10.43.昔話⑤ 燃える鳥
夜の鬼門の里は静かだ。
外から聞こえてくる木の葉が掠れる音が聞こえてくる程度である。
だが今日は、騒がしかった。
「おい!! 皆火事だ!! 起きろ起きろー!!」
一人の鬼が大声で鬼門の里を走り回っていた。
彼が指差す先では確かに火柱を上げて家屋が炎上しており、一早く気付いた者たちが消火活動に当たっている。
家屋同士はほとんど隣接しているので燃え広がりやすい。
だが鬼たちは家を壊して炎が広がるのを抑えるという方法は知らないため、水を汲んで思いっきりまき散らす。
それによって何とか周囲に被害は及んではいないが、火の手は勢いを増し続けている。
火が一切消えていないのだ。
このままでは他の建物に炎が燃え移ってしまう恐れがあった。
起きてきた鬼たちがバケツリレーで水を運んでいく。
だが桶が少ない。
何処にあるのかと探している間にも、炎は強まっていく。
そこで大量の水が浮遊し、家屋を包み込んだ。
水圧で骨組みが壊れないようにて加減しているようで、ゆっくりを火を消していく。
炎は大きな音を立てながら静まった。
周囲からは安堵の声と、感謝の言葉が飛び交っている。
「間に合ったか……」
「日輪様ありがとうございます! 助かりました!」
「よい。怪我人は?」
「気付いたのが早かったので怪我人はいません。ですが……」
「原因は分からん、か」
日輪の言葉に、鬼は小さく頷いた。
ここは武器庫であり、火が入ることは絶対にない場所だ。
夜は見張りもいるし、厳重に閉ざされているので誰かが入ったというのも考えにくいし、故意的に燃やしたとも思えなかった。
武器庫なので生活に直結するようなものが燃えなかったのは幸いだったが、原因が分からないとなると厄介だ。
すぐに見張りをしていた鬼に事情を聞いてみる。
「何か変わったことはあったか?」
「い、いえ、それが何も……。急に焦げ臭い匂いがして、振り向いてみたら屋根が燃えてたんです。急いで消火しようと鍵を開けている間に燃え広がってしまって……」
「そうか……。なんにせよ無事でよかった」
怪我人がいないのは良いことだ。
そのことにほっとしつつも、やはり原因を探したくなった。
これが分からなければ今後も同じことが起こるかもしれないからだ。
鬼たちが故意的に燃やすのも考えにくいし……となれば、外部からの敵襲だろうか。
屋根が燃えていたということは火矢の可能性もある。
そこで日輪は操り霞を展開する。
周囲にいる鬼たち、警備に当たっている鬼たち、そしてこちらに向かってきているダチアとヒナタらしき姿を確認した後、上空を飛ぶ鳥を発見した。
目を開けて上を見上げてみれば、上空に真っ赤に燃える鳥が飛んでいる。
ギッと睨みつけると、鳥は怯えた様にして炎を消し、森の中へと飛んでいってしまった。
「……なるほど」
「日輪様!」
「無事か!?」
「ああ、火は消した。……すまん、少し出る。ヒナタ、ここを頼む。ダチア、付いてきてくれ」
「俺でいいのか?」
「飛べる奴が欲しい」
「なんだそりゃ……」
妙な条件を付けてきたなと訝しみながらも、ダチアは走って里の外に出る日輪を追った。
意外と足が速いことに驚いたが、こちらは飛べるので問題はない。
向かう先は森の中だ。
この辺りは月明かりが届かないのでとても暗い。
しかし日輪は迷うことなく走り抜けた。
鬼門の里から少し離れた森の中で立ち止まると、日輪が声を上げる。
「出てこい」
「? 誰に言っているんだ?」
「下手人」
「げしゅ?」
「火事を起こした犯人のことだ」
そう聞いたダチアはようやく警戒し始める。
ダイスを握りしめて構えを取るが、敵らしき気配は一切見えない。
しばらくその状態が続いくがやはり誰も姿を現さなかった。
「……日輪?」
「上だ」
ボウッボウッ。
炎を体に纏っている鷲ほどの大きさの鳥が目の前に降りてきた。
現れたのが魔物ということで拍子抜けしてしまったが、炎の鳥が地面に降り立って気付くことがある。
地面が、燃えた。
次第に焦げていき、最後には溶けていく。
なんだこの炎はと驚いていると、くちばしを地面に突き刺してギャアギャアと鳴き始めた。
「ギャギャー!! ギャアアー!!」
「……」
「……え? おい、なんだこいつ」
「謝っているぞ」
「は!? 言葉が分かるのか!?」
「む? 聞こえんのか」
どう聞いても言葉には聞こえない。
日輪は魔物なので、魔物の言葉が分かるのかもしれないと勝手に解釈し、とりあえずここは任せることにした。
炎の鳥は日輪に向かって全力で謝っている。
『申し訳ねぇ!! 羽休めしようと思って丁度いい屋根に乗ったら燃やしちまった!!』
「……なぜお前は言葉を話せるんだ」
『あ、そりゃ同郷の人間だからだぜ。まぁ元日本人ってところか』
「日本?」
『あ? ……ああー……日ノ本? って言った方が良いのか?』
「それなら分かる」
『てめぇめっちゃ古い人間だないつの時代から来やがった!?』
何か妙なことを言っている。
何処が不自然だったのだろうか。
だがそれで燃える鳥は納得した部分があるらしく、力を抜いた。
すると一気に火柱が立ち、姿が見えなくなる。
それは一瞬のことであり、火柱が消えると一人の人間が出現した。
赤い髪を束ねて後ろに放り投げている好青年だ。
少し吊り上がった眼は気の強そうな人物だと印象付ける。
仏頂面をしているが、容姿は端麗だ。
服はみすぼらしく、奴隷が使うなものであった。
「うっす!」
「……」
「……日輪、斬っていいか」
「んっでだよ!? 言葉が分からねぇてめぇに合わせてやったんだろうが!」
「誰も頼んでいない」
「はー!? なんだお前! なんっだお前!」
「なぜそのような服を?」
「えぁ? ああ、これ。魔物だから人間の居る場所にも行けなくてな。魔物に襲われて死んだ奴隷の服を拝借したってところよ」
そう言って、鳥だった人物は見せびらかすようにみすぼらしい服を広げた。
こうでもしなければ服を貰えなかったのだ。
仕方のないことである。
すると、鳥だった人物が日輪の手を掴んで顔を寄せた。
「!?」
「なぁお前! 俺たちの同郷なんだろ!? ちょっと助けてくれよ!!」
「な、何をだ……」
「俺たち普通に生活に困っててよ……!! お前がいる所に住まわして欲しいんだ! 見てた限りお前結構顔が利くんだろう!? 口添えして仲間にしてくれよ! なぁ頼むぅーー!!」
「家屋を燃やした犯人をか……?」
「それについては全力で謝るし償うからさぁああああ!!」
こんなに懇願されると断り辛い。
ちらりとダチアの方を見てみると、肩を竦めて手を広げていた。
我関せずを決め込むつもりらしい。
とはいえ、このまま放置するとまた家屋を燃やされそうで怖い。
自分の手の届く範囲にとどめておいた方が利口かと考え、とりあえず引き剥がす。
「はぁ……分かった分かった。明日の朝もう一度来い……。夜だと面倒だ」
「あ、ありがてぇ!! あ、俺は奄華! んじゃ明日もう二人連れてくっから、宜しくな!!」
「「二人?」」
詳しく話を聞こうとして呼び止める前に、奄華は走り去ってしまった。
呼び止めようとして前に突き出した片手が、虚しく残る。
「……俺は知らんからな日輪」
「おい」
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