9.24.順調


 外から大きな音が聞こえていた。

 これではもう作戦通りにはいかないなと思いながら、ウチカゲは苦笑いして頬を掻く。


 音から推察するに、あれは土地精霊。

 応錬が何かやってしまったのだろうと思っていたのだ。

 だがこちらは問題ない。

 音が鳴る前より先に、この屋敷にいるすべての兵士を無力化させることに成功しているからだ。


 ウチカゲからしたら、この程度の相手は雑兵に過ぎない。

 熊手を使う必要すらなかったのだ。

 バルパン王国の兵士の質は大丈夫なのかと心配する。


「ぜぁ……ぜぇ……。う、ウチカゲさん……速すぎ……」

「もうゆっくりでいいですよ。終わりましたので」

「ええ……」


 透明化を解除した三人が、肩で息をして後ろに現れた。

 ついていくのだけで精一杯だったらしいのだが、よく自分の速度に合わせられたなと少し感心する。

 鬼人瞬脚は使っていないが。


 とりあえず全員揃った。

 あとはクライス王子を助けるだけである。


 応錬に作り出してもらった見取り図を思い出しながら、屋敷の二階最奥へと向かって歩きだす。

 他三人もふらふらとした足取りで後をついていった。


 廊下を歩き、立ち止まる。

 足元から闇媒体を出現させ、クライス王子がいるであろう部屋へと入り込ませた。

 そこには六人の兵士がいると言っていたはず。

 情報は確かで、その場にはフル装備で暇そうにしている兵士がいた。


 観察する暇はないので、すぐに闇媒体に食べさせる。

 数人の兵士が一瞬で消えた事に驚いたようだったが、状況を理解する前に食べられるので声は出させずに済んだ。


 これで大丈夫になった。

 扉に手をかけて開ける。


「クライス王子!」

「すー」

「ね、寝てっ……?」


 拘束された状態で眠っている。

 それに呆れたが、こんな時間だし仕方ないことだろう。

 起きているのを期待している方がおかしな話だ。


 シャドーアイがクライス王子の拘束を解く。


「クライス、早く」

「分かってるって……」

「……ん? 貴方もクライスという名前なのですか?」

「ウチカゲさんもしかして私たちにあんまり興味なかったです?」

「……すまない」


 それもあるが、隠密部隊に属する者たちの個人名を聞いてもいいかどうか迷っていただけなのだ。

 自分も前鬼の里でそういう立ち位置にいた身。

 違う意味で気を遣ってしまったらしい。


 そんな会話をしている間にも拘束は解かれていき、ようやくクライス王子は解放された。

 だがシャドーアイは手に刻まれている紋章を見て苦い顔をする。

 奴隷紋。

 これがクライス王子に刻まれていたのだ。


 ティアラが深刻そうな顔をしてビッドを見る。


「ビッド……」

「まずいですね……。どこに契約者が居るか……」


 こうなる可能性は危惧していたことだ。

 相手方もただ捕まえて人質にさせるだけでは終わらせないだろう。


「この屋敷にいる人間全部始末しますか?」

「さらっと凄いこと言いますね……」

「他に解除方法は?」

「奴隷商に行けばあるでしょうけど……それ相応の金額と理由を要求されるでしょうね」

「そんな時間はない……」


 それにどこに奴隷商があるかもわからない。

 一番早い解除方法はやはり主人を見つけ出すことだろう。

 何処に居るか分からない以上、バルパン王国でクライス王子の奴隷紋を何とかすることは難しいかもしれないが。


「このまま連れて行くとどうなります?」

「クライス王子にこの場から離れるなという命令をされている場合……。部屋から出た瞬間に激痛が走るかと」

「それによって主人に見つかる可能性は?」

「ない……ですかね。そこまで万能ではありませんから」

「おびき出すことは難しいか……」


 思考を巡らせてみても、良い案が出てこない。

 この類は呪いではないため、応錬の清め浄化も意味がないだろうとウチカゲはまた頭を悩ませた。

 何か打開策はないだろうか。


 連れ出すことにすらリスクを伴う。

 このまま朝になれば倒れている兵士が見つかってしまい、大騒ぎになるだろう。


「……いや、もう手遅れか……」


 遠くから聞こえてくる音と共に、寝ていたであろう国民も起き出して避難しはじめているようだ。

 こうなってしまえば混乱に乗じて逃げ出すしかない。

 が、そこでクライス王子のことをが頭をよぎる。

 連れ出せなければ、逃げ出せない。


「……待ちますか」

「待ってどうにかなるものなんですか……?」

「分かりません。が、この混乱の中であれば、敵側にも動きがあるはず」

「至難の業すぎませんか」

「シャドーアイの情報収集能力、期待していますよ」


 とんだ無茶ぶりだと、三人は嘆息した。

 だがそれこそ彼らの本分だ。

 スゥーと背景に同化していき、彼らは外に出て敵の動きを観察しに行ったのだった。

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