9.47.隔離


 誰も気にしなかったことを、鳳炎は突いた。

 なぜと言われてもそれを詳しく説明できるはずがない。

 だが鳳炎が疑問に思っていたことは、その場にいる全員を引き込むには十分な物だった。


 現世と黄泉。

 現と常世。

 そう分けるというのであれば、元日本人である三人は大して疑問には思わないかもしれない。

 だがこの世界でなぜ分けられているのか。

 更にはそこに出入りすることが可能。

 そのことに鳳炎は疑問を抱いていた。


 核心を突いた様な問いに、ウチカゲが難色を示す。

 その場には悪鬼となった自分の父親がいる。

 考えるのは少し憚られたが、そういうわけにもいかない。


 そこで思い出してみた。

 過去に泣いた鬼人のことを。


「……バダン」


 ウチカゲの中では、一人しか知らなかった。

 あれは仕方がなかったとしか言いようがない。

 悔しかったはずだ。

 だからその日、そいつは泣いたということを記憶している。


 だが何故、彼らがあの空間に行くのかは考えたことがなかった。

 そもそもどうして存在するのだろうか。

 なぜ鬼だけ……悪鬼だけが隔離された空間に捕らわれているのか。


「……捕らわれている?」

「そう、それだよウチカゲ。僕も同じことを思った。今はそれが一般化してしまっているから鬼たちでも気にしなかったんだと思う。でもこれも考えてみたら何か裏があるんじゃないかって思えるようになったんだ」

「ちょっと待って鳳炎……。それもあいつらの仕業とかいうわけじゃないよね……?」

「……可能性はあるんだ」


 リゼの問いに、鳳炎は首を振りながら答えた。

 その考えに至った理由はしっかりある。


「邪神復活の阻止の時、鬼たちも参戦していたはずなんだ。ヒナタもその一人。でなきゃ日輪たちとの最後に立ち会えるはずがない」

「全部が終わった後に、すぐ記憶を消した?」

「うん。多分だけど。で、悪魔は邪神復活の阻止の時……とても貢献したんだと思う。それこそ、奴らに危険だと思われるほどに」

「……俺の先祖は、日輪と共に邪神に敵対し、戦争に大きく貢献した……。それだけではなんとも危険視されるようには思えませんが」

「そうなんだよねー。僕もちょっと情報が足りないかなーとは思ってた。でも……隔離世界を作るのって、神でもない限り無理だよね?」


 そう言われてしまえば頷くしかない。

 そこまでいくと何でもありになってしまいかねないが、創造する力を持つ者こそ神。

 ありえない話ではないと、誰もが口を閉ざした。


 だがこの真意を聞く方法はある。

 悪魔に出会うことができれば、より多くの情報を得られるはずだ。

 今その伝手はないのだが。


「なんか、話が大きくなってきたっすね……」

「違うよ零漸。話自体は小さいし簡単。ただピースが揃ってきて大きく見えるだけだよ」

「結局大きいじゃないっすか。んで、次は?」

「うん、悪鬼の話はこれで終わりだからね。鬼たちの話は日輪との関係で分かり切っている事だから、これはいい。次は情報収集だったっけな……」


 前鬼の里での一件が終わった後、鳳炎はサレッタナ王国で情報収集をした。

 成果と思えるものはほとんどなかったが、そこでアトラックと出会い、魔水晶の研究をしていた資料を発見した。

 あとは……イルーザだ。


「そうだ零漸!! 忘れてた!!」

「え!? なんすか!?」

「君イルーザと一回会ったんだよね!? ムカデがサレッタナ王国で蔓延っている時に! 魔女っ子って言ってたけど!! 魔水晶のことを知ってた人!」

「あ、ああ。確かに会ったっすよ? てかクライス王子の部屋に鳳炎が来た時、そう言ったっすけど……」

「魔水晶のことなんて知らないと言われちゃってね」

「まじっすか」


 今更深堀しても意味がないことかもしれないが、今度は零漸を連れてイルーザに会いに行ってみることにしよう。

 応錬が起きたらこの事を伝えておくようにと零漸に指示をしてから、少しだけ考える。


 なぜ嘘を言う必要があったのか。

 魔水晶は悪魔が用意したものだ。

 何か接点があると疑われくなかったのかもしれない。


「……いや、そう考えている時点で黒いかな」

「鳳炎殿、その時俺はいませんでしたが……。イルーザ殿はどういった様子でしたか?」

「んー、知らない風だったけど、演技だった可能性もあるんだよねー。あ、でも魔水晶の動きを止めてくれたから悪魔との接点はあったとしても敵視しているかもしれないのか。むむー……」


 なんにせよ、今度は零漸を連れて行って問い詰める必要がありそうだ。

 悪魔と少なからず接点を持っていたのであれば、何かしら情報が出てくるはず。

 住んでいる場所を聞き出すことができれば万々歳……といったところだが、そこまで上手くはいかないだろう。


「まぁこの話は帰ったら解決しよう。えっと、話を戻すけど……魔水晶の研究結果はそんなにいいものじゃなかった。できることは多かったけど、悪魔に頼らないと無理だった感じするね。こっちは今の事件にあまり関係がない。問題はアトラックの方かな。今なら分かるけど、あの悪魔は『悪魔は敵じゃない』って言おうとして死んでしまったよ」


 日輪以外の仲間に詳しいようだった。

 特に漆混という人物とは特に仲良くしていたらしい。

 彼の方言を面白がってコピーしたら戻れなくなったようだったが。


 彼は何も分からなかった自分にとても重要な話を残してくれた。

 あの話があったおかげで、探すべきものが増えて悪魔に対しての印象が変わった。


「悪魔は……必死なんだ。だからこれからは協力しなければならない。嫌われ者になっても、それが良い結果になるのだとしたら、僕らは悪人になる必要がある。今の悪魔の様に」


 この言葉に頷くのには勇気が必要だった。

 望んで嫌われ者になりたい人間などいない。

 だが知ってしまったからこそ、やらなければならないことがある。


 悪魔はそれを、応錬や零漸が転生した時から行ってきたのだ。

 もしかしたらその前からずっと暗躍していたのかもしれない。

 自らのために、そして日輪たちから承った未来のために。


「悪魔たちの覚悟って、すごいかもね」

「……人のために、死んじゃうもんね……」


 リゼの呟きにアレナが反応する。

 目の前で死を目撃しているだけあって、その言葉には重さすら感じられた。


「……後の話は、バミル領での戦い、それとルリムコオスとの会話……。でもここで得られたものを今まで話してきた内容に混ぜた。悪魔は敵ではない事。意味なき戦争の本の話、ウチカゲとアレナの故郷の話……彼らの本当の目的と、呪い」

「鳳炎君。一つだけ分からないことがあるわ」

「え、なに?」

「貴方はどうして記憶が消えたの?」

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