10.59.待たせた


 地面が唸ると同時に魔物が地面から噴出した。

 どれもが大型で多種多様だ。

 大きな鎌を持っていたり、口から岩を吐いたり、翼を生やして巨大な牙で襲い掛かったりして、悪魔軍を疲弊させていく。

 既に数は少なくなっているのだが、残っているのはどれもが強大な力を持っているので、仕留めるのに時間が掛かる。

 加えて中級悪魔のみで編成された部隊を指揮しているため、連携は元より機動力もずば抜けていた。


 とはいえ長期戦は苦手とする悪魔は、何とか空中を飛んで地上にいる魔物の攻撃を回避していた。

 空を飛んでくる魔物だけに集中しているため、今のところは被害を抑え続けている。

 いや、押さえなければ確実に死んでしまう。


 地上は既に魔物の群れが跋扈しており、負傷して落下しただけでも即死する。

 実際に数名の悪魔は魔物に襲われて共に落下した。

 餌が降って来たと喜ぶ魔物は一斉にそちらへと駆け寄って口を開く。

 それを見た悪魔兵士たちの士気は下がり、次第にひ弱になっていった。


「ウワアン! イーグルゥー!!」

「くっそぉ……!! ヤーキ! ケラケは!?」

「モウゼンブ、タベラレタヨォ!」

「全部!? 身内反転は!?」

「ヤッタヨ……。デモ、イミナカッタァー! テキ、ヘラナァイ! ウワア!?」

「チィ!!」


 大声で会話をしていると、飛行する魔物が二人の間に割って入ってきた。

 すぐに回避し、イーグルが持っていた剣で斬り捌く。

 二人は下級悪魔だが、自身の能力と他者の能力を強化させることができるイーグルが何とか味方の能力を上昇させ、この戦いに貢献していた。

 彼がいなければすぐにでも魔物軍は悪魔軍を平らげている事だろう。


 ヤーキの力も上昇させ、一匹のケラケを捕食しただけで絶命させるだけの攻撃を繰り出せるようになった。

 しかし、既にケラケは全滅し、身内反転をするだけの条件はもう揃わない。

 あとは自分の力だけで何とかするしかなかった。

 ヤーキの能力はカウンター系技能。

 自身にダメージが入ってようやく効果を発揮するのではあるが、敵の数が多すぎては使うに使えない。

 個人戦には優位に立てるが、団体戦にはてんで弱いのだ。

 それを補うためのケラケ軍ではあったが、既に全滅している。

 これ以上の攻撃は、ヤーキにはできなかった。


 グルンッと目が回って黒くなる。

 裏の人格が出てきた。


「ヤーキ! 僕はもう駄目だ!」

「そうみたいだな! ダロスライナ様も死んだし、アブスとは離れてしまった……」

「魔力だまりを発見できるダロスライナは、声にとって邪魔だっただろうからね! そりゃ速攻で殺しに来るさ!」

「で!? 何か策はあるかな!?」

「ある訳ないだろこんな混戦状態で! 自分の身をっ! 守るのでっ! 精一杯だっ!!」


 次々に襲い掛かってくる魔物を何とか捌いて落下させる。

 もう同じことを何度やったのか分からない。

 繰り返している内に慣れてくるが、敵が襲い掛かってくる方向は一つではないし、攻撃してくる部位も牙だけではない。

 判断が少しでも遅れれば、素の力が弱い下級悪魔のイーグルはすぐにでも堕とされてしまうだろう。


 ヤーキは体が小さく、技能以外の攻撃手段を持たない。

 なので今現在、いるだけで邪魔な存在になってしまっている。

 さっさと逃げたいところではあるが、自分だけでは逃げられないのが現状だ。


「ヤーキ後ろ!!」

「おわわっ!!」

「おい裏! 絶対攻撃を喰らうんじゃねぇぞ!!」

「そんなつもりはないんだけどね! 魔力がそろそろ……」

「え!? お前今っ!?」

「ごめんなァア──ァアァァア……アディ?」


 表の人格が出てきたヤーキは、目をパチクリさせて周囲を見渡す。

 裏の人格は表の人格が見ているところを見ることができるが、表の人格はそうではない。

 なので、現状把握に一瞬のラグが発生する。


「ギャギャアアアアッ!!」

「ワーー!!」

「ヤーキ!!」


 ガッ!!

 牙攻撃を何とか回避したヤーキではあったが、その後に続いて来る翼に足がぶつかり、体勢を崩してしまった。

 飛行中に体勢が崩れると、立て直すのが困難になる。

 ヤーキは翼をバタバタと動かしながら落下していった。


 下には魔物の軍勢。

 既に落ちて来ていることを確認して牙を向けている。

 早く喰らいたいと口を動かし、体を上へと持ち上げた。


 それを見たヤーキは恐怖し、何とか体勢を立て直そうと再び翼を動かす。

 だが慌てているために中々上手くいかない。

 翼が風を捉えてくれないのだ。


「ワ、ワ、ワアアアア!!」

「ヤーーキ!!」


 近づく地面に恐怖し、体を縮こませる。

 手を伸ばしたヤーキも他の魔物に襲われてすぐ助けに向かえなかった。

 もう、間に合わない。


 そこで体が浮遊した。

 想像以上に優しい感触に逆に驚いてしまう。

 魔物の上にぶつかったのではないだろうかと思い、すぐに目を開けて状況を確認した。

 すぐに動けば助かるかもしれないと思ったからだ。


 だが、それは杞憂に終わる。


「待たせた」

「ダチアサマーー!!」


 ギリギリ間に合ったと、ダチアはほっと胸をなでおろした。

 片手でヤーキを抱いたまま、近くに寄ってきていた魔物を一撃で切り伏せる。


 そこで周囲を見た。

 誰もが自分のことで精一杯になっており、連携もクソもない陣形だ。

 同士討ちになっていないのは奇跡に近いだろう。

 すぐに声を張り上げ、指揮を執る。


「第四飛行陣形!!!! 上級先陣、下級中堅、中級後方にて防衛!!!!」


 ビリビリとする圧が周囲に広がる。

 魔将、ダチアの指揮はそれほどにまで良く響いた。


 すぐに行動に移った中級悪魔たちは、第四飛行陣形を取る為にダチアの元へと集合した。

 四つの部隊に別れ、V字を段々に作るようにして陣形を調える。

 ダチアの出現に驚いている者たちも多かったが、今はこの戦いを乗り切らなければならない。


「第一陣、二陣は前線を維持! 第三陣は高所を取れ! 第四陣は後ろを任せる!! 一陣、二陣は俺に続け!!」

『『はっ!!』』

「ヤーキ!! 全体強化!!」

「は、はいっ!!」


 指示を出されてすぐに手を打ち鳴らす。

 その音を聞いた者の能力が向上した。


「『音響強化』!」


 手を打ち鳴らすごとに、力が増していく。

 魔力を籠めてから手を叩くので少し集中しなければならないが、第四陣がヤーキを守るようにして待機しているので何も気にせず技能に集中できる。

 五回手を打ち鳴らしたところで、今度はダチアがダイスを地面に向かって投げた。


 魔物が蔓延っているので何時で目が出るか分からないかと思われたが、ダイスは弾丸の様に飛んで魔物を貫通した。

 地面に突き刺さった二十面ダイスの出目は「4」だ。


「上々!」


 ブンッと長剣を振り抜いた。

 すると、地面にいる数十という魔物の体が両断される。

 鮮血が飛び散り、地面に血の池が出来上がった。


 これが、攻める合図であった。

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