10.47.昔話⑨ 陸の声


 ふよふよと浮かび上がった青色の球体が外へと出ていく。

 それを見て血相を変えた漆混が、再び泡瀬の脈を測った。

 手に伝わる血管が脈打つ感触を捉え、少しだけ安心する。


「び、びっくりした……魂かと思った……」

「大丈夫なんだな? とりあえずあれを追うぞ。すまない、泡瀬を頼む」


 ダチアは周囲にいた鬼たちに泡瀬を預け、すぐに外へと飛び出した。

 青い球体は未だに宙を彷徨っており、なんだか楽し気にふらふらとしている。


 そこで、妙な気配が流れてきた。

 嫌悪するような悪意。

 どうしてそんなものがあの球体から感じるのかは分からないが、やばいものだということはすぐに理解することができた。


 青い球体が変形する。

 ぐにぐにと気味悪くうごめき、人の体を成した。

 脱力していたが、すぐに背をしゃんと伸ばして上体を起こす。


 妙な服装だ。

 黒を基調とした服であり、短いタオルのようなものが肩に掛けられている。

 どうやら下の服に縫い付けられているので取れることはないようだ。

 少し多すぎるボタンが前で止められており、腰は少し大きめの布で絞られている。


「……牧師?」

「なんだそれは」

「き、キリスト教のプロテスタントの教職者です。信徒の指導や監督をする人を指します」

「何を言っているのだ? 理解ができんが……」

「あー、要するに……神様の教えを説く一人……? かなぁ……?」

「……悪いが、そんな風には見えないな」


 歪んだ笑みを浮かべるその存在は、心底楽しそうに大声で笑っていた。

 とても漆混が言うような人物には見えない。


 むしろ、邪悪な存在だ。


「上々!! ふあはははははは!!」

「……敵か?」

「分かりません……。でも泡瀬さんから出てきたとなると……これは……」

「とはいえ味方とは思えん」


 判断材料が少なすぎる。

 だがしかし、大笑いをしている姿を見れば敵だろうということはなんとなくわかる。

 そしてダチアの本能が叫んでいるのだ。

 あれは危険だと。


 とりあえず武器を構えて警戒する。

 だが漆混に止められた。

 あんな危険そうな奴を野放しにしておくわけにはいかないと思ったが、どうやら漆混は敵対の意思があるかどうかを確認したかったらしい。

 前に出て、大声で問う。


「貴方は誰ですか!!」

「わしか!? わしは陸の声……! この世に罰を与える神の一人よ!!」

「……罰? いやそれよりも……なんで貴方が泡瀬さんから出てきたんですか!?」

「お前には地の声という技能があるだろう……? あの女にはわしが入っていたのだ。顕現するための依り代としてな!!」

「……なにをするつもりなんですか」

「言っただろう? この世に、罰を与える」


 突如、遠くの方から悲鳴が聞こえてきた。

 鬼たちが戦っている音も聞こえてくる。

 そして、奇声も耳に入ってきた。


「こ、これは……!」

「魔獣だ! ……貴様の仕業か!?」

「そうだわしだ! はははは! お前たち四人は静かに暮らしてくれた! わしらに何の疑念も持たず、復活の邪魔もせず!! 人間との交流を持たなかったのはありがたかった! あいつらの場所に魔力だまりを仕込んで復活の魔力としたが、丁度良かったようだな! ふあはははは!!」

「何を言っているんだアイツは……!」

「そういうことですか」

「分かったのか?」

「はい」


 そこでようやく漆混は戦闘の構えを取った。

 一度も戦っている姿を見たことはなかったが、構えだけ見て中々の使い手だということが分かる。

 自分が隣にいることで邪魔をしてしまうかもしれないと思ったほどだ。


 大きく吸った息を吐いた後、気付いたことを教えてくれた。


「あの存在ですが、まぁざっくり言うと邪神でしょう。復活するために必要な魔力を人間の住んでいるところに溜め込み、それを使って顕現したのだと思います」

「なぜ泡瀬に憑りつく必要があったんだ」

「この世界に干渉するのが目的かと。これだけ時間をかけて顕現したということは、何かしらの制約があったのかもしれません。詳しくは分かりませんが」

「聞けば吐いてくれそうではあるがな」

「ですが時間をかけている暇はないですよ」

「だな。……じゃ、敵ということでいいか」

「もう襲って来てますからね」

「「……よし」」


 ダチアが下段に長剣を構え、漆混がメリケンサックと取り出して握り込んだ。

 同時に走り出し、ダチアが漆混を掴んで投げ飛ばす。


 グッと拳に力を入れて狙いを定めたが、突然地面から巨大な魔物が出現して行く手を阻む。

 だがそんなのはお構いなしだ。

 そのまま拳を繰り出した。


「『真空爆拳』」


 技能を発動する寸前に、長い板状の空圧結界を四枚作り出し、それで陸の声を囲ってしまった。

 半透明の大砲の筒のようなものなので、これで周辺への被害は軽減される。

 そのあと、全力を籠めて技能を使用した。


 チュンッ──ドォオオオン!!!!

 轟音が響き渡る。

 爆風は空圧結界によって防がれたが、音だけはそうもいかない。

 周囲に流れる爆音は家を揺らす。

 地面までもが揺れ、それは攻撃の強力さを誇示していた。


「やるな」


 自分の攻撃力の高さを考慮し、攻撃する前に防御技能で囲ってしまう。

 あれがなければこの辺は吹き飛んでいたはずだ。

 とんでもなく強大な力を持っていたのだなと、少しだけ呆れる。

 しかし味方なので、心強いことこの上ない。


「あ、助けてくださーい」

「……自分が吹き飛んでどうする」

「はははは……」


 漆混が地面にめり込んでいた。

 空中で使用したということもあって、自分の攻撃で吹き飛んでしまったらしい。

 ずいぶんめり込んでいるが大丈夫なのだろうかと思いながら、手を貸して引っ張り上げる。


 パンパンと土を払ったあと、再び上を見上げた。

 未だに空圧結界が展開してあり、その中は黒煙で埋め尽くされている。

 これでは倒したかどうか分からないが……これで倒せていなかったら問題だ。


 しかし、そう簡単にはいかなかったらしい。

 バギンッと空圧結界が破壊される。

 それはすぐに消滅してしまい、中で燻っていた黒煙が風に乗って払われていく。


「けっほけほけほ。酷いことをするのぉ」

「!? うっそ! あれでやられてないって……!」

「タフ……とかそういう次元ではなさそうだな」


 煙を手で払う陸の声。

 傷一つないその姿を見て、二人は驚くしかなかった。


「漆混……。時間を稼げ」

「それでどうにかなりますか……?」

「俺たちだけでは無理だ。援軍を待つ。それまでなんとか時間を稼げ」

「……やってみますよ」


 漆混は一度深呼吸をして、陸の声を睨みながら問いかけた。


「目的は何なんですか」

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