9.48.盲点


 鳳炎がパチクリと目を見開いた。

 盲点だった。

 そう顔に書いてあるようだ。


 ばっと考えこむ姿勢を作り出し、自分の思考の中へと落ちる。


「あっ。え、でもそれはあいつらが……。いや待てよ。記憶を消すのは恐らく魂の状態でしかできないはず……。だから危ない情報を手に入れた時に消さなかった……いや、消せなかった……。干渉できることは少ないはずだから、これも無理だしあれも無理だし……」


 一人でぶつぶつと呟いている鳳炎を誰もが凝視する。

 彼の考えがまとまった瞬間、一番よいと思われる答えが導き出されると信じているからだ。


 その独り言を聞いていたマリアも少し考える。

 今の話をすべて信じ、鳳炎が口にしている独り言のことを合わせてみると、一つの可能性が浮上してきた。


「……第三勢力?」

「……それ、僕も思った……。記憶を消したのは、あいつらじゃない……。!! ルリムコオスがあそこまで狼狽していたのはそういうことか!!」


 声を知ってる存在が、別にいる。

 だから声は悪魔の動向を知っていた。

 その第三勢力から話を聞いていたのだろう。


 声はほとんどの事柄に干渉することができないはずである。

 できたとして、転生者四人にこの世界のことを教えたり技能のことを説明したりする程度。

 それしかできないと言っていたし、これは嘘ではないはずだ。


 奴らもできるだけ転生者の信用を得ようとするはず。

 だから嘘は言わないようにしていたと考えるのが妥当。

 悪魔のことを聞いたとき、あの表情は本心であり、阻止しようとしていることも本当だった。

 今まで声は、自分たちに何の嘘も話してはいない。


 だから分からなかった。

 悪魔との関係、そしてルリムコオスが人間を大好きだと言うまで、歯車がかみ合わなかったのだ。


 鳳炎が立ち上がり、頭を掻きむしる。

 その慌て方に、その場にいた誰もが驚いた。


「クッソまずい!! マズいぞ皆!」

「鳳炎殿! 俺たちにはさっぱりなので詳しく説明をお願いします!」

「悪魔は、悪魔は邪神のことに関することだけを口止めされているわけじゃない! あいつらの仲間・・に関しての情報も口止めされているんだ! そうじゃなきゃ僕の記憶を消した奴をすぐに教えてくれるはずだ!」


 声は既にこちらに干渉することができない。

 それは今分かったので、声が記憶を消したわけではないということが分かる。

 他にできる人物。

 それは声の仲間しかいないだろう。


 自分たちの存在がバレそうになった時に保険としていた隠し玉とでもいうのが正しいだろうか。

 何処から付いてきたのかはまったく分からなかったが、それだけの隠密スキルを所持しているのかもしれない。


「た、確かにあの時、ルリムコオスが『あいつらだ』とは言っていましたが……」

「分からない敵が出てきたのは厄介すぎる! ウチカゲが言った通り、本当にこれだけの仲間で足りるか分からなくなってきた!!」

「存在も分からず、数も分からない……。確かに……厄介ね」


 声の仲間が普通の人間であるはずがない。

 今まで対峙したことのないような種族といきなり戦うことになるかもしれないのだ。

 声だけでも厄介だというのに、その仲間にも攻撃を仕掛けられたら負ける可能性の方が高いに決まっている。


 どうにか活路を開きたいところではあったが、これには悪魔との協力関係が必須となる。


「目下の目的はとにかく悪魔との接触!! これしかない……!!」

「探すのに苦労しそうっすね……。っすけど、これからは俺もいるっす! 絶対何とかしてやるっすよ!」

「私はまだあの人たちが悪だとは思えないけど……特殊技能欄から消えてるのを見ると、本当に敵だったんだなって思えたわ……」

「ていうか……兄貴はいつ起きるんすかね……」

「零漸殿とクライス王子の奴隷紋を解除した反動です。そっとしておいてあげましょう」


 応錬は眠りからの回復が非常に遅い。

 魔物だからなのかもしれないが、零漸に気絶させられた時でも起きるのに三日かかったのだ。

 今回も長いこと起きないかもしれない。


 とはいえサレッタナ王国まではこの馬車で五日。

 それまでには目を覚ましてくれるだろう。


 ガタンと馬車が揺れた。

 それが合図だったかのように、隣で並走していたローズがウチカゲを呼ぶ。

 どうやら体力面のことを考えてこの辺で休憩がしたいらしい。


 確かに全員疲れている。

 ここで一度体を休めておいた方が良い。

 そう思ったウチカゲは馬車の中にいる人たちに許可を取り、ローズに合図を送る。

 馬車が道からそれていき、静かに止まった。


 今のところは帰るだけだ。

 それまでは情報を整理しつつ、体を休めて次のことに備えるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る