8.35.反発
鳳炎の発言に、誰もが疑問の言葉を口にする。
あれほどまでの衝撃を彼に与えたものを、そうそう忘れるなどあるはずがない。
「何言ってんだお前……。何かに気付いたんだろう?」
「何って……なににさ」
「悪魔は敵じゃないって、言ってたんだぞ? 他にも何か分かったんだろう? 目的とか、本当の敵とか」
「ごめん、何言ってるか全く分からない……」
「……待て、鳳炎。アトラックって知ってるか?」
「誰それ」
「!!?」
記憶が……消されている!!?
どういうことだ!?
「ルリムコオス!!」
「わわ、わ、私では、ありません! こ、これは……これは……!!」
「落ち着け! お前でないことは分かっている! さっきの震えと何か関係しているかもしれん!」
なんだ、あの一瞬で何が起こった。
俺らに何かを伝えたいルリムコオスが、記憶を消すなどするわけがない。
彼女が鳳炎にしたのは、精神を落ち着かせることと震えを止める事だろう。
あの時鳳炎はまだ何かを知っていた。
だが症状が治ったところで、記憶が消えている。
今の状況であればルリムコオスが何かしたと考えるのが普通だが、それは先ほども言ったが絶対にないことだ。
「リゼ! 何か感じなかったか!?」
「何も感じなかったわよ!」
「アレナは!?」
「ごめんなさい、私も何も……」
近くにいた者でさえ何が起こったのか分からなかったのか……。
こいつ、今何処までの記憶が消えているんだ!?
「鳳炎! バミル領で何があったか覚えているか!」
「バミル領って何処?」
「ッ! ……サレッタナ王国の襲撃を覚えているか!?」
「当たり前だよ!」
「その間……! 前鬼の里のことは!」
「悪鬼が攻めて来て姫様助けに行ったじゃん。何と戦ったかは知らないけど」
「ライキの能力でなんか消えてんな……」
その辺は俺も覚えていない。
だが前鬼の里でのことを覚えているということは、悪魔との事も覚えているはずだ。
その間……その間……。
俺が魔物に戻った時の情報を覚えているかどうか……。
うぐっ、そうかこいつアトラックの事覚えていないんだ!
ということはレクアムの研究室での情報がすべて消えた!
魔水晶のことだけは俺も覚えているが……。
俺と鳳炎はあの時ほとんど別行動だった。
情報を多く回収したサレッタナ王国での鳳炎の記憶が飛んでいることは非常にマズい!!
何処まで覚えているかしっかり聞かなければ……。
「サレッタナ王国で集めた情報は!?」
「え、イルーザだっけ? その人のところに行って情報が集まらなかったから諦めて帰ったけど……」
「そこまでか……! くっそ!」
消えた……悪魔との会話全てが!
なんだ、何がトリガーだったんだ!
こいつは一体何に気が付いていたんだよ!!
振りだし以前の問題だ!
というかこいつの記憶は今どうやって繋がっているんだ?
「鳳炎! イルーザのところから出た後の話を教えてくれ!」
「う、うん。人の姿に戻った応錬が、ここのことを教えてくれたんじゃないか。それで来たんだよ?」
「……ここでの会話は覚えているか?」
「ごめん、僕寝てたから」
「ッ!!」
都合が良すぎることに気付けよ鳳炎!
つっても記憶消されているから無理か……。
「お、応錬様……」
「……なんだ」
「ルリムコオス殿が……」
次から次に何だと思って見てみれば、ルリムコオスの顔から笑顔が完全に欠き消えていた。
その顔は悔しさと憎悪に満ち溢れた表情をしており、その容姿には全く似合わないものだ。
顔を強く両手で押さえつけながら、目を大きく見開いて歯を食いしばっている。
尋常でないその様子に、ウチカゲは引いていた。
そのため気が付いていても声をかけるのが遅くなってしまったのだ。
「アイツ……! あいつだぁ……!! あいつらだ! 遅かった、もっと早く……もっと早く治して差し上げれば……!! こんな事にはぁ……!!」
「誰だ、そいつは」
「フー、フー……! イエ、言えま、せん……!!!!」
「分かった」
俺はこれで確信することができた。
悪魔ではない違う敵がいる。
本当に戦うべき相手が、この世界の何処かにいることに。
先ほどの鳳炎の震え。
何かに反発しているようだったが、まさにその通りだった。
鳳炎はあの時耐えていたのだ。
自分の中の記憶が掻き回されていることに気付き、必死で俺たちに気付いたことを教えようとしてくれていた。
それに気が付けなかった……。
すまん、鳳炎……。
「お願いです、皆様……! フー、次の……! 次の悪魔たちの行動を……止めないでください……!!」
「……状況次第だ」
「フー……お願い、します……! 気が付けなかった……! 鳳炎様のあの様子を見て……真っ先に気が付くべきだったのに……! 申し訳ございません……申し訳ございません……!! 鳳炎様……申し訳ございません……!!」
自己嫌悪に陥っているルリムコオス。
このまま放っておいてはいけない気がして、とりあえず座らせる。
力のこもった腕ではあったが、俺が触るとその力は緩み、最後には涙を流しながら鳳炎にずっと謝り続けている。
惜しかった。
本当に惜しかったのだ。
あともう少しで、悪魔が伝えたかったことを伝えられた。
その機会を逃してしまったのだから、相当悔しいはずである。
「ウチカゲ、アレナ、リゼ」
「はっ」
「うん」
「……」
全員が俺の顔を見る。
俺は誰とも目を合わせないまま、言葉を続ける。
「敵は他にいる。悪魔ではない。探すぞ……何としてでも」
「勿論です」
「分かった」
「ええ」
鳳炎は置いてけぼりになってしまったが、なんとなく状況は理解してくれたらしい。
流石鳳炎。
こういう時の頭の回転は速い。
記憶は消えているがな……。
「あ……そ、そうそう!」
重い空気に少し戸惑ったのか、鳳炎が何かを思いついたように魔道具袋に手を突っ込んだ。
そして一冊の本を取り出す。
「これ、適当に選んで買ってきた本なんだけど……。何で買ったか覚えていないんだ。何処で買ったのかも」
「……ん? 意味なき……戦争?」
こんな事、記憶のある内の鳳炎は教えてくれなかった。
だがイルーザの家を訪問した時、こいつはほとんどの古本屋を回っていたはずだ。
買ったのは何処かの古本屋だろうし、そこの記憶が消えているのはおかしな話である。
意味なき戦争と書かれている本だが……意外と薄い。
この本を持っているということは、それなりの理由があって購入したと思うのだが……。
俺は、その本のページをめくってみた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます