わんばかりに最大出力で放出された。
電撃が走り回り、巨大な一つの柱となった雷砲が敵へと真っすぐに飛んでいく。
その勢いは絶大であり、リゼは簡単に吹き飛ばされそうになる。
だがそれをユリーとローズが支えてくれた。
想像以上の威力に二人も驚いたいたようだったが、即座に足を踏ん張った。
自分も頑張らなければと思い、衝撃で痛む肩と腕に鞭を打って歯を食いしばり、耐え続ける。
「なっ!!? 『トルネイド』!!」
急な反撃に驚き、すぐに技能を使用する。
その技能は最大出力で放出され、雷砲とぶつかり合って鍔迫り合いが行われた。
風と雷。
その二つが押され、押して押されてを繰り返す。
魔力が続く限り、この攻撃は終わらない。
しかしリゼの方は体が先に壊れそうだった。
「~~!!」
「! リゼ頑張って!!」
「あと少しだから! いけるわ!! 勝つのよ!!」
「ぐううう!!」
一番初めの衝撃で、体中が既に痛い。
骨が外れなかっただけましなのだろうが、それでも痛みというものをほとんど経験してこなかったリゼにとって、これは苦痛でしかなかった。
腕を伸ばし続けているのにも限界がある。
あとどれだけ耐えればいいのだろうかと、とりとめのない不安が襲い掛ってきた。
ティックの方はまだまだ余裕だ。
杖を介して魔法を放っているので、衝撃はほとんどない。
それに加えて魔力は腰にある魔道具で調整することができる。
少ない魔力で最大限の攻撃を放つことができるこの魔道具。
世に出回れば即座に軍用化されるものだろう。
だがそれにも欠点はあった。
プスプス、パチンッ、ビビッ。
装置が煙を上げ、熱くなりはじめていた。
それに気付いたティックはすぐにローブを捲って確かめる。
「!! 魔力を流し込み続けるのは駄目なのかこれ!! 嘘だろここで!?」
戦闘の真っ最中。
更には攻撃を何とか防いでいる状態での魔道具の故障は痛手でしかなかった。
これ以上使い続けると自分の身が危ない。
そう感じたティックは即座に横にそれて魔力を魔道具に送り込むのを中断させた。
だが、タイミングが悪かったらしい。
魔力を流すのを止めると、もちろん魔法は消えてしまう。
これは想定内の話だ。
だが……雷砲の速度が異常に速かった。
ティックの体の真隣を雷砲が霞める。
それによって左腕が消えた。
「ギッ!!?」
浮遊に使用していた左手に持っていた杖がなくなり、ティックは地面へと落下していく。
それなりの高度にいたため、ここから落ちれば死んでしまうとすぐに理解することができた。
左腕の感覚が消えていく。
痛覚遮断というものはこういう時には便利だ。
痛みによって冷静な判断を欠くことを防ぐことができるのだから。
なので、これから来るであろう衝撃も一瞬だ。
「はー。思うようには、いかないかー……」
ガクンッ。
体が重くなる。
なんだと思って周囲を見渡してみれば、落下速度が急激に遅くなっていた。
この技能は知っている。
「……こういう時だけは優しいよなぁ。あの子……」
ティックはそう独り言ちたあと、静かに地面へと体を降ろしたのだった。
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