3.29.零漸の実力


 ここまで何とも会っていないし襲撃もない。

 一体どういうことなのだろうか?

 そう思いながらもただ真っすぐ西へと進む。

 間違っている気がしないでもないのだが、真っすぐ進んでしかいないのでよくわからない。

 でもそれなりに道なりに進んできたので間違いはないだろう。


 零漸はあれからすっかり緊張が解けたのか、たわいもない話を何度も俺に吹っ掛けてくる。

 さっきのこともあるので全て返してやってはいるが、だんだん面倒くさくなってきた。


「ていうかあのよど犬まだっすかー?」

「よどって……使ってるやつにしかわからんぞ。そんな言葉」

「涎って意味ですよ~」

「知ってるわ」


 こんな話をしていても魔物が現れる気配がない。

 俺の操り霞にも一向にひっかからないのだ。

 どうなってんだ? 情報通りにここまで来たはずなのだが。


「しかし何処にいるんだ?」

「確かに出てこないっすね~。そんな遠くじゃないと思うんですけど……」

「ええい。もうめんどくさい。今回は零漸に任せるから俺は全力で索敵するわ」

「うっす!」


 もう面倒くさい。

 操り霞をありったけに全方位に展開して敵を探す。

 もうMP枯渇寸前になるまで使い切る勢いで。


 一瞬でものすごい量の情報が俺の頭の中に入ってくる。

 歩きだして二時間ほどではあるが、先ほどいたコシュ村まで見ることができた。

 勢いってすごい。

 そして見つけた。

 俺らのいる場所からちょうど右側に大群がいる。

 それを確認してすぐに操り霞をやめて零漸に状況を説明する。


「右だ」

「あっちっすか。ちょっと道外れたっぽいですね」


 大本はすぐそこにいるということはわかった。

 しかし、問題が一つあったのだ。


「零漸。この場を済ませてすぐにコシュ村に戻るぞ」

「うぇ? どうしてですか?」

「村にも半分くらい行っているみたいだ。今さっき出たばかりだからまだ間に合うが、こっちを潰しておかなければ被害は拡大するだろう」


 アシドドッグと思わしき軍隊が二つ見えたのだ。

 片方は待機しており、もう片方はコシュ村に一直線に向かっていた。

 非常に危険な状況だ。

 本来ならばすぐに戻ったほうがいいのかもしれないが、これ以上の被害を拡大させないためにも根絶が必要。

 もしかすると待機している方には子供がいる可能性がある。

 そいつらを潰しておかなければ。また勢力を蓄えさせてしまう結果になるのだ。


 零漸はすぐにでも戻ると言い出すと思ったが、そんなことはなかった。


「わかりました! じゃあさっさと潰します!」

「お、おう。すまん。俺は今ので相当MPが削れた。後はマジで頼む」

「了解です!」


 そう言って走り出す。

 とりあえず俺も零漸の戦っている姿を見たいので追いかける。

 アシドドッグの群れは小さな丘を越えるとすぐに見つけることができた。

 数は……わからない。

 多すぎるのだ。

 ざっと二百ほどいそうな気もするが、ぱっとみだけでわかるような兵法術は身に着けていない。


 しかし零漸はそんなことお構いなしだというように、丘から飛び降りてアシドドッグの群れに突撃した。

 着地と同時に三匹のアシドドッグを潰す。

 その上に立って少し低めの体勢で構えを取った。


「さーやりますよー! 応錬の兄貴ー! 接近戦では逃げられる可能性もあります! 取り逃がした奴だけでもお願いできますか!?」

「任せろー!」


 距離が距離なので大声を出さなければ届かない。

 これで俺の位置もバレてしまったが、まぁ問題はないだろう。

 MPが削れたといってもまだ100は残っている。

 取り逃がした奴だけ狙うなんて簡単な作業である。


 そうして、零漸の戦いが始まった。


 アシドドッグはすぐに零漸が侵入者だと認識した。

 すぐに周囲にいた数十匹のアシドドッグが零漸に向かって飛び掛かる。

 全方位からだ。

 これでは避けれないだろうと思ったが、零漸は大きく飛んだアシドドッグの腹の下を前転してくぐった。

 だがそれだけではない。

 前転すると同時に上にいたアシドドッグをかかとで蹴り上げる。

 無駄のない前転、とでも言うべきだろうか。


 そのままアシドドッグは地面に叩きつけられた。

 その反動を利用して零漸は立ち上がる。

 なんという脚力と体の使い方なのだろうか。


 後ろでもつれ合うアシドドッグを無視して次々に飛び掛かってくるアシドドッグを捌いていく。

 一匹また飛び掛かった。

 零漸はそれを危なげもなく避けて、膝を使ってアシドドッグの腹を蹴り上げる。

 その時横からまた飛び掛かってきたが、これを前転して回避。

 今の体勢では確実に一撃を受けてしまうような危ない体制だ。

 なんせ手を地面につけている。

 襲い掛かられたら回避しかできないと思った。


 アシドドッグも馬鹿じゃない。

 そんな隙だらけの状況を見逃すわけがなかった。

 三匹のアシドドッグが零漸に飛び掛かる。

 零漸は未だに地面に手を付けたまま動かない。

 何故動かないのかと思ったが、次の瞬間、地面につけている手を軸にして足を横にないだ。

 その遠心力を利用して、低空回転蹴りをアシドドッグ三匹に喰らわせた。


「『爆拳』!」

「ギャ……」


 零漸の蹴り技の後、爆発が起こった。

 蹴りを繰り出した方向十メートルに及ぶ大きな爆発だ。

 その爆発で二十匹近いアシドドッグが骸と化しただろう。

 悲鳴を上げることなく絶命している。


 だが零漸はそれだけでは終わらない。

 蹴った勢いと爆風を利用して遠くに飛んだ。

 そこにも勿論アシドドッグはいた。

 そいつの顔面を殴りこんでまた爆発を起こさせる。

 飛び込んだためまた低姿勢になって勢いを殺した。

 だがふと背中を地面につけて転がった。


 先ほどの零漸の動きであれば転がる必要はないと思っていたのだが、なぜか転んだ。

 だが零漸は寝転がった状態で周囲にいるアシドドッグに連撃を繰り出した。

 転がりながら手刀で足を切り飛ばし爆発させ、タイミングよく蹴りを繰り出して爆破。

 その動きはまるで新体操の選手のようなアクロバティックさを持っていた。


 すると今度は遠くの方からあの涎弾が飛んできた。

 零漸はそれに気が付いていない。

 ように見えた。

 零漸は涎弾を見ることもなく軽くステップを踏んで回避し、その後に爆発を起こして涎弾が飛んできた方に一直線に飛んでいく。

 涎弾を飛ばしたであろうアシドドッグを『貫き手』で貫くとすぐにまた戦闘に戻る。

 これの繰り返しだ。


 しばらくそうしてアシドドッグを屠っていると、流石に敵わないと思ったのか逃げ始める個体が現れた。

 一匹が逃げるとそれに呼応して一匹、また一匹と逃げ始める。

 流石にここまでばらけてしまったら俺の出番だろう。

 そう思い多連水槍を作り出そうとしたが、その前に零漸が動いた。


「『とらばさみ』!」


 地面に両手をついてそう叫んだ。

 すると地面が一瞬だけ揺れた。


「ギャイィイン!」


 何だと思っていると、様々な所からアシドドッグの悲鳴が聞こえてきた。

 そちらを見ると、体に深々ととらばさみが食い込んでいる。

 とらばさみに挟まったアシドドッグはすぐに絶命した。


 これでほとんどのアシドドッグは屠れたのではないだろうか?

 だがまだ残党はいた。

 零漸はそれを追いかけようと爆発で勢いをつけている。

 手を出すか出さないか迷っていたが、零漸が一方向にしか向かっていないという事に気が付いた。

 どうやら数が多く逃げたほうのアシドドッグを始末しに行ったらしい。


 だったら俺は反対側の残党だ。

 多連水槍と操り霞を展開して一匹ずつ確実に貫いていく。

 こっちはすぐに終わった。

 俺の技能は言ってしまえばミサイルだ。

 一分もあればこの程度すぐに終わってしまった。


「……めっちゃ強いじゃねぇか」


 そして思い出した。あの拳法。

 地身尚拳だったか。

 確か飛んだり跳ねたりすることの多い拳法で、転がりながら戦うことのできる物だったはずだ。

 どんな体勢でも攻撃を繰り出すことができる。

 あのアクロバティックな動きを見てようやく思い出すことができた。


 初めて本物の拳法を見たような気がする。

 少し興奮している自分がいたが、すぐに冷静になれた。


「接近戦では敵いそうにもないな」


 俺なりの褒め言葉だ。

 もっとも、本人の目の前で言うと調子に乗りそうなので黙っていることにする。

 しばらくすると零漸が無傷で帰ってきた。

 あれだけ暴れてあの涎が付いていないところを見ると気を使って攻撃を繰り出していたのだろうか?

 なんにせよ、俺は零漸を見直したのだった。


「兄貴! 戻りましょう!」

「ああ! 走れるな?」

「もちろんっす!」


 俺たちはコシュ村に走っていく。

 アシドドッグ掃討作戦、後半戦が開始された。

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