3.55.太鼓演舞


 米俵を多く積み込んだ神輿が、長い時間をかけながら城門前に辿り着いた。

 神輿を運んでいた鬼たちは汗だくになっており、肩で息をしている。

 道中、水分補給や、運び手の交代を何度も繰り返していたが、それでもこの重さになると鬼たちでさえ堪えるようだ。


 しかし、自らの持つ力を全力で発揮できる時があまりない鬼たちは、疲労困憊になりながらもその顔は清々しい物だった。

 そんな運び手の鬼たちに、周囲で見守っていた鬼たちが労いの言葉と共に飲み物を配っていた。


 その中で涼しい顔をしているのは、神輿の上で指揮を取り続けていたデンだけだ。

 それでも声を常に張り上げていた。

 デンは喉をさすりながら神輿から降り、水を貰って一気に飲んで喉の渇きを潤しているようだ。


 今神輿が止まっている場所は南大手門だ。

 そこには零漸たちが運んでいた大きな太鼓が乗せられている神輿が鎮座していた。

 その周囲には大小様々な太鼓が並べられており、鬼たちが法被姿で太鼓の前にばちを持って立っている。

 だが明かりが足りないためか、暗くてそれくらいしかわからない。


「よっしゃあ! 零漸殿ー! 後は任せましたぞー!」


 デンが最後の力を振り絞り、声を出した。

 そして力強く手を合わせて力を籠める。


「『灯』」


 ふと、蛍のような光が無数に現れ、太鼓の乗せられている神輿に一斉に向かって行った。

 すると、ぽつぽつと神輿の周りに光が灯り始める。

 どうやら神輿の周りには提灯がぶら下げてあったようで、次第にその姿を映し出した。


 一番前には小さな太鼓の前に座っている鬼たちが五人。

 その後ろには腰あたりまである太鼓が地面に置かれていた。

 そこに立つ鬼たちは八人。

 神輿の上にある太鼓には、二人が向き合うようにしてばちを構えていた。

 その中央一番後ろには、誰もいない大き過ぎる太鼓が一つ、置かれている。

 神輿に乗せてある太鼓よりもさらに大きい。


 だがそれよりも気になるのが……。


「なんで零漸が上にいるんだ……」


 神輿の上には何故か零漸が立っていた。

 同じ法被を着ていてばちを構えている。

 完全にやる気なのだろう。

 しかし……いつ練習してたのだろうか。

 里を歩いている時は太鼓の音すら聞こえなかったはずなのだが……。


 すると、ライキが歩いてきた。

 太鼓を叩く鬼たちと同じ格好をしており、頭には似合わない鉢巻を巻き付けていた。


「皆、よく集まってくれたの。楽しんでくれておるようで何よりじゃ。さて! 今宵の最後を締めくくるは太鼓演舞じゃ! 我らの本質を腹の底より奏出してくれる音は何よりも心地が良い。演目は焔大火! 皆、しかと我らの本質を思い出せ!」


 そう締めくくると、ライキは誰もいない太鼓へと足を進めていった。

 そして足元に置いてあった特段大きなばちを両手で持ち上げる。


「ほぉ……城主自ら打ち鳴らすのか」

「驚かれました?」

「そりゃなぁ……しかしウチカゲ。明るくなってようやくわかったがなんで若い鬼がいないんだ?」


 提灯が付いて、何があるのか、どんな鬼がいるのかは把握できたのだが、太鼓の前に立っている鬼たちは全員年老いた鬼たちであった。

 一番若いのは零漸しかいないだろう。


「さっきライキ様が言っておられた事、覚えておられますか?」

「んー……本質がどうとかいうあれか?」

「はい。鬼たちの本質を知っているのは年老いた鬼たちばかりなのです。それがわからなければ、ばちも握らせてもらえないんですよ。俺にはその本質とやらが未だ分かりませんので、演舞をすることはまだ先になりそうですが……」

「ウチカゲもまだまだですわね」

「ぬぅ……」


 鬼のみぞ知る、そんな本質。

 俺は鬼でないからわかりそうもない話だが、何かあるのだろう。

 しかしなぜ零漸はあそこに……。


「只の特別枠だと思うのですが……」

「だよな」


 そう言うことにしておこう。


「ヒスイ。あれが楽器?」

「そうよ。あれすっごい音出るからびっくりするかもね」


 近くで姫様とアレナの声が聞こえた。

 そちらを見てみるとすぐ隣に二人はいて、仲良さそうに手を繋いでいた。


 二人もこちらに気が付いたようで、トコトコとやってくる。


「あれ? てかウチカゲ。お前二人見つけれなかったんだな」

「うっ……」

「応錬! あれ全部太鼓だって!」

「ああ、そうだな。ライキはあの一番でかい奴叩くみたいだぞ」

「すごーい……」


 アレナはすでにどのような演奏が聴けるのか楽しみにしているようだ。

 あれだけ微妙な顔をしていたのが嘘みたいだな。


「ね! ヒスイ! いつ始まるの?」

「ふふっ。もう始まってるのよ?」

「え!?」


 それは俺も気が付かなかった。

 集中してみると、かすかではあるが音の高い太鼓がコトコトと叩かれていた。

 本当に小さい音だ。


 燻るような小さな火種。

 そこに時々吹き込む風をがその火種を大きくする。

 高い音の太鼓が基盤を作り、後ろに控えている大きな太鼓がその風を表現していた。

 時々カッカッとなるのは火打石を鳴らしている音を表現したものなのだろうか。

 それが時々聞こえ、他の場所でも火種が作られているという事を教えてくれる。


 まだ音は心地いい。

 今表現しているのは家庭にある安全な火と言えるだろう。

 一つ一つの家に火種が燻っている。


 しかし、ある時を境にその曲調は一気に変化した。

 小さな火種を現している太鼓は鳴り続けていたのだが、次の瞬間、後ろに控えている太鼓が大地を揺るがさんばかりの大きな音を奏で始めた。

 その音は乱暴かつ狂暴で、体の奥底に響き渡る。

 心臓の鼓動が速くなるが、その鼓動すらも震えているというのが伝わってくる。


「『雷音』」


 ドドドドォオン!


 まるで雷が落ちたかのような音がその場一体に響き渡った。

 だがその音に負けじと太鼓の曲調も大きく変わっていく。

 そこでついに零漸たちが乗る神輿に動きがあった。

 大きな太鼓にこれまた大きなばちを乱暴に殴りつけていく。


 危険だ。

 そう思わせるほどの爆音が周囲に広がっていく。

 火種を現している太鼓は既に鳴りやみ、全てが一つの火となって表現され始めた。

 高い音の太鼓は火種を表現するのをやめ、今度は木々が、木材が燃えてパキパキを音を鳴らしている様を表現し始めた。

 大地を揺るがすほど、という表現では生ぬるい。

 大地を割り切らんばかりの乱暴な爆音がその場を支配し始める。


 焔大火。

 炎が少し燃え上がる様を意味する焔と言う文字。

 そんな焔であれど集まれば危険な物となる。

 そして大火事……大火となる。


 そこでついにライキが動いた。

 ばちを大きく天に掲げ、そのまま振り下ろす。


 音が割れるような爆音が響き渡った。

 鼓膜が破れるかと思ったが、音はしっかりと体の奥底に叩きつけられる。


 ふと周囲を見た。

 すると誰もがその勢いに気圧されて若干ではあるがのけぞっている。

 これが鬼の本質を現す音。

 確かに体の奥底に叩きつけられる音は、不思議と力が沸いてくるような感じがする。

 気が付けば手に汗を握ってその演舞に聞き入っていた。

 鬼たちも同じようで、誰もが圧倒されつつも薄い笑みを浮かべて聞き入っている。


 そこで一番気になるアレナを見てみると……。

 目を輝かせながらその演舞を見ていた。

 口は驚いたまま塞がっていない。

 体の奥底に叩きつけられる音に気圧されているようではあるが、片手で胸を押さえてしっかりと聞き届けようとしていた。


 そこでまた大地を割るような音が鳴り響く。


 まだまだ炎は勢いを増しているようで、その勢いの強さを太鼓たちが懸命に表現をしている。

 鬼たちはすでに太鼓を叩く、ではなく太鼓を殴るようにして音を奏でている。


 ライキが一度大きな掛け声をだす。

 それに合わせてまた大地を割るような音が体を突き抜ける。

 曲調は激しくなってからほとんど変わっていない。


 すると、小さな太鼓を叩いていた鬼たちが動き出した。

 零漸の乗っている神輿の後ろに一度隠れたかと思ったら、今度は肩に一抱えほどの大きさの太鼓をもって出てきた。


 それを持ち、歩きながら太鼓を打ち鳴らす。

 連続した音が鳴り響き、その太鼓が奏でる音は大きな太鼓とは全く曲調が違った。


 あれはなんだ?

 何を表現しているのかを懸命に聞き取ろうとするが、未だによくわからない。


 しかし炎は勢いを落とさない。

 木が焼ける音が無くなった今、炎だけの勢いが表現されているようであった。

 そこで太鼓を持ち歩いた鬼たちが奏でる音の曲調が大きく変わった。

 先ほどまでバラバラとした不規則な演奏だったのだが、一斉に同じように叩き始めた。


 するとそれに怒ったようにして、また爆音が体を突き抜け鳴り響く。

 まるで音と音の喧嘩だ。

 その勢いは今までの音よりもはるかに激しい。

 鳴っているのは音であるはずだ。

 しかし、足を踏ん張らずにはいられなかった。


 そこでようやくあの太鼓が表現している者を理解した。

 火消だ。

 今炎は、火消と戦っているのだ。

 押し戻し、押し戻されを繰り返すような曲調に変化する。

 しかしそこでライキの叩く太鼓が炎の勢いを強くする。

 それに負けじと火消は踊りながらその周囲を歩き回る。

 曲調は常に同じ。


 音が何を表現しているか理解すると、その曲の中でのドラマが見て取れる。

 いつも何気なく使っている炎。

 それは正しい扱いをすれば生活を常に支えてくれる大きな存在だ。

 しかし、扱いを間違えれば命を奪う狂暴な敵となりうる。


 一つの過ちでその焔は大火へと昇華した。

 その大火は他の火種も飲みつくしてその勢いを更に上げていく。

 そこで現れる火消し。

 炎の勢いを食い止めようと、建物を壊していく。


 だが対処するのが遅すぎたのかもしれない。

 次第に火消しを表現する太鼓は音を小さくしていき、大火を表現する太鼓の勢いが増していく。

 ついには火消しはいなくなり、残るのは大火。

 それは業火に昇華した。


 最後に勝ち誇ったかのように大きな爆音を一度響かせた後、火は役目を終えたかのようにフッと消え去った。


 そこで太鼓演舞は幕を閉じた。

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