11.3.名付け


 名前……名前かぁ~……。

 めちゃくちゃハードルの高いお願い事をされてしまったわけだが、断る理由もないしマジで真剣に考えることにします。

 鳳炎とかになんか言われたらたまったもんじゃない。

 俺のメンタル溶けちゃう。


 あ、その前に聞いておかないと。


「男の子? 女の子?」

「男の子です」

「分かった」


 男の子かぁー……。

 かっこいい名前を付けてやりたいけど……俺にできるかな。

 いや、一番大切なのは意味合いだな。

 それと呼びやすい名前がいい。


 ん~、男の子なら父親の名前から一つ文字を取るか。

 零か漸か……。

 確か零漸の名前の意味は『静かに降る無数の水を切って、導き通せるようになれ』だったな。

 

 「零」がもつ本来の意味は、静かに降る雨。

 「漸」水の流れを切って徐々に導き通す事を意味。

 当時は水中の中にいたからなぁ。

 そんなこともあって、水の流れやら雨やらの言葉を使いたくなった。


 静かに降る無数の水というのは不条理。

 それを切り、自分の後に続く者たちを導き通せるようになれ。

 今意味を考え直してみたが、こっちの方がよかったかもな。

 まぁ捉え方は千差万別。

 これだけにこだわる必要はないけどね。


 えーと、じゃあ……漸を貰うことにしようか。

 この子にも、同じ意味をつけたい。

 さて……問題のもう一文字。


 ぜんは名前の後ろに付けるか。

 導き通せるようになれ……ってのは後半に持ってきた方が良い言葉だもんな。

 じゃあそれに合う文字を……俺の記憶から何とか引っ張って……。


「………………」

「こんな真剣な顔してる応錬初めて見た」

「私もです」

「これこれ、邪魔してはいかんよ」

「「はーい」」


 墨を磨る音が止んだ。

 どうやら準備が整ったらしい。

 目の前に筆が置かれる。


 それを静かに手に持ち、墨をつけた。

 だがその状態でまた固まる。

 もう少し意味を思い出したい。


「人の子の名付けは初めて拝むな」

「ライキの方が良い名前を思い付きそうなものであるがな。良かったのか? 零漸、カルナ」

「応錬の兄貴は俺の名前を考えてくれたんすよ! 絶対大丈夫っす!」

「私も旦那がこう言うので、信じます」

「へへ~」

「「仲睦まじいな」」


 ちょっと静かにしてくれないかな?

 今思い出してるんだから……。


 すると、アスレが思い出したかのように呟いた。


「応錬さんや零漸さん、鳳炎さんの名前は独特ですよね」

「僕もそれは思った。面白いよね~」

「……つーかなんで王族がこんな所に居るんだよ」

「君はティックとか言ったかな? 敬語の方が良いよー?」

「知らん知らね~どうでもいいー」


 静かにしろっての……。

 あ、待って?

 俺普通に筆を手に持ったけど習字とか一切したことない気がする。

 え、どうしよう。

 めちゃくちゃ汚い字になる予感しかしない。


 ……およ?


 すっと筆を滑らせてみると、頭に思い描いている綺麗な文字が書けた。

 長年筆を握り続けてきた者が書ける、達筆な字。


 ……ここにも日輪の影響が現れるのか。

 あいつ、剣術だけじゃなくて経験全部俺に流し込みやがったな……。

 ありがたい話だ。

 これで恥はかきそうにない。


 そのまま筆を滑らせた。

 ささっと書き記し、ゆっくり払う。

 一つ一つ丁寧に筆を乗せ、最後にピタッと止めた。


「できるもんだな……」

「応錬様、応錬様。それは何と読むのです?」

「私も読めない……」

「そりゃそうだろ」


 この世界にはない文字だからな。

 読めなくて当然だ。


 筆を硯の上に置き、和紙の端っこを両手で摘まんで裏返す。

 そして、皆に見せた。


「……宥漸ゆうぜん


 鳳炎が呟く。

 読み方はそれで正解だ。

 文字と読みが分かったところで、それを零漸に手渡した。


「宥漸……。俺の名前から一文字取ったんすね」

「日本らしいだろう?」

「確かに! で……意味は?」

「もちろん考えてある」


 俺はこの部屋から見える庭を見た。

 前鬼城御殿の庭は広く美しい。

 手入れがこまめにされているからこそ成せる芸術だ。


 ししおどしがカコンッと鳴った。


「宥漸。宥は庭園の様に広い家屋を意味し、そこから「心が広い」、「ゆるめる」、「ゆるす」を意味する。漸は水の流れを切って徐々に導き通すことを意味する。その事から『広き心と寛大な心を持ち、あるべきものがあるべき場所へと導き通せるようになれ』という意味を込めた。…………ど、どうだ?」


 零漸とカルナが顔を見合わせる。

 そのあと、子供を見た。


「よかったっすね宥漸! 名前っすよー!」

「宥漸……宥漸。うん」


 どうやら、気に入ってくれたようだ。

 一気に気が抜ける。


「はぁー……。寝起き一発目でこんなこと二度とさせるんじゃねぇ……」

「はははは! お前にしてはよく考えたではないか応錬!」

「お前もよく読めたな……」

「音読みだったから思い出すのに時間が掛かったがな。なだめる、ゆるす。優しい子に育ってくれって意味にもなるか」

「零漸は二人も要らねぇからなぁ……」

「「確かに」」

「カルナ!?」


 鳳炎とカルナが同意した。

 それに零漸がツッコんで、笑いが起きる。


 ああ~、なんかこうしていると、本当に色々終わったんだなて思う。

 何と戦ったかは覚えていないけど、戦うだけの理由があったはずだ。

 ここに皆いるってことは、その戦いには勝ったのだろう。


 ひとしきり笑った後で、鳳炎が咳払いをした。


「さて……では話そうか。応錬」

「やっとか。ずいぶんもったいぶったな」

「すまない。だが、これを聞いた後では名付けもできなかっただろうからな」

「……え? 悪い報告?」

「そうだ。今のお前の現状を報告してやる」

「俺の??」


 なんで?

 いや、俺今起きたばっかりだし、何もしてないよ?

 ていうか現状って……なんぞ?

 俺が起きただけで何か変わったとでもいうのか?


 しばらく頭の中で思考を巡らせてみるが、やはり答えは出てこない。

 大人しく、鳳炎が次に口にする言葉を待った。


「ガロット王国の当時の現状は知っているな」

「ああ……。地面に埋められたよな。何かによって」

「では魔族領は?」

「あの時は既にボロボロだったな。もう住める環境じゃなかった。下級悪魔はほとんど死んだとダチアから教えてもらっていたけど……」

「その認識で合っている。では、それをやったのは誰か、覚えているか?」

「いや、知らない」

「私たち全員は覚えている」


 鳳炎はゆっくりと俺を指さした。


「お前だ、応錬」

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