10.42.昔話④ 策


 敵の見える場所で襲撃をする。

 あまりにもリスキーな話ではないだろうかと、ダチアとレンマは思っていた。


 襲撃しているのが見られれば、鉱脈にいる人間軍は確実に助けようと攻撃をしてくる事だろう。

 そうなることは目に見えている。

 だというのに日輪はあえて襲撃しているところを見せるという判断を取った。


「なぜだ? あまりにも危険だぞ。物資を運んでくる敵は援軍だと言っても過言ではない。それだけで大変なのに、ましてやその襲撃の場面を敵に見せるなどありえん」

「俺もそう思うぜぇ日輪。それじゃただの消耗戦だ。物資だけを狙うのは空を飛べる悪魔にとっては簡単なことかもしれないが、気付かれればこちらが急激に不利になる」

「それだけできれば十分だ」

「……話が読めねぇ。詳しく話しやがれ」


 日輪は小さく頷き、作っていた水の人形を動かし始めた。


「この策に置いて一番重要なのは二つ。山脈に立てこもっている敵から攻撃を受けない位置で襲撃しているところを見せること。それと、物資のみを破壊するということ」

「……人間は放置しろと?」

「そうだ。物資がなくなり人間が増えれば、食料の消耗は激しくなる」


 悪魔人形が、物資を運んでいる人間人形を攻撃する。

 物資のみを破壊し、悪魔人形は空高くへと飛んでいく。

 それと同時に山脈から人間人形が援軍として降りてきた。

 次に悪魔人形を山脈へと侵入させる。


「こういう策だ」

「はっはー、襲撃しているところを見せて援軍を出させ、人間が少なくなった山脈に悪魔を送り込む……。降りるのは簡単だが、登るのは難しい。再び山脈に人間を入れる頃には、悪魔が暴れまわって敵を減らしているって感じか」

「な、なるほど……」

「悪魔が鉱脈に突撃した場合は、人間よりも食料を優先して破壊すればいい。……と、そう簡単であればいいのだが、念には念を。もう一つ策を講じる」

「それは?」

「敵が山脈から援軍を出さなかった場合だが……」


 敵の襲撃を目視で確認すれば、多くの者は助けなければと考えるだろう。

 だがそれこそが目的だとバレてしまった場合も考慮しておかなければならない。

 とはいえ、その場合の策は至極簡単だ。


「何もしない」

「……は?」

「何もしてはいけない、と言った方が正しいだろう。物資のみを壊し、待機させていた兵と一緒に撤退する」

「おい待て待て! さすがにそれは意味が分からん! もうちょっとなんかできることあるだろ!」

「この場合は戦力を削ることは考えていない。敵の絆を壊すのだ」

「きずなぁ?」


 日輪は頷き、また人形を動かし始めた。

 悪魔人形が物資を壊し、山脈から人間が援軍を出さないイメージを構築する。

 待機していた悪魔人形を物資破壊を担当していた悪魔人形と共に撤退させた。


 そして残された援軍が、ようやく山脈に入る。


「だよな? こうなっちまうよな? ほれみろ日輪。敵が増えちまったぞ? 物資が破壊できない状況も考えておかなきゃならんのに、こんだけ中に入れちまったらやべぇんじゃねぇの?」

「だが物資を運んできた人間はこう思うはずだ。『何故助けてくれなかったのか』」

「……あっ」

「ほぉ……」


 目撃しているからこそ、事態の把握は速やかに行われるはずだ。

 見ているはずなのに、援軍を送ってこなかった。

 そうなれば亀裂が生じるのはごく普通のことである。


 襲われているところを助けもしない者たちに、命からがら物資を運んだということになれば、人間との間で不満が発生する。

 援軍を出したのが他国であれば、なお有効な攻撃となるだろう。


 そこで水がすべて外の花に撒かれた。

 説明を終えた日輪は、ダチアを見る。


「これで、どうだ? 物資を破壊することができなくても、第二の策を打つことは可能だ。どう転んでも相手には被害が及ぶ。形は違うがな」

「……一つ、いいか」

「いくらでも受け付けよう」

「もし、物資の破壊が上手くいかず、鉱脈からの援軍も来ず、そのまま援軍を鉱脈に入れてしまった場合……どうする」


 仲違いが起こったとしても、物資や援軍に大したダメージが入らなかった場合は、ただの嫌がらせで終わってしまう。

 そうならないように善処はするつもりだが、最悪の想定はしておいた方が良い。


 確かに想定することは大切だ。

 だがこの場合……。


「それは作戦失敗を意味する。悪魔が鉱脈を取り返すだけの時間が長くなるだけだな」

「お、おいおい……そんな言い方はねぇだろう」

「敵も馬鹿じゃない。それにこの策で最も重要なのは物資の破壊だ。死の物狂いで破壊すれば、策は成功する。できなければ失敗だ。被害を少なく抑える策はこれ以外にない。一度決めた策は死んでも成功させるしかないのだ。……レンマ、戦いに待ったは利かん」

「フフ、確かにそうなった場合は俺たちの力不足だな。よし、それでやってみる」


 ダチアは魔道具袋から紫色の石を取り出した。

 それを噛み、指を頭に置く。

 しばらく黙っていたが、すぐに石を手に取って魔道具袋にしまった。


「連絡した。物資を運んでくる援軍を探させる」

「健闘を祈る」

「ああ。お前の策、信じてみるぜ」


 スーッ。

 そこでようやくエンマがヒナタと共に入ってきた。


「何を楽しそうにしているんだ?」

「ま、色々とな。ほれダチア。お前がここに来たのは鉄だろ?」

「そうだ。エンマ殿、鉄を分けていただけませんでしょうか」


 それから話しは滞りなく終わり、ダチアは襲撃分の鉄をもらい受けることができるようになった。

 見返りは砂鉄と鋼で頼むと言われたので、これは何としてでも鉱脈を取り返さなければならなくなってしまったらしい。

 悪魔が弱すぎなければこの策は成功するだろうと踏んでいた日輪は、彼が持ってくる続報が楽しみだった。


 人間の援軍はまだ来ないはずなので、ダチアは今晩ここで一泊することになった。

 連絡もしたので帰りが遅くなっても問題ないとの事。


 その夜、ダチアを含めた鬼門の里の民たちは、燃え盛る炎を纏った鳥を見ることになったのだった。

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