3.30.Side-ウチカゲ-最強の助っ人……?
部屋の中でアレナとサテラは、零漸殿に教えてもらった手遊びをして時間を潰している。
零漸殿は子供も好きな物をよく知っておられた。
鬼たちの子供でもこれを教えれば流行るだろう。
できるだけ早く帰って教えてやりたいものだ。
応錬様と零漸殿が帰ってくるまでは暇なので、俺は小さなやすりで自分の武器の手入れをしている最中だ。
あの戦いから暫く経つが、武器の手入れをしていなかったことに気が付いて急いで手入れをし始めた次第。
自らの武器の手入れを忘れてしまうとは、なんとも情けない。
時間はいくらでもあったのだが、応錬様と旅をしているとどうしても気を張ってしまうようだ。
ここは直さなければならないところだろう。
そう自分に言い聞かせてはいるものの、そう簡単に直る物ではない。
応錬様は気にするなと言われておられたし、多少の無礼は許してくださる寛大なお方。
だが……どうにもテンダと接するように気軽に声はかけられない。
ふむ、困ったものだ。
だが応錬様は悪い気はしないとも言っていた。
どうにも俺は応錬様に接するときの態度と言うのもが決まってしまっているようなので、無理に変えてしまうと時に無礼だと思われてしまうかもしれない。
敬語は崩さず、かつ肩の力を抜けるようになれればいいのだが……。
これは精神統一よりも難しいかもしれない。
応錬様、俺には応錬様と対等に接するという事はできそうにありません。
そう心の中で呟きつつ、籠手についている三本の鉤爪を丁寧に研いでいく。
……随分と刃がボロボロだ。酷使しすぎてしまったかもしれない。
これほどにまでボロボロであれば、解体してから砥石で研いだ方が直すのは早いだろう。
だが生憎、今は砥石を持っていない。
持っているのはこのやすりだけだ。
やすりだけでは完全に治すことはできないので、まだ刃の零れていない部分の刃を出すようにだけ研いでいく。
勿論その部分だけを研いで良いというわけではない。
刃のこぼれていない場所だけ研いでしまうと、眼には見えないが刃が歪むのだ。
これを真っすぐに研ぎ直すのには相当な時間がかかってしまう。
なので刃先だけを撫でるようにシャッ、シャッっとだけ研ぐ。
この鉤爪は両刃なので、刃返りを落とす時だけは慎重にゆっくりと落としていかなければならない。
変にするとまた反対側に刃返りが返ってしまうのだ。
本当であれば、もっと目の細かいやすりを使うべきなのだろうが……。
これも持っていない。
なので、これで全てを賄うしかないのだ。
「……よし」
研いだ刃を日の光に当ててよく観察する。
刃の光の走り方、刃のこぼれている場所の確認。
そして目視で分かる程度の歪みの確認。
最後のは砥石にかけるとよくわかるので眼で見ても仕方がないのだが、それでもなんとなくはわかる物だ。
手の甲に下げていた鉤爪をあげて収納する。
便利な籠手だ。
腕を振れば鉤爪が降りてきてすぐに武器を装備できる。
用が終われば持ち手を放してから軽く腕を振ると収納される。
動きも滑らかだし、まだ油をささないでも大丈夫か。
そう思いつつ、今度は反対側に鉤爪を装備して研ぎ始める。
今回は利き手で研ぐわけではないので少しやりにくいが、これも練習だと自分に言い聞かせてもう片方の武器の手入れをしていく。
ふとアレナとサテラのほうを見てみると、お互いに向かい合って座っていた。
そして間に枕と丸めた布を一つずつ配置して、何やら真剣な面持ちで睨み合っていた。
「「たったいてかぶってじゃんけんぽん!」」
これも零漸殿が教えた遊びだ。
反射神経が鍛えられてとてもいい遊びだと思う。
零漸殿曰く、ぐー、ちょき、ぱー、といった三つの手札が用意されており、ぐーはちょきに勝ち、ちょきはぱーに勝ち、ぱーはぐーに勝つという物で、勝った方が丸めた布で相手の頭を叩き、負けた方は枕で頭を防御するといったものだ。
うむ。素晴らしい遊びである。
子供のころから剣の心得を置こうという計らいが感じ取れる。
初めのじゃんけんとやらに勝ったと確信しても、今度は攻撃に転じなければ勝てない。
油断していればすぐに防御されるか、攻撃を与えられてしまう。
勝つ為の一手、勝ちを確定させる為のもう一手。
追撃するか、防衛するか……。
剣……もっと言えば戦いに使われる要素が詰まっている。
この遊びを考えた人物は偉大であるな。
勝敗を見ているが、どうやらアレナよりサテラの方が反射神経は良いらしい。
一本、また一本とアレナから勝利をもぎ取っていく。
しかしアレナも負けじと応戦している。
防御面ではまだまだだが、攻撃となると容赦がない。
あのグネグネした布を鞭のようにしならせてサテラにぶつけるのだ。
ただ力任せに振り回しただけではそうはならない。
だが二人は勝った負けたはあまり気にしていないらしく、勝っても負けても笑って次の試合をし始める。
仲が良いいのは良いことだ。
そしてまた鉤爪の手入れを再開した。
その時。
「……ん?」
何かの気配が遠くから感じ取れた。
強い殺気だ。
ここからでも肌がピリピリとして何かを警告していた。
方角は応錬様たちが進んでいった西の方角だ。
すぐにでも状況を確認しに行きたい所だったが、今は応錬様よりアレナとサテラの護衛を任されている。
このまま放置しておくわけにはいかなかった。
だがこの殺気……。
この原因を確認しておかなければ不味いことになるだろう。
ただでさえこの宿には怪我人が多い。
それにこの村人の中で戦える者はほぼいない。
戦えるものがいるのであれば、この村も冒険者を呼ぶなんてことはしなかったはずだ。
確認するか……ここで待って状況を把握してから動くか……。
「ウチカゲ。どうしたの?」
アレナが声をかけてきた。
極力悟られないようにと無表情を作っていたのだが……隠しきれなかったようだ。
「いや、ちょっとな……」
「? ちょっとって?」
「む……。気になることがあってな」
アレナはまだ子供だ。「ちょっとな」と言う言葉を使ってもその意味を理解できないのだろう。
よく使う言葉なので何も考えずに使ってしまった。
「ウチカゲが気になる物? 気になる……」
「気になる……」
「……」
不味い。
二人に興味を持たれてしまった。
あの殺気から考えると、危険なことが待っているという事は容易に分かる。
この二人を連れ出すわけにはいかない。
だが子供の興味を他の物に移すというのは非常に困難である。
何とかしたいのだが、妙案が浮かばない。
どうすれば……。
ボォオオウ!
その途端、唸るような大きな音が鳴った。
音は松明を乱暴に振ったような音だ。
それに驚いてアレナとサテラは、二人してしゃがんで身を寄せ合っている。
この状況であれば無理についてくることはないだろう。
「アレナ、サテラ、ここで待っていろ! いいな!」
二人はその言葉にコクコクと頷いた。
それを確認した瞬間、俺は剛瞬脚を使って宿を出る。
その間は二秒もかかっていない。
外に出て周囲を確認する。
所々草木が燃え上がっており、家も何件かに火が立ち上ってきた。
音を聞いた限り一度の爆音だったので、たったの一発だけでここまで炎を広げたのだ。
しかも外は雨が降っていて、木も家も、地面にある草も濡れていた。
なのに燃えている。
そして村の少し開けた場所には、大量の犬の死骸が山積みになっていた。
全てが丸焦げになっていて一瞬なんだかわからなかったが、ちょっと離れた場所に一匹だけ原形を留めて死んでいる犬がいたので、それが犬だと判断することができた。
恐らくアシドドッグだろう。
しかしアシドドッグは応錬様と零漸殿が討伐しに行ったはずである。
それが何故こんなところにいるのだろうか?
だがそれよりも、この炎を発生させた奴がどこかにいるはずである。
研いだばかりの鉤爪を装備して入念に周囲を見渡す。
燃え上がる木、木材、家、草木……どれだけの高温な炎だったのだろうか。
住民には被害がないかどうかも一緒に確認したが、炎の勢いが強くてよく分からない。
暫く燃え上がる炎を見まわしていた時、ふと強い気配を感じた。
そちらの方をバッと振り向いて確認する。
初めに見えたのはアシドドッグの死体の山。
この方角から強い気配がしたのだ。
もう一度入念に確認していると、アシドドッグの死体の山頂にそいつはいた。
燃えるような赤い髪をしており、髪を上げて額を出している。
だが後ろ髪だけは長いようで後ろで束ねているようだ。
とんでもなく長い尻尾髪。
腰辺りまであるだろう。
顔だちはスラッとしていて優男のようにも見える。
しかし、それとは対照的に眼光は何かに飢えているような獣のようだったが、不思議と恐ろしくはなかった。
服装……というより防具は白を基調とした眩しい物を身に纏っていた。
所々に金の彫刻や装飾が施されていて高級感を感じさせる。
まるで聖騎士のような格好だ。
そして一番目を引くのが、この男が持っている炎の槍。
刃も柄も全てが燃え上がっており、まるで炎で作り上げたかのような槍であった。
男はよいしょ、よいしょとアシドドッグの山頂に立つと、炎の槍を天に掲げて大声で自分の名を名乗った。
「よく聞け皆の者! 私はこの村に巣くう魔物を討伐した男である! しかと聞け! 私の名を! 私が今巷で噂の! 鳳炎である!!」
巷の噂でしかないのか。
そう心の中で呟いたウチカゲだった。
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