3.56.後始末
演奏が終わった後、その場は凄まじい歓声と拍手に包まれる。
演奏をしていた鬼たちは、疲れ果ててその場にへたり込んでしまっていた。
それはライキも例外ではなく、片膝をついてその場で休んでいるようだった。
だが音が無くなってしまえば何処か寂しい、と言うか虚しくなった。
あれだけの音を体に叩き込まれれば、それが癖になってしまうのも無理はないだろう。
言うなれば、筋トレした後に細かい作業をするときのあの体の軽さだ。
あれが常について回る。
とりあえず俺たちは、演奏していた鬼たちへ水を持っていくことにした。
「お疲れ様です」
「おお~皆ぁー! 姫様が来てくださったぞ~」
「じゃあもういっちょ叩こうかねぇ」
「おいじじい! 無理すんなって!」
「お前も大差ないじゃろ!」
もう立ち上がるのも億劫なのか、その場で笑いながら口喧嘩をしている。
鬼は歳を召していても元気だと、俺は再確認した。
まさかライキが叩くとは思っていなかったので驚いたが、しっかりと音を奏でていたのですごい物だと思う。
「ライキお疲れさん。すごかった」
「はっはっは。応錬様にお褒め頂けるとは、この体も捨てたものではありませぬなぁ」
そういいながら重そうな体を持ち上げて何とか立ち上がる。
少しよろめいたので咄嗟に手を貸して助けたが、まだゆっくりしておいた方がいいと思ったのでもう一度座らせた。
「無理すんなって。あれだけ力籠めたんだからな」
「ワシも歳を取りましたわい……昔はこの程度なんともなかったのですがの」
ライキは遠い目をしながらそう言った。
何を考えているのかはわからないが、その目は少しだけ悲しそうだった。
「ライキおじさーん!」
するとアレナがライキに飛びついてきた。
ライキは咄嗟に受け身を取ってその衝撃を逃がす。
座ったまま衝撃を逃がすってどうすればいいのだろうかと思いながら、その様子を眺めていた。
「すごかった!」
「そりゃよかった。気合を入れた甲斐があったわい」
ライキはアレナの頭をわしわしと撫でまわした。
もしかすると、ライキはアレナの為だけにここに出たのではないだろうか。
初めての人のお客だと言っていたし、良い所を見せたかったのかもしれないが。
すると誰かが神輿から飛び降りてこちらに走ってきた。
降りてきた位置から察するに、あれは零漸だろう。
その方を見てみれば、零漸が手を振りながらこちらに走ってきているのが目に入った。
「どうでしたかー!」
「お前いつの間に太鼓教えてもらってたんだ?」
「へっへっへーん。秘密っす!」
このどや顔をみると無性にぶっ飛ばしたくなってくるが、ここまで盛り上げてくれたのは零漸のおかげもあるので何とかその気持ちを押し込む。
どうせ俺が殴ってしまったらまた再起不能状態になる。
それが面倒だからという理由もあるが。
「さ! これから片付けですよ!」
「もうそんな時間か」
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
太鼓は若い鬼たちが片付けていき、神輿も何とか移動させ、米俵は解体して城の貯蔵庫に片付けていく。
演舞を楽しんでいた鬼たちも、それぞれに任された場所を片付けていく。
屋台をしまって提灯も片付けていった。
しかし屋根の間にぶら下がっている提灯は、火が灯っている状態で片づけるのは危ないので、明日の朝片付けることになっている。
勿論火だけはつけた張本人が消していく。
あの焔大火の様にはなりたくないだろうからな。
片づけは滞りなく終わり、里の人たちは家に帰って寝床につく。
未だ太鼓音が体に残っているようで、眠気は一切訪れなかった。
が、体の方は疲れていたのだろう。
寝床に入るやいなや意識を刈り取られたように眠ってしまった。
それは俺だけではないようで、全員がすぐに寝入ってしまったようだ。
うん。今日はゆっくり寝るとしよう。
◆
目が……覚めた?
何故疑問形なのかと言うと、ここが夢の中であると確信していたからである。
また暗闇の中で一人、スポットライトに当てられている。
周囲を見渡してみるが、俺以外にはまだ誰もいないようだ。
おーーい。人差し指ーー。でーてきてくれーー。
俺の声は通っているはずなので、あの三人のうちの誰かがいてもおかしくないのだが……。
まぁいたところで会話がほとんど成り立たないので意味がないと言えば意味がないのだが……何かを伝えようとしているのはわかる。
せめて技能が使えれば変わるのだろうけど、ここでは技能はおろか言葉も碌に発することができない不便な場所である。
いや、俺に声が届かないだけで、俺の声は相手に聞こえているのだったか。
なんともややこしい。
すると、目の前にもう一つスポットライトが当てられた。
その中にはやはり白い服を着たあの男性と、黒い服を着た女性が立っていた。
今日はあの牧師さんはお休みらしい。
出てくるや否や、白服の男性は人差し指を指さしてから、大きくばってんを両腕で表現する。
おおかた、俺の名前は人差し指ではないと言っているのだろう。
黒服の女性は笑いを必死に堪えているようだが、明らかに堪えきれていない。
ああ、悪かったって。で?
お前ら誰なの! まじで!
こんなに鮮明に、それも二回も同じ人物が出てきているのだ。
これはただの夢ではないのだろう。
これがどういった技能なのかはわからないが……要件を早く伝えてほしい物だ。
そして白服の男性は、また自分を指さす。
これは「俺は」という意味だということはわかる。
問題はその後だ。
また人差し指を天高くに掲げた。
これが意味が分からない。
わからん!
そう言うと困ったような顔をしてから頬をぽりぽりと掻いた。
そんな困り顔されてもこっちの方が困るのだが。
すると、今度は女性が手を挙げた。
これも同じように自分に手を当てて、「私は」と表現している。
そのあと、数回足で地面を蹴った。
……私は……足?
その答えに首をふるふると振る。
どうやら違ったらしい。
そのあと、女性は横向きに寝転がって地面をペタペタと叩く。
どうにも地面を指しているような気がするが……どういう意味なのだろうか?
……私は地面?
すると女性は指を鳴らして「おしい!」といったように苦笑いを浮かべた。
これのどこかおしいというのか。
頭をいくらひねっても、こいつらの意図していることが全く読めそうにない。
女性は何度も地面をたたいているが、俺は女性が示していることからこれ以上のことは紐解けそうにない。
男性はやれやれといった様子で、また手をひらひらと振った。
なんでそんな顔をされなければならないのかが全く分からないのだが、何故かそれに殺意が沸いた。
だが手をだすことができないので、とりあえず「腹立つな貴様」と捨て台詞を吐いておく。
それに若干引いているようだったが、その頃にはライトが収縮して消えてしまった。
それは俺も同じで、また光が閉ざされて真っ暗になってしまった。
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