9.23.再び


 目の前に立っていた零漸は静かに構えを取る。

 俺も影大蛇の鯉口を切った。


 奴隷紋……。

 それがある限り、こいつは戦い続けることになるだろう。

 何とか雇い主を探して始末したいところだが、今は無力化が先になりそうだ。


 こいつを止められるのは、現状俺しかいない。

 とはいえ……本気で殺しにかかる訳にもいかない。

 あくまで無力化。

 それを念頭に置きながら、戦うことにする。


 零漸が姿勢を低くし、飛び出すように突っ込んできた。

 接近戦では零漸が圧倒的に有利だ。

 このまま受けに回るのは得策ではない。


 だがここは屋根の上。

 常に斜めになっている足場では良い機動力は得られないだろう。

 それは零漸も同じだったようで、いつもより動きが遅い。

 しかし俺はなぜかいつも通り動けた。

 なんだか懐かしい感じだ。


 軽いステップで後方に下がる。

 それだけで一定の距離を置くことができた。

 もちろん全力で走ってきている零漸の方が速いので、このままであれば距離は完全に潰されるだろう。


「『爆拳』!」


 痺れを切らした零漸が、足元に爆拳を放って機動力を得た。

 急激に迫ってくる零漸に驚きこそしたが、俺は冷静に対処するように心がける。


 二度目の爆拳が繰り出された。

 至近距離でそれを喰らってしまえば、致命傷、もしくは大怪我負いかねない。


「『水盾』」


 零漸の拳に水盾をめり込ませる。

 水の中で爆発が起こり、その威力は急激に低下した。

 すぐに拳を抜こうとしたようだが、そう簡単に離してたまるものか。

 弾けた水と残った水を操って零漸をその場に固定させる。


「ちょっと痛いぞ!! 歯ぁ食いしばれ!!」


 そう叫びながら、拳を握り込む。

 とにかく固く、そして力強く握り込んだその拳は、零漸の顔面を思いっきり捉えた。


「『波拳』! 衝撃波バージョン!」

「ゴッ!?」


 防御貫通のお陰で普通にダメージが入る。

 そして一瞬遅れて撃ち込まれた衝撃波が零漸の体を思いっきり吹き飛ばす。

 どうやら防御貫通は耐性も無視することができるらしい。

 これだけの衝撃であれば、零漸の持っている耐性、衝撃で無効化できただろうしな。


 さすがに骨波と内乱波を使うと零漸死んじゃうので、できる限り手加減しました。

 これが一番いいかもしれないね。


 何度か屋根を転がったあと、屋根から落ちていった。

 それを追いかけて飛び降りる。

 他の仲間たちが少し心配だが……俺はこいつを抑えよう。


「フフ、ははははは……」

「どうした零漸。なんか楽しいことあったか」

「いてぇっす」

「だろうな」


 がばっと立ち上がったあと、服についている土埃を払う。

 痛いのは当たり前だ。

 本来はそれが普通だが……零漸にとっては本当に久しぶりとなる痛みなのだろう。


 頬をさすって再び笑う。

 伸びをし、軽く跳んで体の調子を確かめた。


「……応錬の兄貴……。本当に申し訳ないっす……」

「話は聞いた。奴隷紋で行動を制限されているんだろう? お前が謝ることじゃない」

「それはそうっすけど、肝心な時に俺は寝てたっす……。皆に貢献できるはずの俺が寝てたら……意味ないっすよ……」


 零漸は頭を下げた。

 奴隷紋で行動を制限されていても、これくらいの意思疎通は取ることができるらしい。

 そのあと……静かに構えを取る。


「……申し訳ないっす……!」

「やらなきゃクライス王子がどうなるか分からないんだろう? だったらそれでいい」

「……」

「それに……」


 影大蛇を抜刀する。

 周囲に多連水槍を展開し、その切っ先を零漸へと向けた。


「一回、本気で戦ってみたかったんだ」

「言ってくれたら相手になったっすよ?」

「ぜーったいお前手加減するだろ」

「か、かもしれないっすね……」

「だろぉー?」


 接近戦で零漸に勝てる奴は本当に少ないだろう。

 卓越した身のこなし。

 飛び回るようにして動く零漸は攻撃も通らない。

 本当に動く要塞だよ。


 ま、今のこの状況だと零漸は手加減できないから、俺が負けると死ぬんだけどね!

 でも大丈夫。

 ちゃんと対策は取っている。


「どうなっても知らないっすよ!」

「よし来い!」


 戦うなら、楽しく戦いたい。

 俺と零漸は互いに笑い合いながら、足を踏み込んだ。


 姿勢を低くして突っ走ってきた零漸は手始めに地面を殴る。


「『土地神』」

「え!?」


 土地精霊じゃなくて!?

 うっそ、ちょっと待って!


 地面が隆起し、腕の様になって襲い掛かってくる。

 これはマズいと思って即座にその場を離脱した。

 だが追尾性能があるようで、俺を捉えようと襲い掛かってくる。


「それは知らない! んー……! 波拳!!」


 拳を握りしめ、襲い掛かってきた土の塊に向かって拳を繰り出す。

 ゴツッと鈍い音が鳴った瞬間、その塊は瓦解して地面に落ちた。


 だがその先から、零漸がすっ飛んでくる。

 咄嗟に刃を振るって攻撃を仕掛けるが、零漸もしっかり見ていて爆拳で自分の軌道を反らし、その攻撃を回避した。

 パンパンッと拳を打ち鳴らしたあと、再び低姿勢になって突っ込んでくる。


 技能を使わなければ勝てない。

 そう思った俺は、まずは水結界を展開させた。

 しかし壁に突撃してくるわけがない。

 案の定零漸はそれを飛び越えてこちらに接近する。


 そこで水結界を解除した。

 無限水操でその水を操り、零漸を捕まえる。


「げ!」

「そーらよぉ!!」


 ガガガガッ!

 作り出していた多連水槍をまとめて零漸にぶつける。

 これは一切のダメージがないが、零漸を吹き飛ばすには十分だったようだ。

 何度か地面に体を打ち付けたあと、タイミングを見計らって手で態勢を整えた。

 綺麗に着地した瞬間、再び地面を殴る。


「『地鳴』!」

「ぬおっ!?」


 ……ドドドドドド!!

 地面が揺れる。

 それによってバランスを崩され、まともに立っていられなくなった。

 だが零漸は耐震という態勢を持っている為、酷い揺れの中でも真っすぐに走ってくることができる。

 このままでは一撃を確実に貰ってしまうだろう。


「『咆哮』!」


 声のない咆哮は相手の動きを完全に止めた。

 だが地鳴は未だに続いている。

 一刻も早く地面から足を離さなければならない。


 多連水槍を一本掴み、体を空中へと浮かばせる。

 零漸はまだ動けないようなので、これ見よがしに攻撃を畳みかけた。


「『水弾(鋭)』」


 無限水操から水の弾丸を連続で発射させる。

 これも零漸にはまったく無意味な攻撃だが、これで問題はなかった。


 しばらく攻撃を喰らい続けていた零漸だったが、ようやく動けるようになって土地神で地面を再び動かし始める。


「厄介だなおい!」

「こっちはもう二回死んでるっす!」

「そうだったな!」


 影大蛇の柄を握りしめた。

 脇構えに下ろしたあと、操り霞で周囲の状況を確認し、見えない位置からの攻撃も把握する。

 正面と右側。

 攻撃がこの二方向から襲い掛かってきている。


 二回だ。

 それだけですべての攻撃を無力化させる!!


「影大蛇、『天割』!!」


 右側に向かて、影大蛇を斬り上げる。

 斬撃が飛んでいったことを確認するより前に、柄を引き寄せて水平切りを繰り出した。

 二つ天割が飛んでいく。


 ズバンッ!!

 ズバンッ!!

 作り出していた土の塊は両断され、二撃目の天割に零漸は巻き込まれて吹っ飛んでいった。


 斬り抜いた状態で、息を整える。


「フー……。悪いな皆。音思いっきり立てちゃったぜ」


 反省している。

 後悔はしていないがな!


 吹き飛ばされた零漸はそのままの状態で空を見ている。

 大きくため息をつき、自分が声に再び会った時のことを思い出していた。

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