10.45.昔話⑦ 謝礼


 奄華たちが鬼門の里に集まってから、一ヵ月後。

 久しぶりにダチアが立ち寄ってくれた。


 作戦は見事成功したらしく、魔道具袋に大量の鋼と砂鉄を入れて持って来てくれたのだ。

 鍛冶師はそれに大層喜び、早速日本刀を打ちにかかった。


 その時の話を聞きたいと、日輪とレンマがダチアに言うと、そのつもりで来たと言ってくれた。

 レンマの剣、鬼人舞踊を踊りにして再現しようとしている最中のことだったが、こっちの方が大切である。

 すぐに部屋へと案内して、全員が座る。

 今回同席しているのは、日輪、レンマ、ダチアと、アトラックという悪魔だ。


「初めましてだなぁ~。おいらはアトラック。魔神だ」

「マジン? とはなんだ?」

「悪魔の中で一番偉いお方だよ」


 にしてはけらけらしている。

 二回折れ曲がった角が生えており、目にはひどい隈があった。

 痩せすぎな体は弱弱しく感じられる。

 これが悪魔のリーダーであるとは、とても思えなかった。


「へっへへへ、まぁなんだ。君が策を練ってくれたんだろう? その礼をと思ってね」

「策を考えただけだ。それを実行に移したのはダチアなのだから、礼ならそっちに言ってくれ」

「謙虚だねぇ。ま、いいさ。ほらほらダチア。話してやんなよぉ~」

「分かりました」


 アトラックに急かされ、ダチアは実行した作戦をすべて話してくれた。


 人間の援軍はしっかりと物資を運んで鉱脈に接近していた。

 その情報を掴んだのは約三週間前。

 それからタイミングを見計らって、ダチアがゲートを開いて悪魔を強襲させた。

 もちろん鉱脈にいる人間がしっかりを見える場所でだ。

 大きなゲートなので見えないはずがない。


 多くの下級魔族と、少数の中級魔族で作戦を実行。

 燃やしたり、地面に埋めてしまったりと様々な方法で物資を破壊した。

 だが黙ってやられる人間ではない。

 すぐに魔法兵が上空にいる魔族を叩き落し始め、ついでに焦った鉱脈にいた人間軍が援軍として出動した。


 この段階で、第一の策を取るということが決定したのだ。

 待機していたダチアの精鋭部隊は、人間軍が完全に出動するのを待った。

 この時間がなんとも長く、タイミングを計り続けていたダチアも若干の焦りを覚えたが、何とか我慢したあと、突撃命令を下した。


 物資を破壊していた悪魔たちは三分の一がやられてしまったが、目標であった物資はほとんど破壊することができたらしい。

 そして鉱脈に突撃したダチアの精鋭部隊が食料を破壊しながら人間を蹂躙しまくった。

 土地勘があった彼らは鉱脈の中を縦横無尽に飛び回り、山が崩れないようにすべて接近戦で安全に敵を処理し続ける。


 リーダーと思われる人物を始末した後、ようやく撤退命令を下した。

 このままここに残っていても、帰ってきた敵にやられてしまうだけだ。

 今回の作戦は兵糧攻め。

 鉱脈に保存されていた食料を破壊し、輸送されてきた物資も破壊した。

 残り少ない食料は援軍としてやってきた人間と、生き残った鉱脈にいた人間を養うには不足しすぎている。


 あとは時間経過で勝利が確定するはずだ。

 撤退命令に背いた悪魔も数名いたようだが、彼らは既に死んでいるだろう。

 だが最後まで戦った彼らを責めることはしない。


 そして約一週間後……。

 食料がなくなり、飢えているであろうタイミングで強襲を仕掛けた。

 すると驚くほどあっさりと人間を殲滅することができたのだ。


 ほとんど抵抗もできなかったようで、酷く弱っていた。

 だがこれは戦争。

 そんなことに関係なく悪魔たちは鉱脈に残っていた人間を壊滅させた。

 一度だけ援軍が来たが、どうやら情報の共有を失敗したらしく、援軍と呼べる数の護衛が付いていなかった。


 大方、占拠している物だと思っていたのだろう。

 ちなみに情報の阻止も悪魔の仕事だったので、人間の国に報告をしに行く人間たちはしっかりと始末している。

 そのおかげで物資が潤沢となった。


 最近になってようやく人間も鉱脈のことの情報が入ったらしく、今回は悪魔の勝利ということでこの戦いは終わった。

 落ち着いたところで報酬をここに持ってきた、ということらしい。


「とまぁ、こんな感じだ。第二の策は取らなかったが、そのおかげで敵に大打撃を与えることができた。鉱脈も取り返し、今はロックワームを周辺に住まわせて防衛としているぞ」

「よくもまぁそこまで上手くいったもんだなぁ! いやぁー、聞いているだけで気持ちがいいぜ」

「そうだな。今後は定期的に人間の情勢を調べるといいだろう。敵が攻めて来ると分かれば、対処も容易い」

「ああ。そうしよう」


 襖が開いた。

 ヒナタがお茶を持ってきてくれたようだ。

 全員の前に置いてくれる。


「楽しそうですね」

「そりゃそうだぜ。やっぱ戦いの話は盛り上がるなぁ~!」

「俺は策がここまで上手くいったことに今でも驚いているがな。第一の策が決定した時は緊張したぞ……」

「ダチアも緊張するのか」

「そりゃな」

「へへへ、おいらに比べたらまだまだガキンチョだからね~」

「アトラック様……」


 お茶を飲みながら茶化すように言ったアトラックの言葉に、全員が笑った。

 そこで思い立ったようにレンマが立ち上がり、ダダダダッと走って外へと出ていく。

 なんだなんだと思っているとすぐに酒樽を抱えて戻ってきた。


「はっはぁ! 漆混の奴が神酒を作ってくれたんだった! 勝利の祝い酒としゃれ込もうじゃねぇか!」

「「酒が飲みたいだけだろ」」

「レンマ! こら!!」

「いいじゃねぇかよぉ~~!!」


 数名はあまりいい反応を示さなかったが、アトラックは乗り気だったらしい。

 ぐぐっと茶をすべて飲んで、それに酒を注ぐようにてレンマに差し出した。


「いいねぇいいねぇ。あっちじゃいろいろあって勝鬨なんて上げられなかったからなぁ。ここで祝ってもばちは当たらねぇ」

「おっ! さっすが悪魔の統領! 分かってんじゃねぇか!」

「ルリムコオス様に怒られますよ……?」

「そんときゃそん時だ! へはははは!」

「報酬を届けるだけのつもりだったのだがな……」


 まぁいいか、と妥協してしまったダチアも、その酒を頂くことにした。

 やれやれと言った様子で日輪も茶をすべて飲み干し、レンマに酒を注ぐようにと湯飲みを手渡す。


 ニシシと満足そうに笑ったレンマは、すぐに酒を注いでいった。

 自分の湯飲みにも酒を注ぎ、胡坐をかいて湯飲みを掲げる。


「ヒナタは?」

「私だけ飲まないのもあれじゃないですか、まったく……」


 同じ様に茶を飲み干し、自分で酒を注ぐ。

 そして掲げた。


 全員が酒を掲げたことを確認した後、レンマが床を叩いて音を鳴らす。


「では!」

「「我々もあやかってもよいか?」」

「ぬぉおおお!? びっくりしたなぁおい!! 普通に来いやエンゲツ! シスイ!」


 腰に短剣を二振り携えている青色の二本角を持った女の鬼、シスイ。

 忍びと呼ぶにふさわしい格好をしており、額には額当てがしてある。

 灰色の髪は戦闘の邪魔にならないように短くされていた。

 角を通すための穴が開いている大きめのフードを被っており、スカーフを首元に巻いているので顔は見にくい。


 背に直刀を、腕に熊手を、足に鎖を巻いている男の鬼、エンゲツ。

 武器を体中に仕込んでいる彼は珍しい緑色の一本角であり、黒い髪は長く後ろで束ねられていた。

 口元を布で完全に隠しているので表情はあまり読み取れないが、目は鋭く光っている。

 若干筋肉質で顔も少しだけ角ばっているようだ。


 初めてその姿を見た日輪は、少し興味を持ってしまう。

 二人とも強そうだったからだ。


「っていうかお前らも酒が飲みたいだけだろ」

「本能に忠実なのは良き事なり。では」

「ま、いいけどな。多い方がいいだろうし!」


 二人も酒を注ぎ、胡坐をかいて掲げる。

 これで全員だなと再確認した後、ようやっとレンマが声を上げた。


「よし! では……悪魔の勝利に!」

『乾杯!』





 外で漆間が額の汗を拭いながら、整えた田んぼを眺めていた。

 土系技能を扱うことに長けているので、これくらいは楽な仕事だ。

 とはいえ畑仕事というのは疲れる。


 これで稲を育てる準備はできただろうか?

 他にも野菜を育てるための畑の土壌をよくしてあげた方がよさそうだが、今は水路をもう少し整備しないといけなさそうだ。

 ここは川より高い場所にあるらしいので、一度水を持ち上げて流すための水路を作らなければならないだろう。

 となると水車が必要だろうか?


「ん~、こげなんかんがえりょーんはたのしかなぁ」


 田舎育ちで祖父とよく畑仕事をしていたことがある。

 その知識がこんなところで役に立っているというのが何だか誇らしい。

 だが方言を隠すのは少し大変だ。

 次第に慣れてきたところではあるが、やっぱりこの喋り方が楽である。


 独り言でも方言を時々出しておかないと息が詰まりそうだ。

 畑の周りでは人もまばらけなので聞かれることもないだろう。


「だらば、さっさ水車ん設計しょうかえなぁ」

「なんてー?」

「うわああああっ!!?」


 不気味な笑顔をこちらに向けているアトラックが、いつの間にか後ろにいた。

 急に声を掛けられてひどく驚いてしまい、畑の中に転がり落ちてしまう。

 が、泥だらけになる前にアトラックが掬い上げてあぜ道へと放り投げた。


「なにしてんだぁ、どんくせぇ」

「わっわわわっ! あ、悪魔!? に、日輪さんと一緒にいるはずじゃ……!?」

「心配すんない。技能だから問題ねぇ。それより」


 ずいっと顔をこちらに寄せてくる。

 楽しそうな顔をして好奇心に満ちた瞳を覗かせていた。


「今の喋り方、ありゃなんだ?」

「い、いやや、別に大したものでは……」

「そうけちけちせず教えてくれよぉ。へっへっへ、お前面白そうな奴だな。さ、聞かせてくれるまで離さねぇぜ!」

「ひぇ~~」


 妙なのに目を付けられてしまった、と漆間は心底方言を口にしてしまったことを後悔したのだった。

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