8.36.意味なき戦争
その本は随分と古いようではあるが、読めないことはない。
奇妙な文字が羅列している。
しかし俺たちは文字を書けないにしろ読むことはできた。
それが、どの様な文字であったとしても。
「応錬様、その本に書かれている文字が読めるのですか?」
「ん? ああ」
「……それ、古代文字ですよ」
「へ?」
まぁじで?
……鳳炎も俺と同じ様に書くことはできなくても、読むことはできる。
であればこれを選んだ意味が良く分からない。
内容を見ていれば何か伝えて来ただろうし……。
……こいつ、読んでなかったな?
どうして購入したんだこんな本……。
まぁいいや。
とりあえず中身を見てみよう。
それには初めに、このようなことが書かれてあった。
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意味なき戦争
著者 グリモア・ディンナー
発行日
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「……定楼六百年?」
「今から五百年前のお話です……ね」
「五百年前って言ったら……初代白蛇の日輪がいた時の話じゃないか!」
「あっ!」
よくこれ程にまで長い時間、風化せずに残っていたものだ。
ページも破けておらず、汚れも少ない。
そういう保護魔法などがあったりするのだろうか?
だが今はそれよりも内容だ。
俺はその本に喰らいつくように読み進めていく。
本自体は四十ページほどの短いものだ。
内容は本の題名通り、戦争にまつわるものだった。
当時、激しい戦争が行われていた。
人間と、悪魔と鬼との連合軍との戦い。
五百年前の話ということもあり、当時の地図は使い物にならないが、前鬼の里は昔から点在している場所であった。
舞台は、前鬼の里からサレッタナ王国での間だ。
小さな城が何個もあり、鬼と悪魔は共に人間の所有する城を落としていった。
人間側も当時は強者が多く、戦況をひっくり返したり返されたりを繰り返していたようだが、結果としては悪魔と鬼の連合軍が勝利し、人間は負けていた。
だがここで、妙なことが書かれていることに気が付いた。
それは、誰もその戦争が起きた理由を知らないというもの。
種族間に何かあったと考えるのが普通ではあるが、そういったことも記載されていない。
この本を書いた著者がそう言っているのだ。
まとめると、これは五百年前の戦争を記したとても短い文献であり、大きな戦争があったにもかかわらず、誰もその戦争の意味を理解していないという奇妙なお話。
意味なき戦争という題名には、理由もなしに起こってしまった果てしなく意味のない戦いがあったということに起因するものだったのだろう。
「……記憶を消したって、戦争をしていた理由すらも消したんかい……」
鬼だけの話ではなかった。
この世界全体の人間や鬼の記憶を消していたんだ。
「あれっ? おい、じゃあ何で悪魔は記憶を残しているんだ?」
「……私たちは、消されなかったのです」
「……なるほど」
消したくない理由があったか。
でもそれは言えないんだろうな。
悪魔たちは日輪たちと何か関係を持っていたことは間違いない。
それが今回の悪魔たちの行動に何か関係している可能性もある。
だがこれ以上の情報は、悪魔からも手に入れることはできないだろう。
「ルリムコオス。もうお前が話せることは、ないな」
「はい……」
「未知の敵を探すのは難しい。どこにいけば情報が手に入るか分かるか?」
「……手に入る場所は、ありません……」
「ない……?」
ないってことはないだろう……。
存在する敵なんだから、ないというのはおかしな話だ。
まぁ今のところ、確かにそういう情報は欠片もないんだけどな……。
「応錬様、とりあえず一度バミル領へ帰りましょう。鳳炎殿の記憶を戻すために動けば、何か見つかるかもしれません」
「そうだな。こいつの記憶が戻ればいろいろ分かる」
「ええ……?」
「では、お送りいたします……。よろしいですか?」
ルリムコオスはそう言って、涙をぬぐった。
だが少し待ってほしい。
「最後に、少し試させてくれ。『清め浄化』」
これはアレナに掛けられていた呪いを解呪したものだ。
呪いだというのであれば、この清め浄化で何とかできると思ったのである。
だが……。
パチンッ。
何かに弾かれた。
何が起こったのか俺はよく分からなかったのだが、ルリムコオスは残念そうに首を横に振る。
「無理ですよ。私の破壊ですら、意味がなかったのですから」
「……高度な呪いであればあるほど、解呪は難しくなるだったな……。これができる奴を探せばあるいは、ってところか。時間をとらせたな。皆、いいか?」
俺の問いに、四人は小さく頷いた。
全員の賛同を得た後、彼女は指を軽く振って技能を使用する。
「また、お会いしましょう」
その言葉を最後に、俺たちはバミル領の門前に飛ばされた。
あの場所からここまでの移動を破壊したのだ。
本当に無茶苦茶な技能だと思いつつ、俺たちはバミル領に戻って来たのだった。
◆
応錬たちが帰った後のこと。
ルリムコオスのいる家の上空に、二つの影があった。
白い綺麗な翼を生やし、頭には黄色く発光している輪っかが浮いている。
それは天使だと形容するにふさわしい姿をしていた。
「これ以上の改ざん、無理。もう、できない」
「了解。帰るよ」
短い会話を終えた二人は、光の粒子となって何処かへ消えてしまったのだった。
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