9.21.助けるな
彼女は頭には二本の小さな角が生えており、ずいぶんと黒い格好をしていた。
元より黒い肌の彼女に、その服はあまり似合わない。
どこが肌でどこが服なのか、一度見ただけでは分からなかった。
唯一首元だけは白いスカーフをしているので、顔の位置は誰でもすぐに理解することができる。
蜂の針を巨大化させたような黒い槍を持っており、今は片手をぶらぶらとさせている。
どうやら鳳炎の反撃で手が痺れたらしい。
あいつの槍術はあまり見たことがないが、あの様子を見るに腕は確からしい。
鳳炎が炎を使わないのは、目立たないようにするためだろう。
だがそれでは空を飛べない。
悪魔は翼を生やしていないが、まだ仕舞っているだけだろう。
悪魔が槍を振りまわしながら語り掛ける。
「あんたら、もう会ったんだろう? ルリムコオス様に。話も聞いたはずよねぇ?」
「知らん」
「……ああ、奄華の生まれ変わりは記憶を消されてるんだっけ……。そっちはどうなの? 泡瀬の生まれ変わりと、日輪の生まれ変わり」
そう言って、悪魔はこちらに顔を覗かせる。
ルリムコオスに会った面々は武器を構えないが、他の者は警戒心を露わにして今か今かと襲い掛かるタイミングを計っているように思えた。
このままでは戦闘になってしまうだろう。
俺はゆっくりとした足取りで悪魔の元へ向かう。
ローズやユリーが止めようとしたが、それを手で制す。
鳳炎の隣りまで来たところで、問うてみる。
「お前たち悪魔が、敵ではないということは分かっている」
悪魔は地面に槍を突き刺し、無手になる。
「じゃあ、これ以上邪魔はしないでよ。あたいがこんなに真面目に、静かに話すなんて本当に珍しいんだよ? それに……戦いたくないの」
「目的は言えないんだったな。では……なぜ零漸を使った」
「保護」
その言葉に、鳳炎は首を傾げた。
俺も理解できない。
「どういう意味だ」
「そのままの意味。あの子は危険なの」
「……『保護』という表現は、もしかしてとんでもなく遠まわしに理由を説明しているのか?」
「……」
問いには答えなかった。
答えられないのだろう。
だがそれは肯定と受け取ることができる。
「本当にごめんなさい。漆混の生まれ変わりを助けないで」
「……難しい相談だ」
「じゃ……王子だけはまだ助けないで。これだけは譲れない」
「戦争を起こしたいんだな。だが人間はそれを良しとしない。何か他に手があるだろう。あるはずだ」
「ないの……。ないのよ……」
女悪魔はしゅんとしてしまった。
まるで自分の無力さを嘆いているかの様だ。
あいつらにも何かやらなければならないことがあるということは分かる。
だが、俺たちが零漸とクライス王子を見捨てるという選択肢はない。
あっても選ぶことはないだろう。
どれだけ多くの死者が出るか分からないんだ。
それが分かってて見捨てることはできない。
「……もし……無理だと言うのなら……」
悪魔は槍をガッと力強く掴んだ。
深々と突き刺さっていた槍は簡単に引き抜かれ、こちらに切っ先が向く。
「力尽くで止めるしかない」
酷く恐ろしい表情でこちらに殺意を飛ばす。
それだけで相当な使い手であることが分かった。
背水の陣を敷いたように、彼女は覚悟を決めている。
日輪、奄華、泡瀬、漆混の名を口にしたところを鑑みるに、彼らとは親しい間柄だったのだろう。
俺たちは生まれ変わりだというが、彼らとはまったく違う存在。
だというのに戦いたくないと言う。
苦肉の策なのか、それとも演技なのか。
一瞬迷ったが今彼女が発している殺意を見れば、苦肉の策でこうして戦わざるを得ないのだと、理解することができた。
悪魔はこの一連の事件で譲れないところがあるのは分かる。
だがそれはお前たちだけではない。
「仲間が利用されて怒らない奴がいるか?」
「……本当に、似ているね……日輪に」
その瞬間、悪魔はその場から姿を消した。
そう認識した時には、槍が目の前に迫っていた。
ギャギャンッ!!
隣にいた鳳炎が動き、その攻撃を弾く。
今までに見たことがない鋭い表情。
額には血管が浮き出ていた。
「……君の言い分はまったく分からない。だが私は応錬の言う言葉に賛成であるな。私たちは怒っている。今回の策が失敗する理由は、私たちの仲間、零漸を利用したことである!」
「お前も奄華そっくりだ! 頭は悪かったがな!」
「そうか!」
悪魔が槍を突き出す。
それを紙一重で回避した鳳炎は一度回転し、遠心力を乗せた槍で相手の顔面を狙う。
咄嗟にしゃがんで事なきを得たが、その瞬間に鳳炎は踏み込み、拳で悪魔の顔面を捉えた。
ガッ!!
容赦のない一撃に悪魔はのけぞって後退する。
それを追撃するがさすがにやられてばかりではいられない。
すぐに槍を構え直して攻撃を防ぐ。
鳳炎が槍を引いた瞬間を捉え、石突を下から上に持ち上げて鳳炎の顎を的確に捉える。
ゴッ!!
体を引いていたおかげか、それほどダメージは入らなかった。
しかし若干めまいがしたらしい。
顔を振るって意識を覚醒させ、飛び込んでくる槍を掴んで引き寄せた。
だがその瞬間、槍が引っ張られる。
マズいと思って手を離したが、掛かりの様になっている刃が鳳炎の腕を傷つけた。
「チィ……!」
「いつつ……。だがこの程度、私にはどうってことない」
「死なないもんね……!」
「応錬! もう会話は無意味だ! 行け!」
「ああ」
その言葉に頷き、俺は再び先頭を走る。
それにマリアとユリーが付いてきた。
「「ねぇちょっと説明!!」」
「できるかっ!!」
今説明したって君たち信じないでしょー!?
こちとら色々あって既に頭パンクしそうなんだから!
これ以上俺に負荷をかけないでくれ!
今はとにかく零漸とクライス王子を救出することを目的に動いて欲しい。
ルリムコオスとの約束を破ってしまうことになるが、まぁ確約はしていなかったしな。
「……つっても、あいつらを助けたとして戦争が回避されるかは微妙なところだが」
もう既にクライス王子が攫われたってことはサレッタナ王国に広がってるだろうしな。
喧嘩を売ってきたのがバルパン王国なんだし、攻められても文句は言えないよね……。
さすがに俺たちだけじゃ戦争は止められそうにはないんだよ。
その辺は……お偉い人たちで決めて欲しい。
俺にそんな権力はないからね。
……ここまで他人ごとでいいんかな……。
まじで……分からん。
何が正解なんだよ。
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