3.24.この世界の普通


 馬車が一台、林の中を進んでいた。

 走っている場所はかろうじて道と言えるが、一見してみればほとんど獣道と言っても過言ではない。

 ぬかるんだ道を通る度に、馬車の車輪が土を巻き上げて後ろに飛ばしていく。

 車のタイヤのように溝がないとはいえ、割としっかり巻き上げるのだなと思い、変な所に感心していた。


 周囲の林は、日が出ていたのであれば綺麗なエメラルドグリーンに輝いく美しい場所だっただろう。

 だが今は生憎の雨だ。

 酷すぎるというほど悪い天気ではないが、地面は水を多く含んでしまっており、べちゃべちゃだった。

 馬車には防水加工が施されているようで、よく水を弾いてくれている。

 もっとも手綱を持っている人の上に雨よけはない。

 普通の人であれば、既にびしょ濡れになってしまっていることだろう。


 だが俺なら大丈夫。

 無限水操で水を操って自分にかからないようにしている。

 MP消費も自然に降ってくる水の軌道を逸らすだけなので大したことはなかった。

 なので馬車の運転は俺が担うことになっており、他の四人は馬車の中でくつろいでもらっている。

 暇つぶしがないので零漸が、前世でよく見た手遊びをアレナとサテラに教えていた。


「いっせーのーでにー!」

「いっせーのーでさーん!」

「いっせーのーでいちー! やったー! 勝ったー!」

「サテラつよいなー!」


 三人は楽しそうに笑ってから、もう一度遊び始めた。


 三人がやっている手遊びは、まず親を決め、親がいっせーのでと言った後に数字を言うものだ。

 子と親は親指を立てて、立っていた親指と親が言った数字が当たれば、片腕を下ろす。

 まぁ要するに、二回自分の言った数字と、立っていた親指の数があっていればそれで勝ち、というゲームだ。


 地方で呼び方の違うゲームだったな。

 指スマとかいっせーのーせーとか色々な掛け声があったはずだ。

 零漸の居た場所ではいっせーのーでーという掛け声だったのだろう。

 この手遊びの正式名称ってなんなんだろうか?

 調べたら出てくるのだろうが、生憎この世界にはネットなんて言う物はない。


 流石にウチカゲはこういった手遊びには参加しないが、他三人は仲良くやっているようだ。

 というか零漸は手遊びをよく知っている。

 茶つぼに始まりアルプス一万尺、おちゃらかホイなど様々な手遊びを二人に教えていた。

 俺もそれを見ていて懐かしく感じてしまった。

 三人は手遊びの速度を早くしたり、速度を変えながらパチパチと手を合わせたりと、随分楽しそうに遊んでいる。

 楽しそうで何よりだ。


 サレッタナ王国を出発して一日が経っていた。

 今は大した襲撃もなく割とのんびり進んでいる。

 しかし大した襲撃はないとは言っても、魔獣が二回ほど襲って来た。

 犬型の魔獣だ。

 群れで行動しているのか十匹程度の集団で襲ってきたが、俺の多連水槍でイチコロだった。


 かわいそうだなとは思ったけど、口から止めどなくだらだらとよだれを出している犬をかわいいとは思えなかったし、言っては何だが不気味だったので普通に殺せた。

 魔獣に関しては殺す事に抵抗がなくなってきている。

 これも蛇だった頃の感覚が抜け切っていないのだろうが、こっちも守らなければならないものがあるのだ。

 かわいそうなどと言って躊躇していれば、痛い目に合うのは俺たち。

 こういう妥協は必要である。


 しかし人と対峙するときはまだ覚悟が足りていないのか、踏み込みが浅くなる。

 これはレクアムとの戦いでよくわかった。

 前世が人間だという事もあるのだろうけど、こういう甘さは何処かで切り捨てなければならないだろう。


「ブルルルル」

「あ、すまんスターホース。ちょっと考え事してた」


 スターホースの体についてしまった水分を弾き飛ばす。

 自分の周囲であれば、そんなに気を張らなくても無意識に水を逸らすことができるのだが、少しでも離れると意識してやらないといけなくなる。

 この辺は慣れなのだろうが、まだまだ鍛錬が必要そうだ。


 と言うか……こんな雨の中じゃ焚火はできそうにないな。

 今まで獲物を狩ったら焚火で調理していたのだが……。

 今日のご飯は町で買った非常食だけになるかな。

 犬を狩ったというのに……残念である。

 ま、これも旅の醍醐味か。

 楽しんでいこう。


「あー、ウチカゲー」

「なんでしょう?」

「今日はどのあたりで一泊するんだ?」


 ちょっと気になったので聞いてみた。

 来るときは雨なんて降らなかったのでこういう時どうすればいいのかわからない。

 それに道もまだ覚えているわけではない。

 ここは旅の先輩に助言をいただくとしよう。


「そうですね……あと少しで村につきます。そこで一泊しましょうか。予定より少し遅れますがこの雨の中ヤグル山脈を越えるのは危険ですからね。晴れた時に動きましょう」

「よし、わかった」


 手綱をぺしっと叩いて馬の足を少しだけ速くさせる。

 少し揺れが強くなるが、早く村についてゆっくりしたい。

 まだ林を抜けることはできず同じような風景が続いていくが、雨に濡れた林も意外と綺麗で、俺を楽しませてくれていた。



 ◆



 馬車を止めた。

 村まではもう少しなのだが、零漸が馬車に酔ってしまったので少し休憩しようということになったのだ。

 どうせ今日はどれだけ急いでも村から先にはいかないのだから、ここで休憩したって予定的には何の問題もない。

 雨であるのにもか関わらず、ばっと外に飛び出す零漸。

 それに気が付いて大急ぎで零漸の周囲の水を逸らしていく。

 せめて一言言ってから降りてほしいものだ。


「うへー……」

「「零漸大丈夫ー?」」

「だいじょーぶー」


 顔青いぞ? 無理すんな?

 リバースはしなかったが、これは少し長めの休憩を取ったほうがよさそうだ。

 あ、そうだ。ウチカゲに聞きたいことがあったんだった。


「ウチカゲ。サレッタナ王国で薬屋とポーション屋を見たんだが、なんか違うのか?」

「え、ああ。そうですね。ちょっと違います。薬屋は病や風邪などに効く漢方薬などを扱っていて、ポーション屋は服用することで様々な効果を得られる物を取り扱っています。わかりやすいのは魔力回復ポーションや回復ポーションですかね?」


 おお、魔力回復ポーションか。

 それは是非とも買っておいた方がいいかもしれないな。

 今度見つけたら寄ってみよう。

 それと薬屋も寄っておいた方がいいかもしれないな。


 俺の大治癒は簡単に使える物ではないから……何かあった時のために普通の薬が重要になってくるかもしれない。

 少しバックを圧迫してしまうかもしれないが、安全には代えられないだろう。

 今から向かう村に薬屋があればいいのだが……。

 そこまで都合よくはいかないかもしれないな。


「あ、そうだ。応錬様」

「ん?」

「これは一般常識なのですが、ステータスの事などは無暗に聞いてはいけません」

「そうなのか?」

「はい。まず怪しまれます」


 ステータスを聞いてくる輩は、相手のステータスを知って何か悪巧みをする奴が多いのだという。

 今も昔もそういった事を聞かれて、悪党に目を付けられるという事が多いのだとか。

 そういったことが続いたので、いつしかステータスを聞くことは無礼であり、冒険者にとってステータスの流出は致命的な物だとして、無暗にステータスを聞くことを禁止したらしい。

 本当に信頼における人物であっても、自分の奥の手は隠すことが多いのだとか。


 もしかしたらウチカゲも何か隠しているのかもしれないな。

 ま、別に構わないけどね。


「わかった。気を付けよう」


 これを聞いていなかったら、冒険者になって仲間になった人物に対して普通に聞いてしまう所だった。

 危ない危ない。

 んーだがこれでわかったぞ。

 ウチカゲはやっぱり一般常識はあんまり教えてくれてないな。

 まぁウチカゲからしたらなんで知らないの? っていう感じの情報なんだろう。

 イルーザもそうだったしな。


 他にも何か教えそびれていることがないか聞いておいた方がよさそうだな。

 何かあってからでは遅いし……。


「ウチカゲ。他に一般常識として俺たちに教えてないことってあるか?」

「えーっと……後は自分の技能のことも言わない事……くらいですかね? すいません」

「いや、ないならいいんだ」

「あー……だったらさー」


 よろよろと零漸がこちらに歩いて来た。

 まだ完全に酔いが収まっているわけではなさそうだな。

 まだ少しだけ顔色が悪い。

 こいつ逆に丘酔い始まってないか?

 零漸は気持ち悪そうにしながらもウチカゲに質問をした。


「人や鬼のステータスの平均って……あるの? なんか平均値を知らないから俺たちがどれくらい強いかわからないんだよね」


 おお、なるほど。零漸にしては的確な質問だ。

 人や鬼、あとは獣人もいるんだったな。

 他にもいろんな種族がいるのかもしれないけど、少しでも種族の平均値を知っておいた方が相手がどれくらい強いかってのがわかる。

 いいぞ零漸。いい質問だ。

 ウチカゲは少し考えるようにしてから口を開いた。


「これは本で見たものなので的確な物かどうかはわかりませんが……」


 と言って、ウチカゲが知っている限りの種族別ステータスの平均を教えてくれた。


『人』

 LⅤ :/100

 HP :300/300

 MP :300/300

 攻撃力:150

 防御力:120

 魔法力:400

 俊敏 :200


『鬼』

 LⅤ :/100

 HP :500/500

 MP :200/200

 攻撃力:1300

 防御力:300

 魔法力:300

 俊敏 :300


『獣人』

 LⅤ :/120

 HP :650/650

 MP :100/100

 攻撃力:600

 防御力:350

 魔法力:100

 俊敏 :500


『魔族』

 LⅤ :/200

 HP :900/900

 MP :600/600

 攻撃力:500

 防御力:100

 魔法力:600

 俊敏 :200


 ウチカゲ曰くまだまだ種族はいるらしい。

 だが本にはこのようにしか載っていなかったのだという。

 まぁ無い物は仕方がない。


 しかし……割と人の平均値は低いのだな。

 魔法力はそれなりに特化しているようだが……。

 鬼は攻撃力が高い。

 獣人は体力と攻撃力……そして俊敏が高いな。

 獣と言うだけはあるのかもしれない。


 てか魔族なんているのか。

 何処かで聞いたことがあった気がするが、それどころではなくて聞き逃したような気がする。

 魔族は魔法力やMPが高いな。

 技能打ち放題じゃないか。

 まぁ旅をしていれば会うこともあるだろう。


「へー。いろんな種族がいるんだな~!」


 零漸が感心したように頷いている。

 しかしウチカゲは色々なことを知っているな。

 本当についてきてくれて助かったぜ。


 零漸の酔いも収まったようなので馬車に乗り込んで出発することにした。

 村にはすぐに着くことができ、何とか宿を確保することができたのだった。


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