10.46.昔話⑧ 激痛
酒盛りから二日後。
住みやすくなった鬼門の里はダチアとアトラックにとっては居心地の良い場所だったようで、暫くここでゆっくりすることになったらしい。
戦いも終わってのんびりできる時間が増えたからできることだ。
いつ戦いが起こるか分からないので、休める時に休もうと考えたらしい。
その辺に関しては彼らの判断で問題はないと思うので、こちら側が何か指摘する必要はないだろう。
奄華たちが来てまた少し変わった里を散策しながら、鬼たちとの会話を弾ませる。
初めてこの里に来たアトラックは非常に楽しそうにしていた。
最古参の魔族であるが、こういう発展を見るのが一番好きなのだとか。
「ほぇ~。よく考えてるなぁ~」
「でも気をつけてくれよ? とらばさみって危ないんだ」
「確かになぁ~」
奄華の作った罠を興味深そうに見ているアトラック。
危ないと言われてもツンツンとつつく辺り、あまり気にしてはいなさそうである。
その近場では、田んぼに足を沈ませて土と苗の状態をチェックしている漆混の姿があった。
こっちはダチアが興味を示しているようで、話を聞いている。
「これが酒の材料になるのか?」
「炊くと美味しいご飯になりますよ」
「の、飲み物にもなり……食料にもなるのか……!」
「はい。他にも野菜とかがあればいいんですけどね~……この辺にはなさそうです」
「お前の知識は皆を助けるものなのだな」
「そ、そんな大層な物じゃないですよ……」
土壌改変などを持っている漆混。
これを使えば最適な土を作り出すことができる。
育てる野菜に応じて土の性質を調整してやれば、大量に収穫することが可能だ。
水の調整だけは自力でしなければならないが。
技能とはとても便利ものである。
だからこそ、不思議だった。
「ダチアさんは、技能についてなにか思うところはありませんか?」
「技能? 俺の技能はダイスの出目によって身体能力や技の強さが上昇する技能だが……。別に思う事などないぞ。ただ生きるために必要な武器だというくらいだな」
「そうですかぁ。僕は怖いですね」
「怖い?」
「こんな小さな僕が、まるで神様みたいな力を使っているんですから……そりゃ怖いですよ」
そんなことは今まで考えたこともなかった。
だが言われて考えてみても、やはり答えは変わらない。
生きるために必要な力であり、守るために必要な武器である。
それ以上でも以下でもない。
日輪の同郷の者は妙なことを考えるものだ。
それが悪いとは言わないが、そこまで考えると息が詰まりそうである。
自分にはできそうにないなと思いながら、しっかりと根付いている苗を見た。
「これはあとどれくらいで収穫ができるのだ?」
「大体五ヵ月後ですね」
「長いな。酒は?」
「ん~、自生していた米はすべてお酒に使っちゃいましたから、これが収穫できない限りは作れないです。もう少し田んぼを広げないとこれ以上の収穫は見込めませんね。でも鬼さんたちに無理をさせるわけにもいきませんし」
「子供たちを使ったらどうだ? 小さい頃からやらせていれば、世話の仕方も自然と覚えるだろう」
「そうですね……。今度エンマさんと親御さんに聞いてみます」
しっかりしている。
これだけ貢献している漆混であれば、子供たちを勝手に使っても誰も何も言わないだろうにと思ったが、これが漆混なのだ。
馬鹿真面目、という言葉が似合う。
一人で田を作り、一人で水路を作ったのだ。
誰の力も借りずにそこまでできたのも、技能のお陰だろう。
ほぼ一日で作ったと里の鬼たちが噂していた。
普通は数十人で何日もかけて作る畑や水路をこれだけ早く作ることができたからこそ、技能に疑問を持ったのかもしれない。
「あ、蛙……キッモ!!」
「ベルフロッグだ。毒があるから気をつけろ」
「ぎゃああああ!」
目玉が異常にデカい蛙を見て逃げ出す漆混。
こういうところは年相応らしい。
「ああああああああああ!!!!」
「「!!?」」
突然、女性の叫び声が聞こえた。
尋常ではないその声には聞き覚えがある。
「泡瀬さん!?」
「行くぞ漆混!」
「はいっ!!」
二人は走り、声の聞こえた場所へと向かう。
そこは機織り場であり、中に入ってみると苦しそうに身をよじっている泡瀬の姿があった。
近くで仕事をしていた女の鬼たちが心配そうにしているが、彼女たちは医者ではない。
どうしたらいいのか分からず右往左往しているようだ。
すぐに漆混が駆けつけ、手を取って脈を測る。
顔を抑えて片目を開けるが、すぐに暴れてもがき苦しんでしまう。
「どうした!? おい! 何があった!!」
「泡瀬さん!! どうしたんですか!? 聞こえますか!?」
「ああがあがああ……うごぁ……ギ……」
「漆混! これは!?」
「すいません、僕では分かりません! でもできる事はやります! 『ハイヒール』」
技能を使用して回復させる。
だがそれでも痛みは治まらないようで、次第に泡瀬の意識が遠のいていく。
カクリと脱力した泡瀬にその場にいた誰もが驚いたが、再び脈を取った漆混は少しだけ安心したように頷いた。
「大丈夫です。痛みで気絶しただけです」
「そ、そうか……よか──」
泡瀬の体から、青色の球体が出現した。
「……なんだ、これは……」
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