10.44.昔話⑥ 新しい仲間と知識


 翌朝、鬼門の里は新しく日輪が連れてきた人物を見て騒いでいた。

 明らかに人間の姿をしている三人ではあったが、全員が日輪と同じく魔物だというのだ。

 実際にその姿を見せてもらい、里の者たちからの信頼は何とか築くことができた。


 魔物の姿を見せることができて良かったと心底安心しながら、日輪は三人を一つの部屋に案内した。

 とりあえず彼らと話をしてみたかったのだ。


 奄華が連れてきたのは、同郷の者の二人。

 名前を漆混と泡瀬というらしい。

 漆混は漆黒に近い髪色をしていて、襟足だけを長く伸ばして尻尾髪の様にしている。

 目が細く、優しそうな表情をしているのではあるが、今は少し怯えている様だ。


 もう一人の泡瀬は女性であり、透き通った水色の髪をしている。

 ショートヘアは清潔感があり、顔だちも美しい。

 先ほどの挨拶では彼女は男の鬼たちから人気があったように思える。


 この三人は奄華とほとんど同じ時代から来たとの事。

 何のことを言っているのか分からなかったが、どうやら彼らは日輪が生きていた時よりはるか未来からここに来たらしいということが分かった。


「それは別にどうでもよい」

「俺たちが良くねぇんだけど……。ま、いいや! とにかく助かったぜ日輪! こんな和服まで用意してもらってさ!」

「お前はいいが、二人が可愛そうだからな。それに女子があのような召し物を着るのは心苦しい」

「あ、ありがとうございます……。ちょ、ちょっと漆混っ、あの人貫禄あって怖いんだけど!」

「ぼ、僕もです……」


 小声で何か話しているようだったが、特に気にしないでおいた。

 とりあえず喜んでいているようだったので良かったと思いつつ、詳しい話を聞くことにした。


「して、何故ここに?」

「いやー、なんか昔の日本っぽい所を見つけてここに仲間入りしようと画策してたんだよ!」

「それで家を燃やすか」

「「何してんの!?」」

「いや悪かったって!!」


 この事はとりあえず隠してある。

 話がややこしくなりそうだったからだ。

 ただ武器倉庫が燃えただけで済んだからよかったが、怪我人が出たら何か罰則を与えるところだ。

 とはいえ反省はしている様だし、こうして手元に置いておけば何かすることもないだろう。


 しかしこの三人の目的が安全な生活だったとは意外である。

 やはり元人間の日本人。

 原始的生活には慣れないのだろう。 


「あ、そうだそうだ。日輪は何の声なんだ?」

「声か。俺は天の声だが」

「へー、俺は空の声だ。こいつには結構助けられたなぁ」

「気味が悪い故使っておらん」

「そうなのか。……で、随分昔の人間だってのは知ってるけど、自分のこと俺とか他の人のことお前とか言ったりしてるけど、本当のところどうなの?」

「鬼たちの口調が移っただけだ。拙者やお主、という言葉はあまり馴染みがないようなのでな」

「合わせてんのか。なるほどねぇ~」

「え、日輪さんってお侍さんなんですか?」

「分からぬ。自分のことに関することを一切覚えておらんのだ」

「僕とおんなじですかぁ……」


 日輪と漆混は記憶がもとよりない。

 他二人は前世の自分のことをしっかり覚えているが、この世界を生き抜くのにはあまり意味がないようだ。

 実際記憶がなくても生きていけている。


 そんな話をしていると、襖が開けられた。

 巨漢の大鬼、エンマが入ってきたようだ。


 巨大の存在を間近で見て委縮した三人だったが、奄華だけは一瞬引いただけであとはいつも通りだった。

 なかなか肝が据わっている。


「エンマだ。よろしくな」

「奄華だ」

「漆混……です」

「あ、あわ泡瀬です……」

「そう怖がるな。別に取って食やしねぇからよ」

「その体躯だ。怖がるのも無理はないと思うが……」

「ああ、それもそうか。はっはっはっは」


 大殿が出てきてくれるのはありがたいが、ここはヒナタの方が良かった気がする。

 ダチアは作戦の準備をする為に帰ってしまったし、レンマはもっと怖がらせそうだ。

 エンゲツとヒスイは基本的に出てこない。

 適任者がいないなとぼやきながら、日輪は嘆息した。


「まぁなんだ。慣れてくれや。で、お前たち日輪と同郷の者なんだろ?」

「そうだが?」

「じゃあお前らの知識にも期待してるぜ。日輪のお陰で過ごしやすくなったからな! もっとここを住みやすくしてくれや!」

「で、できる事は限られますが……やってみます!」

「私も刺繡とかなら得意だけど……」

「やっべ、俺何もできねぇかも」

「まぁゆっくりでいい。まずは生活に慣れてもらわねぇとなぁ」


 顔や体つきは怖いものだが、エンマは心優しい鬼である。

 だが戦闘中の彼の姿はできれば見せたくないと、日輪は思ったのだった。


 これが、日輪たちが全員揃った時のお話である。

 奄華は罠や漁などで貢献し、漆混はなんと米を作ってしまったようだ。

 泡瀬は美しい着物を作って教え、鬼たちの生活がまた良くなった。


 罠や狩りの技術や知識、血抜きの方法などといった知識が増え、食卓には美味い肉が並ぶようになり、調理方法や燻製などの知識も相まって食糧事情……主に冬を越すための準備は完璧だった。

 米ができたことにより酒が作れるようになり、鬼たちは大層喜んで漆混を胴上げしていた。

 着物の素材、綿や麻になる植物を育てて着物を織る。

 機織機があったので、時間はかからなかったようだ。

 布で作ることができる手拭い、風呂敷などを作って鬼たちに手渡していた泡瀬は、男の鬼たちからやはり人気があった。


 三人が得意なことを見つけ、鬼門の里の発展に繋げてくれた。

 誰もが三人を認めていたように思える。

 楽しい生活だ。

 誰もが笑い、鬼らしく酒を飲み、美しい着物を着て、祭りを開く。

 そんなことができるようになるほど、ここでの生活は豊かになっていった。


 そして一ヵ月後、すっかり鬼門の里に三人が馴染んだ頃、ダチアが一人の悪魔を連れて、またここに戻って来たのだった。

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