3.54.収穫祭


 辺りはすっかり暗くなり、里の中には屋根と屋根の間にぶら下がった提灯の中に火が灯っている。

 一体どうやってあの中に火を灯したのか気になったが、どうやら火炎系技能でつけたらしい。

 もっと意外な方法でつけると思っていた俺は少しだけしょんぼりした。


 屋台も多く出ており、それらが並ぶ通りはとても明るく飾られていて人通りも多い。

 だが、屋台で売っている物は、俺たちがよく知っているような物ではなかった。


 大半は食べ物。

 団子、焼き鳥。ほかにも蕎麦だったりうどんだったり……。

 てんぷらもあった。

 その中で一番驚いたのは寿司が屋台に出ていたことだ。

 昨日会った漁師たちが、魚をその場で捌いてシャリを握っていた。


 思わず手に取って食べてしまったが、めちゃくちゃデカかった。

 コンビニでよく売っているようなおにぎりくらいの大きさがあり、それに合うように切り身も大きく切り取られている。

 昔はこのくらいの大きさが普通だったのだろうかと考えながら、連れて歩いている姫様とアレナ、シム、ウチカゲにも振舞ってもらった。


「でっけぇな!」

「そうですか? これが普通ですのよ?」

ふぉっふぃーおっきーい

「アレナ、食べてから喋ろうな」


 アレナは頑張って頬張っているが……やはり子供にはちょっと大きすぎるようだ。

 女性の鬼は口を大きく開けることを恥じらうのか、シムも姫様もゆっくりと寿司を食べていた。

 殆どが白身の寿司だが、大葉なども入っているため、それなりに味を楽しめるようになっている。

 赤身の寿司、これはおそらくサケだろう。

 美味い。


「!! か、からぁーーい!」

「え? 山葵入ってたのか?」

「ふぁぁああぁあ」

「はっはっはっは!」


 アレナの情けのない声に笑ってしまった。

 笑うなとポカポカ殴られたが、これもかわいい物だ。


 しかし、天然の山葵なら辛くないというのだが……。

 子供には関係がないのだろうか?

 俺はそんなに辛い……というか辛味を感じない。

 山葵が入っているということはわかるのだが……。

 そういえばここに来て刺身は食べたが、寿司は食べていなかった。

 もう少しだけ頂いておくとしよう。


 ふと周囲を見てみれば、多くの鬼達が祭りを楽しんでいた。

 やはり踊りと言うのもあるようで、音楽に合わせながら鬼達は手に傘を持って簡単な踊りを踊りながら練り歩いていた。

 どうやらここでの踊りは傘を使うようで、開いては閉じ、開いては閉じを繰り返している。

 誰でも踊れるように、様々な場所に傘が置かれており、それを商売としている鬼も多くいるようだった。


「なぁ姫様。なんで傘を使った踊りをするんだ?」

「これはですね~。剣の型なんです」

「……剣?」

「はい! 昔、私たちの里に剣を極めた鬼が一人いたんです。ですけど教えるのがとっても下手で、弟子が全くできなかったらしいのですよ。そこで考えられたのが、この踊りなのです。傘を閉じた時が表の型、笠を開いた時が裏の型を表しているそうなのです!」


 確かに動きをよく見てみれば、剣を振っているように見えなくもない。

 ただ、傘を開いたり閉じたりする回数が多いためか、言われなければ剣を振っているようには到底見えないだろう。

 

 これも流派を隠すためと言えば響はいいが、逆に知らなければ廃れてしまうものだとは考えなかったのだろうか……。

 それを防ぐための踊りなのだろうが……。


「この踊りを真面目に研究した奴はいるのか?」

「はい! テンダがそうです!」

「まじか!」


 そういえばテンダは鬼に似合わない細身の日本刀を持っていたはずだ。

 あれで鬼のイメージがどれだけ崩れ去った事か。あの中で言えば、シムが一番鬼らしかったと思う。


「そーいさー!」

「ほーれい!」

「そーいさー!」

「ほーれい!」


 そんな掛け声が遠くから聞こえてきた。

 その方を見てみれば、いくつもの米俵を積みこみ、しめ縄が取り付けられた巨大な神輿が大通りを進んでいた。

 鬼たちが数十人がかりで運んでいるのを見るに、相当重いのだろうなという事がよくわかる。

 あれを数十人で運ぶ鬼もどうかと思うのだが、それは気にしないようにしておこう。


 あれは昨日刈り出した米だ。

 今日までに米俵に入れこんで、どれだけ取れたかと言うのを里の人たちに伝えるために作られる神輿らしい。

 毎年量が違うので、大きさは年によってまちまちなんだそうだ。


 今年は豊作だったようで、里の鬼たちはその神輿を見ると大きな歓声を上げていた。

 そして、その神輿の上にはデンが立っており、指示を飛ばしているようだ。


「あら、デンったら張り切ってるわね」

「応錬様の手前ですからね。張り切るのも無理はないでしょう」


 そういう物か、そう思いながら通り過ぎていく神輿を眺めていた。

 すると思い出したかのように、ウチカゲが口を開いた。


「あ。アレナ、姫様。あの神輿が城門前につくときに、太鼓による演舞が始まりますよ」

「見る!」

「アレナ! あの神輿についていきますわよ!」

「うん!」


 そうと決まれば即出発。

 どうしてそんな人ごみの中をすいすいと歩いていけるのか不思議で敵わなかったが、俺たちは無事にアレナと姫様を見失う。

 操り霞を使って居場所を掴もうとして見たが、この人込みでは使えないという事がわかっただけだった。

 人のいる場所は把握できるが、個人を把握することはできない様だ。


「速すぎる……」

「そうですね……」

「あ、俺は先に行っておきますね」

「ああ。頼んだ」


 ウチカゲは屋根に飛んで、その上をタタっと走って行ってしまった。

 まぁ急がなくても神輿の進む速度は遅いので、俺とシムはゆっくりと歩いていくことにする。


 しかし……アレナは太鼓を使った演奏にあまり興味がなかったのではないのだろうか……?

 それともこの雰囲気でどのようなものなのか気になったのだろうか。

 まぁ興味を持ってくれたのであれば俺も嬉しいので、良いとしておこう。


「何を満足そうに頷いているのですか?」

「ん? いやな。アレナがここでの祭りに興味を持ってくれてよかったなと思ってな」

「そういえばあの子はガロット王国の子でしたか」

「おう。本当は違うけどそんなもんだ」


 この里の滞在時間はまだ短いけど、アレナはよくこの里に馴染んでくれている。

 始めは種族の違いから差別されないか不安ではあったのだが、まず鬼たちに差別などと言う言葉がなかったため、大事には至らなかった。


 勿論俺の連れ、という事もあるのだろうが、それがなくともアレナは一人でやっていくことができただろう。

 アレナには角がないため、違いはすぐに分かる。

 鬼たちはアレナに接するとき細心の注意を払うので、いつも冷や汗を流していたように思ったが……。

 気のせいだろう。


「応錬様は刀ができたらすぐに旅立ってしまうのですか?」

「そのつもりだな。サレッタナ王国に残してきた奴らが心配だしな」

「そうですか……。姫様がまた悲しみますねぇ」


 恐らく……俺が蛇だったころと同じように泣き出してしまうに違いない。

 あの時は蛇だったため、表情が出ることはなかったが……今回は本当に後ろ髪を引かれるかもしれない。

 こういう時、蛇の姿は便利だと思う。

 何も考えなくていいのだから。

 うーむ……。

 これは何か考えておいた方がよさそうだ。


「っと、そういえば……シム。姫様を縛りすぎだぞ? もう少し自由にしてやってもいいんじゃないか?」


 昔の自由奔放な姫様を見ているからか、今の姫様は心底居づらそうにしているように思えた。

 俺もこの里に来てから姫様がどこにいるかを探して回ったが、まさかずっと機織りをしているとは思っていなかったのだ。

 確かにそういう仕事をしているということは聞いていたが……。

 あれじゃかわいそうだろう。


 それに、先程の姫様は生き生きとしていた。

 やはりあれくらいのほうが姫様、と言う感じがして良い。


「しかし……姫としての自覚を持たせようとしているのです。甘やかしてばかりはいけないでしょう」

「む。確かにその通りだ」


 シムはそれに気がついたのか。

 初めて出会った時とは大違いだ。

 あの時は随分と甘やかしていたようだからな……。

 そのせいで俺も随分と大変な目にあったし、他の鬼たちも苦労していたのを覚えている。


 恐らくだが、甘やかしてしまう原因として父親の死が原因なのだろう。

 テンダやウチカゲも、そのことを深く気にしているようだった。

 しかし……振り返ってみると、あの時は甘やかしすぎ、今は縛りすぎ、と、なんだか極端な気がする。


 確かに姫様は姫としての自覚はまだ持っていないだろう。

 そのことに関してはシムの言うことは間違っていないし、自覚させるために厳しくするといった方針も頷けるものがある。が。


「遊びと仕事。両立できないと碌な奴にはならんぞ」

「……え?」

「いつぞやどこぞで聞いた言葉だ。俺は確かにな、って思ったが……。シムが姫様くらいの歳は何をしていたのか思い返してみればいいんじゃないか? それを子供に押し付けていいかどうかは自分が考えなければならんがな。まぁそもそも俺に子育てとかはわからんし、変なことしか言えないのは確かだが……まぁ参考までに? ん? ならんか!」


 もっと気の利いた言葉を言ってやれればいいのだが、生憎俺にはそのようなセンスはない。

 妙なことを言ったことに笑いながら、神輿の後を追いかけていく。


「……有難う御座います」

「ん? なんだってー?」

「いえ、なんでも」


 実は聞こえていたとは言えるはずもなく、俺は人ごみをかき分けていった。

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