3.53.お祭り準備


 ベドロックを何とか倒したので、ベドロックが放っていた香の効果はなくなっているはずだ。

 それを確認しようと、漁師達がいる場所まで戻ってみた。


 漁師たちは相変わらずこれからどうしようかと考えを巡らせているようだったので、人の姿に戻って事の顛末を伝えて漁に出てもらうことにした。

 なんとなく自信がなさそうだったが、それでも力を合わせて船を川に出してくれる。


 俺は陸からその姿を見守っていたが、しばらくすると出航した船の上からここからでも聞こえる大きな歓声が上がった。

 遠目で詳しくはわからないが、網にはキラキラを輝きながら水飛沫を上げている魚が捕まっているようだった。


 とりあえず一件落着。

 鳳炎に復讐もできたし、魚も取れるようになった。

 ある意味いい仕事をしたといえるだろう。

 課題は残ってしまったが、これからゆっくりと解決していくことにした。


 ここに俺がいる必要はもうなさそうだったので、ライキに報告をしに行くことにする。

 もちろん俺がやったという事は伏せてだが……。

 すでにバレているので無駄だとは思うけど、そういう体で行ったので最後までしらを切っておこう。



 ◆



 ―翌日―


 昨日はあの後、ライキと合流して事の顛末を説明した。

 その時は既にアレナは起きており、なぜ自分も連れて行ってくれなかったのかと言いだしてふててしまった。

 機嫌を直してもらうのに随分と苦労したが……。

 今度新しい武器を買うという事で話が付いた。


 女の子なのだから、もう少しは可愛げのあるものを要望してくれればいいとは思ったのだが、アレナは武器がいいらしい。

 それもこの里の。

 どうやらこの里の武器をいたく気に入ったようだ。

 あれも欲しいこれも欲しいと言ってはいたが、とりあえず頑張って一つに絞ってもらっておく。

 そんなに武器は持てないからな。


 俺が武器を貰う時に一緒に買ってやるとしよう。

 まさかこんなことで武器を買わされるとは思わなかったが……最悪手持ちがいっぱいになっても、俺の魔道具袋に仕舞っておけば問題ないだろう。


 さて、そんなこんなで一日が終わり、今日は祭り当日だ。

 魚も無事に獲れたらしいので、奉納も振る舞いにも何も問題はなく、鬼たちは滞りなく準備をしている最中だった。


「さー! 運ぶっすよー!」

「「「おぉー!!」」」


 声の方を見てみれば、巨大な物見櫓のような神輿を運んでいる零漸と鬼たちの姿が見て取れた。

 鬼達でも重そうなあの神輿を、零漸は一緒になって押しているが、果たしてあれは役に立っているのだろうか。

 いや、だがこういうのは気持ちの問題だ。

 微力ながら力を貸す零漸。かっこいいと思う。


 里を歩いてみれば、里中に提灯が下げられていたり、屋台の設営が行われていたりした。

 隣を歩くアレナも興味津々に里を見て回っている。

 故郷での祭りとはまた違うのだろうか。

 どちらかと言うと、西洋の祭りがどのように執り行われるのか俺にはよくわからないが……また祭りに参加する機会があるだろう。

 その時はアレナに教えてもらおう。


「応錬! あれ何!?」


 そう言ってアレナが指さしたのは、屋根と屋根の間にぶら下がっている提灯だった。

 確かにこれはガロット王国では見ることのなかった代物だ。

 和紙を作る技術がないので当たり前と言えば当たり前だが。


「んー? 提灯のことか? あれは手に持って歩くことのできる明かりになるな。アレナにわかりやすく言うと、松明の代わりと言ったところか」

「あれに火がつくの!? 燃えるの!?」

「あれの中にね。こーんなちっちゃい火が入るんだ」

「そんなちっちゃい火を持って歩いて消えないの?」

「風が当たって消えないように作られているからな」


 改めて提灯を説明してみると、昔の人は良くこれを考えたものだと思う。

 仕組みはとても簡単なものなのだが、安全面、機能面にも優れている。

 これをすごいと言わずに何という。


 しかしまだ夜ではないので、提灯本来の役割はまだ果たせていない。

 そういえば、あの上屋根と屋根の間にぶら下がっている無数の提灯にはどうやって火を入れるのだろうか。

 勿論何かの考えがあるのだろうが……夜になるまでわかりそうにはない。


「応錬、あれは?」


 アレナが次に指さしたのは、大きな太鼓だ。

 太鼓櫓にあるような大きな太鼓を、鬼たちが数人がかりで持ち運んでいる。

 力持ちの鬼たちが、何故数人がかりで太鼓を持ち運んでいるのかよくわからなかった。

 だがそれには深く突っ込んではいけないような気がしたので、その疑問は心の奥底に沈めておく。


「太鼓だな」

「何に使うの?」

「演奏するためかな。あんな見た目してるけど、実は楽器なんだぞ?」

「へー! どんなが鳴るの!?」

「ん? ドンドンドンっていう音が鳴る」

「えぇ……」


 アレナはあからさまに残念そうな表情をしていた。

 えぇ……と言われても、それしか表現する方法がない。


 だがまぁ、アレナがそういう反応をするのもわからないことはない。

 西洋の楽器と言えば、様々な綺麗な音が鳴る物が多い。

 もちろん日本の楽器もそれに負けないほどの音をだす楽器がある。


 ただ、打楽器がメインの演奏など、アレナの居た場所ではないはずだ。

 日本の祭りは、太鼓さえあればその場を盛り上げるのには十分である。

 様々な種類の太鼓を準備すれば、それだけで力強く響く音が奏でられるのだ。


 しかし……アレナはその説明を聞いても、あまり納得していないようだった。

 あまり期待していないというのが表情から伝わってくる。


 だがしかし。百聞は一見に如かずという言葉がある。

 実際に見て、聞いてみれば、今と同じ表情はできなくなるはずだ。

 アレナの驚く姿を頭に思い浮かべながら、俺はアレナと共に鬼達へ労いの言葉をかけにいった。



 ◆



 ―とある一室―


「むー……」

「……」


 はたを織る音が部屋中に響き渡る中、時折不満げな声が呟かれて作業の手が一時的に止まった。


「ヒスイ。ちゃんと手を動かしなさい」

「……はーい」


 ヒスイは母親であるシムに注意されて、ようやく手を動かし始める。

 だが作業のスピードは非常に遅く、シムが三回はたを織るのに対して、姫様は一回しか織れていなかった。


 明らかに何か不満がある。

 誰からの目にもそう捉えられるのだが、全員がその根本的な理由を察していた。


 それは白蛇である応錬のことだ。

 ヒスイは、応錬が帰ってきてからほとんど一緒に居ることがなかった。

 まともに会話をしたのも初日くらいなもので、それ以降は仕事を熱心に続けていた。


 始めは応錬にいいところを見せようと、真面目に働いている出来る娘を演じようとしていたのだが、こうも接点がなければやる気もなくなっていく物である。

 それに耐えかね、何とか仕事を抜け出して応錬に会いに行こうとしたことはあったのだが、尽くシムにバレてこの部屋に連れ戻されてしまうのがオチであった。


 シムはいつしかヒスイに厳しくなっていった。

 ここに来る前は随分とヒスイを甘やかしていたものだが、白蛇である応錬が目の前に現れたことにより、それではだめだと自分に言い聞かせるようになっていった。

 事の発端はヒスイが嫌がる応錬を風呂に入れさせようとした時である。

 あれでヒスイはライキに怒られたようだったが、それ以上にシムはライキに喝を入れられていたのだ。


 それから自分の甘さを再認識し、少しずつではあったが、こうしてヒスイに厳しく当たっている。

 昔のシムであれば、すぐにでも外に出してしまっていただろうが、ヒスイにはこれから姫であるという事をちゃんと理解してもらわなければならない。

 ヒスイ自身は、まだ自覚がないようではあるが。


「はぁ……」


 これでヒスイのため息を聞くのは何度目になるだろうか。

 その原因を作っているのが自分であると思うと、やはり胸が痛くなる。

 だがここで折れてはいけない。折れてしまえばまた甘やかしてしまう。

 出来るだけ何も考えないようにして、目の前の作業に集中する。


「失礼ー」


 その声と共に、後ろの襖が開いた。

 部屋の中にいた鬼達は、入ってきた人物を見るために一度だけ顔を襖の方に向ける。

 普通であればすぐにまた作業に取り掛かるのだが……今回は入ってきた人物を凝視してしまっていた。

 全員が驚いているのだ。


 それもそのはず。

 白蛇である応錬がそこに立っていたのだから。


「応錬様!」


 ヒスイはすぐに立ちあがって応錬の側に寄った。

 先ほどの元気のなさが嘘のように吹き飛び、満面の笑みを浮かべている。


「おお、姫様。こんなところに居たのか」

「お仕事してます!」

「それは感心感心。所で姫様、この羽織なんだがもう一着作ってくれないか?」


 その応錬の言葉にヒスイは勿論、今応錬が着ている羽織を手掛けた鬼たちの表情が強張った。

 何か問題があったのだろうか、どうすればいいのだろうか。

 その様な表情をしてまだ何も言われていないのにもかかわらず、焦っているようだった。


「お、お気に召しませんでしたか……?」


 ヒスイはおどおどとした様子で問いかける。


「いやいや、そんなことはない。しかしな……旅となるとここまで重い羽織を常時来ているわけにはいかん。里を歩くだけでも疲れてしまってな……」

「あっ……応錬様って……鬼じゃないですもんね」

「……んっ? 今? 今更それに気がついたのか? ってもしかしてこれ鬼用の羽織か!?」

「はい!」

「はいじゃないわ!」


 応錬は頭を掻きながら「そりゃ重いわけだ」と呟いている。

 ヒスイはそんな応錬を笑っているが、応錬はそれに気を悪くすることなく、新しく軽い羽織の制作をヒスイに頼んだ。


「シム」

「あ、はい!」


 急に自分の名前を呼ばれて驚いたが、すぐに立ち上がって応錬を見据える。


「軽くすることで強度は下がるか?」

「そうですね……少し下がると思います」

「ふーむ……まぁいいか。じゃ、頼むぜ」

「お任せください」


 そう言って応錬は羽織を魔道具袋に仕舞った。

 入ってきたときと同じように襖を開けて廊下へと出る。


「あ、それと」


 応錬は思い出したかのように、足を止めてまた振り返る。


「作業は明日からでいいからな。それと姫様、行くぞ」

「へ? 行くってどこへですか?」

「おいおい。今日は祭りだぞ? こんなところで引き籠ってていいわけないだろ。他の奴らもな! わかったら作業中断して外に出ろー」


 そう言われておどおどとする鬼たち。

 それはヒスイも同じでどうすればいいか迷っているようだった。

 ヒスイも他の鬼たちも、応錬とシムを交互に見て判断を待っている。


 だがこのまま許してしまえば、またあの時と同じなのではないだろうか。

 同じ事は繰り返したくない。

 だから……シムは決断した。


「応錬様、申し訳ございませんが……」


 言葉を言い終わる前に応錬がシムの肩をポンと叩く。

 目を瞑って言葉を言おうとしたため、近づいてくるのには全く気が付かなかった。

 驚いていると、応錬がシムにだけ聞こえるような声で呟いた。


「縛るだけが親の仕事じゃないぞ」


 応錬はそれだけ言うと、手を放してまた声を上げた。


「許可はとった! 片付けたら外に来いよー!」


 それを聞いた後の鬼たちの動きは早かった。

 すぐに片づけてから応錬を追うようにして、一度シムに一礼してから外に出ていく。

 誰も応錬の指示に逆らう者はいないだろう。

 シムも同じようにして、自分の道具を片付けてから外に出た。


 しかし、応錬に言われた言葉だけが、未だに頭の中をグルグルと回っていた。

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