3.57.完成!


 祭りが終わって二週間が経った。

 めっきり冷え込んで、山から流れ降りてくる風が肌に突き刺さる。


 それと共に空気も冷たくなっており、冷え切った空気が体の中を行き来する。

 冷たくなった空気は質量を持ったかのように、しっかりと空気を吸っていると実感させてくれた。

 気温が暖かくては実感できないものだ。


 ここまで寒ければもう雪も降るのではないだろうかと思うのだが、鬼たち曰く、これからもっと寒くなるのだという。


 俺はこの世界にちゃんと四季があるという事に安心しつつ、完成した三尺刀を取りに行く為に鍛冶屋に向かっていた。

 お供はアレナだけ。

 いつぞやの約束をしっかりと覚えているようで、こうしてついてきたのである。

 子供の記憶力には驚かされる。

 そう思いながら鍛冶屋へと歩みを進めていた。


 里を歩いていればいやでも里の様子が見て取れる。

 まだ雪は降っていないが、既に冬に備えて準備をしている鬼達が里中を歩いていた。

 その中でよく見かけるのが、かんじきや深靴、他にも菅笠などが多く出回っているのがわかる。


 鬼でも寒いものは寒いようだ。

 旅するにも雪で動けなくなってしまえば意味がないので、雪が積もる前にサレッタナ王国に移動したほうが良いかもしれない。

 装備もここで整えておけば何とかなるだろう。

 これは鬼たちにまた準備してもらうとしよう。


 そんな里の様子を眺めながら歩いていれば、すぐに鍛冶屋に辿り着いた。

 冬でも関係なく、カンカンと鉄を打つ音が聞こえてくる。


「よーっす。ご苦労さーん」

「いらっしゃ……って応錬様!?」

「そんな驚かんでも……。呼び出したのはそっちだろうに」

「あわわわ! も、申し訳ありません! 今すぐに親方呼んできます!」

「……ゆっくりでいいからな?」


 その言葉を完全に無視して、若い鬼はバタバタと奥へと走っていく。

 その姿を見ながら本当に大丈夫だろうかと呟いた。


 さて、今日俺がここに来たのは、俺の武器を取りに来たという事もあるのだが、アレナの武器ももう一つ買うという目的もある。


「アレナ。何か良い武器は見つかったか?」

「これ!」


 そういって指さしたのは、初めてここに来て選ぼうとした小さめの薙刀である。

 自分で金を稼げるようになったら買っても大丈夫、なんてことを前に言った記憶があるが、それを完全にすっ飛ばしている。


「……そんなに気に入ったのか?」

「うん!」

「でも、自分でお金を稼ぐんじゃないのか?」

「うっ……」


 どうやら覚えてはいたようだ。

 普通ならしらばっくれるところだろうが、アレナにまだそう言った表情を隠しながら嘘を言うようなことはできない。


 それにどうしたって、アレナの体形ではまともに振るうことはできないのだ。

 持っていても宝の持ち腐れになるのが関の山だろう。

 なので、俺は薙刀ではなく違う物を進めてみた。


「これはどうだ?」

「……なにこれ? 刀じゃないよ?」


 手渡してみたのは四つの刃が付いていて、その真ん中に穴が開いている武器。

 手裏剣だ。

 クナイでもいいかと思ったのだが、あれは投げるのが非常に難しい。

 そこで誰でも投げれるような手裏剣を選んでみた。


 昔の忍はこれで敵を斬っていたというし、投げる以外にも使い道はある。

 これなら手軽に持ち運べるし、アレナでも問題なく使用することができるだろう。

 問題はアレナがこれを気に入るかどうかではあるが……。


「変なのー。どうやって使うの?」

「これはな。こうして……ひょいっとっ」


 持っていた手裏剣を、練習台と思われる丸太にトンッと投げつける。

 初めて投げたが思い通りに丸太に突き刺さってくれた。

 これで外すとか恥ずかしいことこの上ないので、ちゃんと刺さってくれたことにほっと胸を撫で下ろす。


「刺さった!」

「これが手裏剣だ。投げるだけじゃなくてそのまま斬りつけることもできるぞ」

「私もやってみる……!」

「……無茶するなよ~?」


 変な所に投げて商品に傷をつけるわけにはいかないので、とりあえず無限水操を展開しておく。

 水を圧縮してあるので少しでも触れれば勢いは殺せるはずだ。


 アレナは大きく振りかぶって丸太に向けて手裏剣を投擲した。

 アレナの筋力ではあれに届くか怪しかったので、地面にも水を展開していたのだが……。

 アレナの投げた手裏剣は一切放物線を描くことなく一直線に飛んでいき、見事に丸太を外して展開していた無限水操に突き刺さった。


「……!?」

「あ、はずしちゃった」


 今しがた、アレナの投げた手裏剣からは風を切る音すらも聞こえていたような気がするが……。

 おそらく気のせいだろう。


 実際に投げてみてしっくり来たのか、アレナは手裏剣を気に入ったようだ。

 何個買うか迷ったが、少な過ぎてもあれなので、とりあえず十五個買っておくことにした。

 まだ店員が帰ってきてないので、とりあえずアレナに持たせておくことにする。


 それと同時に奥から背の低い歳を召した鬼が出てきた。

 この鬼こそ俺の武器を打ってくれた鍛冶師である。

 その後ろには、先ほど慌てて走って言った若い鬼が、布のかけられた細長い物を両手で持ちながら歩いてきていた。


「これは応錬様。このような場所に足を運んでいただき、誠にありがとうございますじゃ」

「気にせんでいい。頼んだのは俺だしな。……で、それか?」

「はい。ほれ、布を取るのじゃ」


 若い鬼がかけられていた布を取ると、そこから白い鞘に入れられた三尺刀が現れた。


 鞘は透き通るかのように白く、一切の汚れはない。

 そこに巻き付けられている紐は紫色で金色の金具で止められている。

 鍔も金具同様金色で、そこには蛇の彫刻が彫られてあった。

 意識しすぎな気はするが、あまり目立たないので良しとする。

 柄も白色で、何の皮を使用しているのかはわからないが、白い紐で結われている奥には金色の輝きが眠っていた。

 柄頭も同様に金色。

 そこからは少しばかり太い一本の紐が垂れさがっており、その先には何かの小さい牙がいくつかぶら下がっていた。


「おお……」


 無駄な彫刻や装飾は一切施されていない。

 外見のその美しさについ声を漏らしてしまったが、それよりも気になるのがその中身である。

 まだ刀身は露わになっていない。

 おもむろに三尺刀を手に取って、キンっと鯉口を切ってみる。

 とても子気味の良い音だ。

 そのまま一気に刀を鞘から引き抜いた。

 長さが三尺あるため、刀を抜くだけでもそれなりのスペースを要する。

 腰に下げていればそのようなことはないのだが、今は両手に持っているため仕方がない。


 そこから現れたのは……透明な刀身だった。

 いや、よく見てみれば透明なのではない。

 鏡のように磨かれた刀身が周囲の景色と同化しているのだ。

 それに気が付き、もっと詳しくその刀身を見ようと顔を近づける。

 するとその刀身がようやく姿を見せてくれた。


 不規則な波紋からなる美しいその姿は、これ以上のものは此処にはないと言わしめているように感じられた。

 素晴らしい技術だ。

 良い品質の鉱石、そして腕のいい鍛冶師と研ぎ師でこの刀身を作り出し、これまた腕のいい金細工師が腕を振るってこの姿を作り出している。

 そしてこの刀身にぴったりの鞘を作りだした職人も流石だ。

 これはまさに傑作と言っていい作品だろう。


「驚いたな……まさかここまでとは」

「皆、喜んでおられました。応錬様の武器を手掛けることができると、そりゃもう祭り以上の騒ぎでしたわい」

「差してみてもいいか?」

「どうぞどうぞ。それはもう応錬様の物ですじゃ。刀も主様に持ってもらって喜んでおられます」


 俺にそのような感覚はわからないが、職人たちにはそれがわかるのだろう。

 少し羨ましいなと思いながら、その三尺刀を腰に差す。

 栗方まで差さず、少し余裕を持たせて刀を斜めにして止める。

 すこし鍔が手前に出ているが、これでちょうどいい。

 そこに腕を乗せると、とても様になっているような気分になる。


「応錬ずるーい! 私もそういうの欲しいー!」

「はっはっは! どうだ、かっこいいだろう?」

「ムー……。かっこいいけど」


 アレナにそう言ってもらえたのであれば、とりあえず問題はないだろう。

 しかし、やはり刀という物はしっくりくる。

 今すぐにでも何か試し切りをしてみたいが、逆に使うのがもったいないとも思えてしまう。

 そう思ってしまうという事は、実は貧乏性なのかもしれないな。


「応錬様、その刀なのですが、名前がございます」

「おお、どんな名前だ?」

「はい。『白龍前はくりゅうぜん』と言います。そして……これが『影大蛇』です。これもお納めください」


 そう言って渡されたのは、これまた白色の脇差だ。

 白龍前と外見はほとんど同じだが、刀身を見てみると、その色は黒色だった。

 だが波紋より下は刀本来の輝きがあり、そこだけが牙を見せているように見えた。


「これもくれるのか」

「勿論です。一本だけでは心もとないでしょうですしの」

「じゃ、有難く」


 これも同じように腰に差す。

 うん。とてもいい感じだ。


 影大蛇……。

 この名前の意味はそれとなく分かる。

 刀身が大蛇で、影と言うのはあまり使われないものだからと言う意味なのだろう。

 それでも使わなければならないときはあるため、影という表現を使ったのかもしれない。


 しかし……この白龍前。

 この名前はどういう意味でつけられたのだろうか?


「なあ。この白龍前ってどういう意味でつけられた名前なんだ?」

「……はて、なぜでしょうな」

「おいおい……。じゃあ誰がこれに名前を付けたんだ?」

「誰と言われましても……その刀が、と言うほかありませんのじゃが……」


 その流れからすると、名付け親はいないが、この刀が作り出された時には既に名前が決まっていたということになるのだが……。


「もう少し詳しく」

「ふむ……。刀の刀身が作られた時、不思議と既に銘が刻まれている時があるのです。その二振りがそうでしてな。故に、名前の意味はワシらにはわからんのですじゃ」


 久しぶりにここが異世界だと再認識することができた気がする。

 そうだよな。

 ありえないことが起きるのがこの世界だもんな。


「そうか。じゃ、この二振りはありがたく頂いておく」

「お代は結構でございますぞ」

「じゃあ、この子の分だけは払わせてもらおう。この手裏剣を十五個くれ」

「わかりましたですじゃ」


 消耗品に近いものなのでもう少し買っておきたかったが、これ以上持っても今のアレナには邪魔になりそうなのでこれくらいで丁度いいだろう。

 持っていたお金で手裏剣を買い、アレナに手渡す。


 とりあえず、この里でやることは終わった。

 もう少ししたら、サレッタナ王国へと旅立つことにしよう。



※重要なお知らせ※

近状ノートをご覧ください。

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