3.25.困りごと


 休憩から三十分程が経過しており、雨の中馬車を進め続けてようやく村に辿り着くことができた。

 村は大きいとは言えないが、家も立派で畑も多くある。

 これだけでこの村の住人を養うことはできるだろう。

 冬になるとどうなるかはわからないが、それでもうまく冬を乗り越えるのだろうなと、浅い考えを持ちながら村に入った。


 村の周囲は魔獣対策の為か、柵がぐるっと一周設置してある。

 だがそれも腰あたりまでの低いものだ。

 これだけで魔獣の侵入を防ぐことはできないと思う。

 だが何もしないよりはましなのかもしれないが、もしかしたらここはそんなに魔獣の被害がないのかもしれない。

 何かあった時の為にも警戒はしておくべきだとは思うのだが……それはよそ者の俺たちが村人たちに助言する事ではないだろう。

 考えあってのことかもしれないからだ。


 村人たちは俺たちを快く受け入れてくれた。

 この村の名前はコシュ村と言うらしい。

 変わった名前だ。

 コシュ村の村長であるシュマルと軽く挨拶を交わした後、荷物を置くために宿に連れて行ってもらった。


 村には民宿のような場所が数件だけあるようだ。

 あまり綺麗な宿とは言えないが、雨風を凌げるのであれば問題ないだろう。

 だが宿に入って少し違和感を覚えた。

 何やら妙な匂いがするのだ。

 何処かで嗅いだことのある匂いなのだが、それが何かを突き止めることができない。

 これは零漸も気が付いているようで、妙な匂いに首を傾げていた。

 だがウチカゲだけは、この匂いの正体がわかったようだ。


「血の匂い……ですかね?」

「血だと? ……ああ、確かにそう言われてみればそんな気もするな」


 会話を聞いていた民宿の店主はびくりと体を震わせた。

 平静を装っているようだが、張り付かせたような笑顔では隠し通すことはできないだろう。

 何かの事件の可能性もある。

 ここは聞いておくべきだ。


「これはどういうことだ?」

「えっと……」


 話すことを躊躇していたようだが、何かに諦めがついたのか大きくため息を吐いてからぽつぽつと事情を話し始めた。


「医者でない貴方たちに言っても仕方のないことかもしれないのですが……。ここには怪我人が多く泊っているのです」

「怪我人だと?」

「はい……。こんな小さな村ですから医療施設は勿論、医療器具もさほどありません。この村にいるお医者様も今は薬の調達でサレッタナ王国に行っていて不在なのです」

「それはいいが、何故怪我人が出たんだ?」

「それは……」


 話を要約するとこうだ。

 この村には最近犬型の魔獣が出現するようになったらしい。

 始めは田畑の農作物を食べてしまうくらいの事しかしなかったのだが、ついには村の者にまで手をだし始めたのだという。

 その犬の特徴を聞いてみると、俺がここに来るまでに倒してきたよだれを垂らし続けている犬型の魔獣だった。

 大体ニ十匹ほど始末してきたと思うのだが……もしかしたらまだ数がいるのかもしれないな。


 人を襲うという事なので、サレッタナ王国のギルドに依頼を出して、冒険者を呼んでもらっていたのだが……。

 魔獣の数が多いのか、来た冒険者の誰もが失敗に終わり、怪我をして帰ってくるのだという。

 なのでこの民宿に泊まっている人は冒険者ばかりだそうだ。

 手を食い千切られたり背中に大きな傷を負ったりと、随分な重症を負っているらしい。

 なので血の匂いが最近になって充満し始めたのだとか……。


 店主にとっては迷惑もいい所だが、怪我人を外に放り出すわけにもいかず、宿代もちゃんと貰っているのでどうしようもできないというのが現状らしい。

 それを聞いてウチカゲが民宿の店主の話しかける。


「何ランクの依頼なんだ?」

「えっと……何回か冒険者が失敗を繰り返しているので……Bランクに上がったはずです」

「Bか……」


 難易度は失敗回数によって上がるようだ。

 今までに五組のCランクパーティーが来たらしい。

 その全てが失敗し重傷を負って帰還してきたのだという。


 そんなに手強い相手だっただろうか?

 普通に多連水槍で瞬殺だったが……。

 いや、でも数が多いことを考えておかなければならない。

 あの時は楽勝だったかもしれないが、いざ住処に行ったのであればあの時よりも数は多くなるはずだ。

 それに地の利は向こう側にある。

 狩りをするにも連携をするだろうから、油断していると簡単に攻撃を受けてしまうだろう。


 さて、なぜ討伐しに行く前提で話をしているかと言うと……。


「兄貴! ウチカゲ! 行きましょうよ! 困ってる村の人たちを放っては置けないっす!」


 言うと思った。正式な依頼ではないし俺たちは冒険者でもないから、報酬は一切払われない。

 完全にボランティア活動となるのだが、それを零漸に言っても意思は変わらなかった。

 うん、金のことを気にしないその姿勢は高く評価しよう。


 まぁBランクがどの程度の物なのかはちょっと気になる所ではある。

 なので今回は零漸に乗っかってこの討伐依頼を受けることにした。

 勿論非公式ではあるが……まぁバレなければどうという事はない。


「じゃあ行ってくるっす!」

「あ、ちょっと待て零漸! ってもういねぇし」


 あいつ亀だよな?

 普通に足速いじゃねぇか。

 人間の姿だからだろうか……?

 まぁ仕方がない、俺もついていくことにしよう。

 ウチカゲには悪いけどアレナとサテラを見てもらうことにする。


「大丈夫ですか?」

「多分な……。まぁ最悪あいつが盾になってくれるだろう!」


 碌な準備もしていないが……まぁ操り霞で捜索すればすぐにでも見つかるだろう。

 そういえばその魔獣の住処は発見できているのだろうか?


 そう思って店主に聞いてみたが、全く分かっていないのだという。

 冒険者……お前ら本当に何をしに来たんだ……。


 となると、まずはそいつらの住処を見つけなければならないな。

 襲撃が多くなればなるほど住処に近づいている筈なので、とりあえず迎え撃ち、準備を整えながら山の中に入っていくことにしよう。

 先ほどの来た道の方に戻れば、もしかしたらまた襲われるかもしれないな。


 でも少しだけ村の中で情報収集をしよう。


「零漸! 帰ってこい!」


 と言うわけでなぜか零漸を連れ戻す作業から始まったが……まぁいいとしよう。

 何とか連れ戻してから、まずは戦った冒険者に話を聞くことにした。

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