10.18.最悪な報告


『声が我らの神なり』

『声が我らの神なり』

『声が我らの神なり』

『声が我らの神なり』

『声が我らの神なり』

『声が我らの神なり』

『声が我らの神なり』

『声が我らの神なり』

『声が我らの神なり』

『声が我らの神なり』


 水晶からそんな掛け声が聞こえてくる。

 酷く不気味で、何かに憑りつかれたような声。

 これが今、ビッドの周辺で起きている現状。


「……なんだ……これは……!! なんだこれは!! おいビッド!! あいつらの名前が……なぜこうも……!?」

『第三勢力は……天使です……。頭に輪をつけ、背に白い翼を生やした天使が……神の使者だと言い張って教会を乗っ取りました……』

「いつの話だ!?」

『今朝です……』


 今朝……!?

 それで今この状況!?


 ていうか天使……!!

 なんで今になって動き始めたんだ!

 ずっと静かにしてるんじゃなかったのかよ!


「ビッド! しばらく繋げておけるか!?」

『ティアラの魔力次第です』

「急ぐから待ってろ!!」


 俺は水晶を持ったまま、鳳炎たちがいる場所へと走る。

 マリアは息を整えているので放っておこう。

 これはすぐに皆に共有しなければならないことだ。

 踵を返して地面を蹴る。


 全力疾走で帰ってきた俺を見て、鳳炎や零漸は首を傾げていた。

 声をかけようとしてきたが、その前に鳳炎をひっ捕まえて城の中へと連れ込んだ。

 何事だと思った他の皆も、付いてきてくれている。


「なんだなんだ!? 急にどうした応錬!!」

「いいから来い! 大っぴらにはできないんだ!」

「どこに向かうつもりだ!」

「バルトの所だよ!」


 これは静寂を使って話をしなければならない。

 確かバルトは自室にいるはず。

 午前中は仕事をしていると言っていたので、まずはそっちに向かうことにした。


 しばらく走ったところでようやくバルトの部屋に辿り着き、扉を開ける。

 ノックなどしている暇はないので、今回だけはこちらのペースに合わせてもらう。


 急に入ってきた数名に驚いていたバルトだったが、ただならぬ様子だとすぐに理解したらしく、近くにいた使用人をすぐに下がらせてくれた。

 状況をすぐに理解してくれるのは助かる。


「ウチカゲ、窓とカーテンを閉めてくれ!」

「はっ!」

「鳳炎! 蝋燭に火をつけろ!」

「静寂であるか。分かった!」

「バルト、頼めるか!?」

「いいよー」


 準備が整ったところで、バルトが静寂を使用してくれた。

 周囲が少し寒くなる。


 それを確認したあと、通信水晶を前に出す。

 すると、小さくあの声が聞こえ始めた。


『声が我らの神なり』

『声が我らの神なり』

『声が我らの神なり』


 その場にいた全員の顔が強張った。

 これだけで何が起こっているのかを理解するのは十分だ。


「こ……これは……!」

「ビッドからの通信だ……。第三勢力……天使が今朝、バルパン王国の教会を乗っ取ったらしい」

「そんなに早いのであるか!? ていうか天使だと!? こいつは……大丈夫なのか!? なぜ信仰が広まって……!」

「鳳炎君、落ち着いて。優位はこちらにあるはずだから、まずは整理しよう」

「……そ、その通りですね……」


 大きく深呼吸して、鳳炎は一度頭を冷やす。

 予想外のことに混乱してしまっていたようだが、バルトが宥めて冷静さを取り戻した。


 しかし分からないことが多い。

 今まで存在を表さなかった天使という存在。

 これがなぜ出てきたのか。


 そして、なぜ教会を乗っ取って声という神を布教しているのか。

 アレナが最後に悪魔から聞いた言葉……『名前を口にしてはいけない』。

 これが妙に引っ掛かってくる。

 しかし今この瞬間、多くの信者たちによって名前が周囲に知れ渡り始めた。

 これは……まずいのではないだろうか。


 全員が静かになったところで、バルトが俺の持っている通信水晶に話しかける。


「ビッド君って言ったね。僕はガロット王国国王、アスレ・コースレットの兄、バルト・コースレット」

『こっ!? 国王殿下の兄上様!!? こ、これは……えっと……!』

「今は社交辞令なんてどうでもいいよ。そっちの現状を事細かく教えて」

『しょ、承知いたしました! 我々はマリアギルドマスターの命でバルパン王国の動向を調査しておりました。ここしばらくは何もなかったのですが、数日前から教会付近が騒がしくなり、その原因を突き止めようと探りを入れました。ですが何も出てこず、今朝になってこのような大群衆が……あの名前を叫びはじめたのです』


 シャドーアイは潜入任務の際は必ずと言っていいほど何か情報を見つけて来てくれる優秀な人材だ。

 主にシャドーウルフでの潜入、捜索がそれらを飛躍的に上昇させている。

 そんな彼らが、ことが起こるまで何も見つけ出せなかった。

 ということは……。


「元から何もなかった……?」

「相手は天使。その可能性も十分にあり得ます。自身の姿を見せただけで、民衆にとっては衝撃的でしょうからね。それに、悪魔と同じような特異技能を持っていてもおかしくはない……」


 厄介すぎませんかね。

 悪魔と戦うのも結構しんどかったのに、天使とか……。

 ていうか普通逆だろ!!

 なんで天使が悪役なんだよ!!


 ええい、愚痴を叫んでも何も変わらない……。

 とにかく今は解決……する方法なんてねぇよなこの状況。


「どうするんだ、鳳炎」

「……やるべきことをやるしかない。今まで身を隠し続けていた邪神の隠し玉、天使が動き始めたということは、向こうも焦っている証拠だ。私たちがやっていることは間違っていない。むしろ正解に近づいている」

「うん。鳳炎君の言う通りだね。だけど急いだ方がよさそうだ。今日の午後から鳳炎君が考えた最後の作戦を実行に移す準備を始める。魔力放出は今日いっぱい行って、翌朝までに……全ガロット国民を外へと移動させる」

「そ、そんな簡単にできるのか?」

「ただちょっと移動するだけだからね。魔物を生け捕りにして国内へ持ち運ぶことも協力してくれたんだ。これくらいなら簡単に手伝ってくれるよ」


 バルトは自信満々といった様子で親指を立てた。

 国民への信頼が厚いな。

 でもそれでこそ、王族って感じだよね。


「よし、じゃあ冒険者にも魔力放出を手伝ってもらおう」

「必要ない」

「……え?」


 そこで地面から手が生えた。

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