10.19.即刻移動
床から生えた手が、うごうごと動いてからガシッと机の脚を握る。
力を込めて体をずるりと地上へと持ち上げ、脱力した片腕がぶらぶらと揺れた。
べちゃべちゃという音を立てながら体を完全に出現させた粘液質の存在は、ゆっくりと人の形へと変形していく。
曲がった背中をしゃんと伸ばし、顔を振るって髪型を整える。
彼は襟が頭まであるとても長いマントを着ていた。
黒ずくめの服はジャケットのような生地で、背には黒い翼、頭には黒い角を生やしている。
「悪魔!」
「久しぶりだな……バミル領以来か……」
床から急に出現したのは、鳳炎にルリムコオスの存在を教えた悪魔……。
「イウボラだ」
事情を知らないテンダが構えを取ろうとしたが、それをウチカゲが制す。
悪魔は敵ではない。
そう説明し、構えを解いてもらった。
イウボラは懐かしい殺意に肌がピリリと刺激されたが、逆にそれが心地よかった。
鬼人舞踊が使える者でなければ、この感覚は伝わらない。
後継者がいてよかったなと、小さく呟く。
「あ、お前いつぞやの塊」
「塊……。まぁ、あの時はそうだったが……な。その姿で認識してほしくはない」
「す、すまん……」
「まぁいい。でだ、奄華の生まれ変わりよ。……必要ない」
「何がだ」
「……必要ない」
イウボラはまっすぐ鳳炎の目を見て、ただそれだけを伝えた。
これしか伝えられないのだろう。
けどこれだけじゃまったく分からん。
しかし、イウボラに聞くことはできない。
聞けば当たり障りのない答えを出さなくてはならないため、不用意には質問できない。
鳳炎は何を聞くか頭の中で考えているようだ。
そこでバルトが悪魔に問う。
「君、いつからいたの?」
「……奄華の生まれ変わりについて回っていた」
「鳳炎君に?」
「……全部聞いていたとなると……タイミングを見計らって出てきたのか。それだったら……分かった」
嘘じゃんすごいな??
まったく分からないんですけど。
「バルト様。直ちに魔力放出を中断し、今から国民の移動に切り替えてください」
「え!? いいのかい? 成功しているかどうかも分からないから、こうして魔力をとにかく大量に放出しているんだよ? 明日もやってもいいくらいだと思うけど」
「いえ、これは無意味だということが今分かりました。多少は意味があるかもしれませんが、それよりも有効なのは、魔力を持つ人々をこの場から移動させることです」
「なんで分かったっすか!?」
今まで静かにしていた零漸が叫んだ。
そうだよ、なんで分かったんだよ。
タイミングって何……?
「イウボラが出てきたタイミングは、バルト様が『冒険者にも魔力放出を手伝ってもらおう』と言ったところだっただろ?」
「そうっすね」
「そこでイウボラは『必要ない』と言った。あの会話に混じったのだ。それが意味がない行為だって伝えるためにな。冒険者にも魔力放出を手伝ってもらうことが必要ないってなると……これで十分なのか、もしくは意味がないかのどっちかだ。まぁイウボラの顔を見たら後者だってすぐにわかったのだがな」
「もっと早く分かりやすいタイミングで言えばいいじゃないっすか! 冒険者じゃなくて魔力放出の話が出て来た時にでも!」
「だから……悪魔たちはこうでもしないと、意図を伝えられないんだって……」
呆れたように鳳炎は頭を掻いた。
いや……うん、分かんないよ。
もう俺、お前と悪魔との会話聞きたくないわ。
頭こんがらがる。
でもそこまで分かったんだったら、さっさと次の作戦に移った方がよさそうだな。
向こうで天使がなんかヤバいことしているし、今から止めに行こうだなんて無理はなしだ。
こっちを完全に解決させてからにしよう。
「それと……少し思ったんだが……」
「まだあるっすかぁ?」
鳳炎は握り拳を作って、その上に片手を置いた。
手遊びのちゃつぼかな?
「今のガロット王国はこういう状態だ」
「いやまったく分かんないっす」
「私なりに考えていたのだ。何故悪魔たちは人間を減らす……あー、まぁ移動させる必要があったのか」
今のところ、それに関してはまったく分かっていない。
これから情報が出ることもないだろうからと思って、あまり気にしてはいなかったのだが……。
鳳炎はずっと気にして考えてくれていたようだ。
今考えている自分の答えを、鳳炎は皆に教えてくれた。
「まず……悪魔は人間たちを移動させることを目的としていたとする。多分それが正解なのだが……その理由は何かに蓋をしてしまっているからではないかと考えた」
「蓋?」
「人は少なからず魔力を持っている。人が多くなるほど、魔力がその場に溜まっていることになると思うのだ。邪神復活の狙いの一つはそれである可能性が高い」
人間を殺すということは、人を減らすということ。
街を破壊するということは、人が集まりにくくするということ。
戦争を起こすということは……国が出兵して人が国から減るということ。
人を殺す必要もなく、街も壊す必要がない方法。
それは、人々を移動させる。
これだけで何かが変わるということだと、鳳炎は考えたのだ。
では人々を移動させる理由は何か。
それを考えた時、真っ先に魔力が頭の中に思い浮かんだ。
これが何か邪魔をしている。
魔力が何かに蓋をしているのではないだろうかと思ったのである。
「……あれ、鳳炎。その考えだとさ」
「?」
「俺、今この場所に居たらヤバくね??」
「なぜであるか?」
「だって俺、今魔力量三十万だぜ……?」
「「「えっ」」」
「「あっ」」
…………。
まま、魔力が何かに蓋してるっていうんだったら……俺、めっちゃ思いっきり蓋してんじゃん。
あれ、ちょっと待てよ……?
てことは……俺たち……悪魔が壊そうとしていた領地や国にいるだけで……相当な邪魔をしていたってこと?
イウボラを恐る恐る見てみると、目を見開いて驚愕していた。
手をわなわなと震わせ、絶望した表情をしている。
「ああ、あ……そんな……こと……」
「え!? もしかして把握していなかった!? サレッタナ王国にいた時は魔力千二百あったが!? バミル領の時は魔力三千あったんだが!?」
「私の魔力は……あ、あの時は三百くらいしかなかったである。いや待て! 今の私は魔力が六千以上ある!!」
「俺もそんなになかったっすね。五百もなかったはずっすよ」
べしょっ。
イウボラの足が溶けて床に座り込んだ。
首を垂らし、全身の力を抜いている。
「……ヤバイ……マズい……」
「イウボラ……! くそ、今はできることをやるしかない! 応錬!!!!」
「はい!!!!」
「出てけ!!!!」
「了解!!!!」
「私も出る!!!! バルト様、あとはお任せいたします!」
「うん! 分かった!」
窓を開けると静寂の効果が完全に消えた。
そこから鳳炎が飛び立ち、俺が飛び降りて多連水槍を使って飛んでいく。
雲行きが怪しくなってきたが……とにかくここだけでも完全な成功を収めるしかない。
そうでもしなければ……。
その後のことは、考えたくない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます